第11話 四天王『生火』のブレイズ

「よォ人間、俺は四天王が一人『生火』のブレイズ=ビート=ビースト。で、とりあえず学園長を呼べ、そしたらお前ら雑魚は見逃してやるからよ」


 第一印象はその身長だ、決して低くはないはずの廊下の天井に頭がつきそうになっている。外見は人間に近いが、禍々しいツノと瞳がそうじゃないと証明している。


「君は逃げなさい。広場にはまだ別の先生がいるはずだ、彼らにこの状況を伝えて欲しい……アイツは、私では敵わない」


 エナー試験官は振り向かずにそう言った。ブレイズはめんどくさそうに首をゴキゴキと鳴らす。


「だーかーらー、見逃すっつってんだろ早く呼べよ」

「はいそうですかと言えるわけがないだろう! それに、ノイロ先生を殺した貴様の言葉など誰が信じるものか!」


 毅然と答えるエナー試験官の言葉に、ブレイズはニタァと悪辣な笑みを浮かべた。


「チッ、背中を炙るのが俺は好きなのによォ……面白いぜ? 必死に背中に手を伸ばしてゴロゴロのたうち回る姿は、ヒャハハハ!」


 後ろからでもエナー試験官の怒りが分かった。俺も同じだ、ノイロ試験官とは比べ物にならない不快感に、胃の内側が熱くなる。


「外道が! ――『不動の心を以て我らの敵の影を踏め』!」


 エナー試験官が詠唱すると、燃え盛る廊下の壁がバキバキと裂け、壁を突き破ってきた金属がブレイズの手足に絡み付いた。

 生き物のように手足を這いあがり、胴までぐるぐる巻にしたかと思いきや、時間が止まったかのように元の金属へと戻った。

 ブレイズを固定している金属は彼の腕より遥かに太い。魔物といえど、抜け出すのは容易ではないはずだ。

 火事に反応したのか、廊下の向こうでチラリと誰かがこっちを見た。そして、すぐさまどこかへ走り去った。俺が助けを呼びに行く必要はなさそうだ。

 ブレイズは抜け出そうと足掻いたりせず、大きなあくびを一つした。そして、指をパチンと鳴らすと、近くに火柱が立ち、中から少女が現れた。


「だるーい! なーんで溶岩浴の最中に呼び出すのよバカブレイズ!」


 一糸纏わぬ姿を隠しもせず、胸の前に腕を組み、清々しいほど堂々と登場した。幸いにもブレイズを向いていて、俺は横から見る形になる。見えなくてよかった。


「ンなこと知るかよロットト、そんなことよりコレ食っていいぞ」


 ブレイズは視線だけで金属を指す。不機嫌そうだったロットトの目がパッと輝いた。


「えっえっ!? 鉄魔法じゃんめっずらしー! どっち? あのガキ? それともあのお兄さん?」

「うるせェ、左の男だよ、いいから早くしやがれ。あと、その恰好は何とかなんねぇのか」


 ブレイズの態度に腹が立ったのか、ロットトはべーっと舌を出してから指を鳴らす。炎が一瞬彼女を包んだかと思うと、服を着た姿に変わった。

 ドレスを着ている姿は普通の少女のように見えるが、ブレイズと同じツノが生えている。


「じゃ、いただきまーす」


 そう言って手を合わせると、まるで砂糖菓子でもつまむように、簡単に鉄を引きちぎった。


「……は? そんなことあり得てたまるか! ただでさえ魔力を流し込んで強度を上げているんだぞ!」


 あまりの光景にエナー試験官が叫ぶ、俺だって信じられない。金属の棒なんて、俺の力なら箸ですら曲がらない。


「んまっ、やっぱ魔力込めてるとコクが違うよねコクが! おーいお兄さん、おかわりちょーだい!」


 あっという間にブレイズを縛る金属を平らげると、ロットトはこちらへ手を伸ばして屈託なく笑った。

 少女の外見でそんな顔をすれば可愛らしくもあるが、やっていることが恐ろしくて、とてもそんな風には思えない。


「あー、忘れてた。私は融火のロットト『燃やして融かす』ってねー、よろしく~」


 ロットトがそういってお辞儀をすると、解放されたブレイズがゴキゴキと肩を回しながら伸びをした。


「せっかくだからアイツらも呼ぶか、どうせ暇してンだろ」

「ダメだよブレイズ! 学園長をぶっ殺すんでしょ? みんな呼んだら怖がって逃げちゃうじゃん!」


 テナー先生はまだ心が折れたわけではなさそうだが、完全に打つ手なしといった様子だ。悔しそうに睨みつけている。

 俺の魔法も試してみたい、相性もかなり良さそうだ。エナー教官に見られるのは少しまずいな……なんとかならないかな。


「その心配はないわよ、おバカさんたち」


 突然後ろから女性の声がした。エナー試験官と同時に振り返ると、立っていたのは青の服を着た試験官だ。


「ミナモ導師!」


 エナー試験官の顔が一気に明るくなる。ミナモ導師? ……さっきエナー試験官はノイロ試験官と「先生」で呼び合っていたし、その上の存在なのかも?

