第10話

特定魔力生物特別交流会の重要任務について

 演習会場の転送装置は中央ギルド庁舎にあるものよりも数が多く、更に通常よりも大きいサイズのものが設置されている。数多の冒険者が一堂に会する、その混雑を避けるためだ。


「転送、ご苦労様です、冒険者名を伺ってもよろしいですか」


 濃紺の制帽に同色の制服を着た転送員の胸元には、特定魔力生物特別交流会会場転送員と金糸で刺繍がされており、既に演習会場へ到着していることは一目で分かる。

 その転送員へ、フィニスは中央ギルド庁舎所属捜査官手帳を見せる。濃い緑色の、二つ折りの手帳だ。


「どうも、中央ギルド庁舎所属の捜査官、フィニス・ネブラです。今回は特定魔力生物特別交流会の会場の見回り任務を受けて参上しました」


「捜査官の方でしたか、本日はよろしくお願いします」


 転送員が帽子を指で支えて四五度の礼をし、転送装置の鍵を開ける。

 フィニスはようやく転送装置から出られて、思い切り伸びをして見せる。


「牛串食おう」


 静かなフィニスの言葉に、ミコが「まあ待て」と止める。


「先に捜査官バッジを付けてくれ」


 ミコがポケットから黒色のコインケースを取り出し、フィニスの喪服のようなスーツのフラワーホールへと捜査官バッジを取り付ける。

 八稜形の金色バッジの中央には天秤と菊を組み合わせた紋章があしらわれており、背景は黒エナメル、外周には月桂冠が彫られている。

 そのバッジを付けていると一目で捜査官であるということが分かるのだ。胸元に留められた瞬間、黒エナメルの上で光が一瞬きらりと跳ねたように感じられる。


 ミコも自身の左胸に捜査官バッジを取り付けて、先を歩くフィニスを追う。

 演練が開始されるのは午前一一時からのため、午前九時の現時点では冒険者の数も疎らだった。


「フィニスさん!」


 背後から呼ばれる声に、フィニスが嫌そうに立ち止まりミコが振り返る。

 そこには、初特定魔力生物らしい天狗と、黒髪に薄茶色の瞳をした青年が立っている。


「キミ、ソムニウムじゃないか! 魔力生物と契約したんだな!」


「はい、お二人のおかげでなんとかやっています。フィニスさんに憧れて俺も、ギルド所属の捜査官になりました!」


「主君、こちらの方が、主君が言っておられた方ですか?」


 ソムニウムの腰辺りまでしか身長の無い小型天狗が彼を見上げて問い掛ける。

 黒地に薄いグレーのストライプが織り込まれたスーツをしっかり着込んだソムニウムは、あの日血塗れで所在無く座り込んでいた青年とは全く別人に見える。

 背筋は真っすぐに伸び、声も以前よりずっとよく通っていた。何より、昏く澱んでいた瞳がいまはキラキラと輝いている。

 その胸元にはフィニスのものと同じデザインの金色の捜査官バッジが輝いている。


「そう、俺の恩人の、ミコさんだよ」


「俺も恩人だろ」


 思わずと言った様子で呟いたフィニスに、ミコは口を開けてわははと笑う。


「立ち止まってるのもなんだから歩きながら話すか。主も牛串を食いたくて仕方がないようだ」


 ミコの言葉に、ソムニウムが「はい」と頷き歩き始める。

 胸に捜査官バッジをあしらった者が魔力生物を含めて四人で並び歩いている姿は珍しいのだろう、道行く者たちが思わず二度見をしている。

 捜査官がこんなに集まっているなんて、何かがあるのではと後ろを追う冒険者もいる。


 しかし、彼らが語らいながら牛串の屋台へ並んだのを見て冒険者たちは笑う。

 彼らも、自分たちと同じ人間なのだと。


「やあ、店主殿。主はキミの牛串が好きでな、ここに来ると必ず三本は買うんだぜ」


「捜査官様にそう言ってもらえるなんて、光栄です!」


「三本じゃない、ミコ。三回だ。とりあえず三本くれ」


 そう言ったフィニスに、ソムニウムと天狗が思わず笑う。


「お前ら、笑ってるけど食ってみろよ。笑えなくなるから」


 フィニスは言うと、ひとまず受け取った一本目の牛串へとかぶりつく。串を持つ指先に、焼けた脂の温かさと香ばしい香りがまとわりついた。

 塩だけで味付けされた柔らかい牛肉は、中がミディアムレア状態で噛むほどに肉汁が溢れてくる。

 ソムニウムも「そこまで言うなら」と、一本購入し、一口食べた瞬間に目を見開いて自分の初特定魔力生物である天狗にも食べさせてやる。


「なあ、アプスも食ってみろよ!」


「これは……美味しいですね! 主君!」


 あの日、血に塗れていまにも冒険者をやめてしまいそうだった青年が楽しげに笑い、その胸に捜査官バッジを抱いていることにミコは感慨深さすら覚えた。


「ところで、ソムニウムはどういう経緯で捜査官になったんだい?」


 いつの間に購入したのか、コーヒーを片手に問いかけたミコに、ソムニウムは最後の一片を口にして飲み下すと口を開く。


「あの後、一時保護申請が通って、一ヶ月分の給与も出ることになったんですよ。それで、初特定魔力生物顕現申請も通って、今回の状況からギルドに残っていた魔力生物から選んでいいって言われたんです」


 アプスがレモン水を持って戻り、ソムニウムへと渡すと、ソムニウムは「ありがとう」と告げて受け取って口の中の脂を洗い流す。


「それで、河童とかハーピーとか、ミコさんみたいなエルフとか……色々考えたんですけど、なんか、呼ばれた気がして手に取ったのがアプスのヒトガタだったんです」


「へえ、いいじゃないか」


「せっかく初相棒を手に入れたんだからって思ったんですけど、でも屋敷に入るのは怖くて、ケースワーカーさんに相談したんです」


 ミコはアイスコーヒーを啜る。

 徐々に人は増えてきて、ざわめきも大きくなっていく。


「そしたら、捜査官として演習会場の見回り任務につく方法もあるって言ってもらえて、それをお願いしたんです」


「なんにせよ、良い落としどころがあって良かったじゃないか」


「それもこれも、あの日フィニスさんとミコさんが助けてくれたおかげです」


「俺たちは、制度を使っただけだ。そこから這い上がるために頑張ったのはキミだからな」


 ミコの言葉に、ソムニウムは頬を緩める。その隣でフィニスは三本目の牛串を食べていた。


「キミ、初相棒を顕現したってことは部屋もBからAに移動したのかい?」


「はい、そうですね。やっと1Rから1DKになったんですよ。ようやくコンロが二口になって、テーブルも置けるようになったんです」


「魔力生物を二人顕現したらCに移動になって2DKになるぜ」


「そうなんですか? 目指そうかな……」


 ソムニウムの言葉に、「やめとけ」とフィニスが応える。三本の竹串を纏めて紙袋に入れて半分に折っているところだった。パキ、と乾いた音がして、串はきれいに二つに割れる。


「捜査官になったなら法令の勉強もしてるだろ、特定魔力生物共生税法一条に記載されてる通り、初特定魔力生物には税金が掛からないが、初以外の特定魔力生物には一律五七〇〇イェンの税金が掛かる」


 法令を諳んじるフィニスに、ソムニウムが「ほんとに捜査官みたいだ……」と呟いた時、壁の時計はもう一〇時五二分を回っていた


「捜査官だから、こうなんだよ」


 フィニスは腕時計を確認し、もう一一時が近いことを確認すると、ソムニウムへ片手を上げて去っていく。



 演習会場は集まった冒険者たちと魔力生物の熱気で、眼鏡をかけていれば曇りそうなほどだった。人混みの熱と匂いに、立ち止まれば額にじんわり汗が滲む。

 肉の焼ける匂いと甘い綿菓子の香りが入り混じり、耳には太鼓の音や呼び込みの声が響いていた。


「あ、今日の見回り、フィニスさんだよ」


「ミコさん、相変わらずかっこいいなぁ」


 こそこそと冒険者同士で囁く声が聞こえてくる。

 そちらをミコがちらりと見ると、まだ年若い女性冒険者が三人で集まって楽しげに話している様子が見える。

 不機嫌そうに口を引き結び、猫背で歩くフィニスの隣を、ミコは歩幅を合わせて進む。後頭部で手を組んでいる姿は、あまりにも異質に過ぎるハイエルフだった。


「フィニスさんって、冴えないサラリーマンって感じだよね」


「分かるー! でも仕事はできるよね」


「拘束する時に法令何条に基づき~って言うのかっこいいよね!」


「でもそれ、他の捜査官でもそうじゃん」


 クスクスと笑いながら話す女性冒険者を横目に通り過ぎる。大抵の場合、演習会場の見回り任務は何事も無く過ぎることがほとんどだった。

 そのため、フィニスは既に周辺を見て回ることもせず屋台を見ることに執心している様子だった。ミコはそれに苦笑をしながらも後をついて歩きながら、よそ見をして歩く冒険者や魔力生物に「気を付けろよ」と告げていた。