 ただ、立場なんて関係ない、問題は状況を何とかできるかどうかだ。


「火の魔物がこの私の前に立とうなんて……百年早いわよ! 『留まることを知らぬ者達よ、安らぎの場は私が決める』!」


 ミナモ導師の足元から大量の水が沸き上がり、ブレイズとロットトに襲い掛かる。


「うえー! 水なんて柔らかいから嫌い! ブレイズ何とかしてよ!」

「俺もめんどくせぇ……ボシュワ!」


 再びブレイズが指を鳴らすと、さらに別の少女が現れた。


「はいはーい、呼んだかしらぁ? ってあらあら」


 現れたのは、大量の髪飾りを付けた女の子、着ている服も煌びやかだ。とりあえず裸じゃなくてよかったが、言わずもがなツノはついている。

 ボシュワというのは名前だろうか? 重そうな服の袖をバサッと振ると、カーテンのように炎の壁が出来あがる。


「舐めないでちょうだい! そんな薄っぺらい壁、時間稼ぎにもならないわ!」


 ジュワッっと音を立て、激しく水と炎がぶつかる。大量の水がそれでも流れ続け、音がしなくなったところでミナモ導師は手を止めた。


「さて、死体を回収しましょうかしら……エナー、手伝って」


 うっとりと戦いを見ていたエナー試験官が、慌てて姿勢を正した。


「はっ! 分かりま――」


 次の瞬間、ピンとした姿勢がくの字に曲がり、エナー試験官がふっ飛ばされて壁に叩きつけられた。

 何が起きたのかわからなかったが、エナー試験官が立っていた場所には、ブレイズが拳を振りぬいた姿勢で立っていた。


「百年早い? 面白い冗談だな」


 ブレイズには弱った様子もなければ、傷もない。


「バカな!? 魔力を奪う水の中で、あなたたち魔物が無事で済むわけ……」


 驚いたミナモ導師に、新しく現れた少女がクスクスと笑いながら話しかける。


「初めましてぇ、ウチは飛火のボシュア『燃やして飛ばす』生きてたら覚えて帰ってねぇ?」


 そう言ってボシュアは手に持った金属の一部を宙に放り投げる。そして、落下地点に小さな火のカーテンを作ると、金属は触れた瞬間蒸発して消えてしまった。


「嘘……」


 ミナモ導師も目を丸くする。融かすのも異常だが、こっちはもっとやばい。しかも、この二人を従わせているブレイズは、きっとさらに強い能力を持っているのだろう。

 三人は余裕綽々でこちらへ歩み寄る。ミナモ導師が次々に魔法を放つが、どれ一つ効果がない。


「なにしてるの!? 君だけでも逃げなさい!」


 ミナモ導師が必死に叫ぶが、どうせ逃げることなんてできないだろう。身体能力で俺よりはるかにアイツらが上だ。

 ばれないようにと思ったけど、こうなったら別のやり方をするしかない。


「ミナモ導師、今からのこと、みんなに内緒にしてくださいね?」

「はぁ? 君何を言って――」


 俺は人差し指を口元に当てながら、導師の一歩前に出た。


「はっ、次はお前が相手ってか? ルールはかくれんぼなんて禁止だぜ、ヒャハハ!」


 お腹を押さえて笑うブレイズに向けて、俺は右手を突き出した。

 えーっと、一応詠唱のふりをしておかなきゃいけないんだっけ? どうしよう、何も知らないから適当でいっか。


「えと……『水の怖さを知れ』!」


 どぷんっと、一瞬で廊下全てが水に包まれる。イメージしたのは滝の最深部だ。


「もがっ!? ごばっ!?」


 突然の出来事にブレイズの表情が苦痛にゆがむ。大量に水を飲んだのだろう、でも笑っているのが悪い。

 隣にいた二人は一瞬で消えてしまった。存在自体が炎みたいなものなのかな? まぁどうでもいいや。

 俺はブレイズの口にさらに水を押し込む。水圧の調節も何もかも思い通りだ。


「ごばっ! ぼべめっ! ぼっぼぼぎえ……」


 意地で何かを叫ぶブレイズ。ごめんね、何て言ってるか分からないや。

 必死にもがいて抜け出そうとするが、水の流れは全てアイツに向かうようにしている。泳ぐなんて不可能だ。

 ぐっと身体をまるめ、ブレイズが一気に全身から炎を放出した。周囲の水が一瞬で蒸発するが、当然一瞬で元に戻る。

 何度かそれを繰り返したが、ついにブレイズはあきらめたのか、抵抗をやめた。


「……お前は、必ず殺す」


 最後の一言だけは聞き取ることが出来た。突然ブレイズの身体の周りが沸騰し、気泡で何も見えなくなる。


「なっ!?」


 慌てて魔法を解除して駆け寄ったが、当然どこにもブレイズの姿はなかった。


「逃げられたか……ちぇ」


 一応近くの壁や廊下を確かめていると、後ろから声がかかる。


「君……何者なの?」


 地面にへたり込みながら、ミナモ導師が聞いてきた。相変わらずエナー試験官は気絶したままだ。


「エストです、ハイコク=エスト。それより導師、約束は守ってくださいね?」


 俺が出来るだけ優しく笑顔を向けると。導師は引きつった顔で小さく頷いたのだった。

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