 フィニスが五本目の焼き鳥を食べながら歩いている中、男性の怒号が響く。それまでのざわめきが一瞬、飲み込まれたように静まり返る。

 聞いた事のない声だったために、それは冒険者の声だろうかとミコはあたりを付け、そちらへと歩き始める。

 フィニスも食べ終わった焼き鳥の串を屑籠へと捨てて早足でそちらへと向かう。


「だから! 撮るなって言ってんだよ!」


 冒険者らしきシャツにスラックスの男性が、自らの魔力生物らしい、鬼を筆頭とした六人を隠すように両腕を広げている。彼の怒鳴り声は喉が張り裂けそうなほどで、耳に刺さる。

 対面しているのはテレビ局のものらしい、大きなビデオカメラを構えた男性と、その前に立つ最近話題の女性リポーターだった。

 フィニスは迷いなく二人の間に割って入り、片手を軽く上げて制するように立った。その体の前面はリポーターの方を向いており、冒険者を守る構えであることは確かだった。

 横を通り過ぎる、魔力生物を伴って歩く冒険者達が足を止め、好奇心と不安が入り混じった視線を向けてくる。


「中央ギルド庁舎所属捜査官のフィニス・ネブラだ、何があった?」


「あのカメラマンが、何回撮るなって言っても俺らの試合と負けてズタボロになってるコイツらの悔しそうな顔撮ってきたんだ!」


 男性冒険者の言葉に、女性リポーターは「私たちには報道する義務があります!」と甲高く響く声を発する。それに、近くの屋台の喧騒が一瞬だけ凍りついた。


「あー、確かにアンタらには憲法第二一条、表現の自由で報道の自由については担保されてる。ただし、それはイコール報道の義務じゃないってことは報道機関に所属するうえでは知ってるよな?」


「それは……もちろん、でも、表現の自由はあります」


 女性リポーターが食い下がると、フィニスは面倒臭そうに息を吐いて後頭部をガリガリ掻く。


「どこのリポーターさん? 許可証は?」


「えっ、きょ、許可証?」


「そう、許可証。特定魔力生物特別交流会会場の入場許可証と、特定魔力生物特別交流会の取材許可証」


 フィニスの言葉に慌てたように、女性リポーターは肩から下げていた鞄を探る。そして、首から下げていることに気が付いてそれを外し、フィニスへと渡す。

 フィニスは受け取ったそれを確認するように名札サイズの許可証へと目を落とした。


「ヴィッタテレビさんの取材か。今回の取材理由は?」


「演習を市民に広く知ってもらえるように……です」


 フィニスのじとっとした視線に、女性リポーターは唇を噛み、視線を逸らしながらも必死に言葉を探すように、口ごもりながら話す。

 やり取りを横目で見ていた通行人たちが、息を潜めるように足を止めた。


「それなら、敗北した魔力生物をわざわざ映す必要は無いな。あと、この許可証の範囲だと、コロシアムへの入場はできない。入場制限は、この特別交流会の出店フロアまでだ」


「そんな! うちの会社からはコロシアムにも入れるって聞いてます!」


 更に食い下がる女性リポーターに、フィニスは面倒臭そうな表情を隠しもせず、親指でカードの端を押さえ、くるりと裏返して人差し指で該当項目を叩いた。


「ここ、読めます? 四、進入可能区域は一般スタッフ入場区域まで。って書いてますね、この一般スタッフ入場区域っていうのが、出店フロアのこと」


 その言葉に女性リポーターは愕然とする。そんな姿に、フィニスは男性冒険者へと「ご苦労様、あとはこっちで対応するから」と別所へ行くように促す。


「でも、いままでのリポーターたちや、他のテレビ局は入れてたじゃないですか!」


「それはアンタらが押し入ってただけでしょ」


「私たちだけ入れず、報道もできないなんておかしいです!」

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