恋愛注意報=老麺は如何でしょう?.3


「割引券の消費期限も近いのかぁ」


軽くなった財布と共に今度こそ割引券を使って一杯だけ食べに行くかと、老麺屋へ赴くと大将の『いらっしゃぁい、冬真くん』というのんびりとした声に出迎えられた。


「…冬真、来たんだ」

「お、桃白、珍しいな、ひとりか?」

「見りゃ分かるでしょ」


レジカウンター席に座った桃白は、ぶっきらぼうにそう言って口に小さな餃子を放り込んで、フイッと顔を背けた。

『こりゃぁ嫌われてんなぁ』なんて少し苦い顔をしながら桃白の横の席に腰をかける。


「…今日は間隔を開けて座らないんだ」

「え?そうした方がよかったか?」

「別に、好きにすれば?あ、でも老麺の汁がアンタの白いYシャツにかかったら容赦無く追い剥ぎするから、そこんとこはよろしく」

「アグレッシブ過ぎる」


『まぁ、全裸になっても帰るけど』と言えば『正気か』と米神を引き攣らせて桃白は大きなため息を吐いた

そんな桃白の様子を見て、ふと先ほどから感じていた違和感について冬真は訊ねてみる事にした


「というか、桃白、学校となんだか様子が違うな」

「様子って?」

「ううん…?纏ってる雰囲気、みたいな」

「此処の老麺屋は同じ高校の子とか滅多に来ないから、それに今更冬真の前で可愛く取り繕っても意味ないでしょ」

「いっそ清々しいほどに吹っ切れてるな…」


桃白はふはっと笑うと、大胆不敵に、それでも少しだけ遠慮がちに言い放った。


「失恋を経験した女の子は強いんだからね」

「…はいはい」

「それにこれはノーコンティニュー、ノーラブってやつだから!」

「それだとラブがなくなるから、次の恋に進めないんじゃないか?」

「失恋したばかりの乙女に、次の恋をすすめるのは悪手だよ、冬真」


『悪かったよ』と桃白に軽く謝りつつメニュー表を開くと、立て付けの悪い引き戸の軋んだ音がした気がした。


「雪野、来てたのか」

「よっ、翠翔、さっきぶり」


「…冬真、誰よ、このイケメン!」

「いでででで、痛ぇよ!桃白!」


桃白に思い切り足を踏まれて耳元で密やかに問いかけられる。

翠翔はそんな冬真と桃白の一見仲睦まじい様子を小首を傾げて眺めると、冬真の横のカウンター席へ腰をかけた。

メニュー表を開き始め、なにを食べようか思案しているらしい

(くっそ!このマイペース人め!)


「で、誰なのよ、このイケメンは…」

「いでで!ギブギブ!ゴリラか桃白!」


「桃白といったか、俺は天宮翠翔…」

「シスコン!お姉ちゃん大好き!」


「翠翔君っていうんだ、私は桃白智代…」

「脇腹が折れアァァアッツ!!」


「黙って、冬真」

「黙れ、雪野」


「桃白も翠翔も俺に対してだけ当たりが強くないか?」


『気のせいよ』と桃白、『気のせいだ』と翠翔、あれ?この二人、もしかして根の部分は似ているのかもしれないぞ?なんて考えながら桃白に力強く踏まれた足を片方の足先で摩る

桃白はもう取り繕うことをやめたのか、自然体のままだ。翠翔もそんな桃白を見て変わらない態度だ。


もしかしたらこの二人は両方取り繕わない方が関わりやすいのかもしれない。良い友人になれるんじゃないか?この二人、なんて考えてにやけていたら『冬真、気持ち悪いわよ』と桃白に言われてしまった。


悲しいが冬真はこのくらいのことで挫けるような精神性は持ち合わせていなかった。何せ冬真は女系家族で揉まれて育ったものなので。


(…そういえば)


「翠翔、方向音痴なのによく迷わずにこの店に来れたな」


「方向音痴は余計だ。…実はあの後、姉さんからもらった水晶を、家に帰って直ぐに持ち運びやすいようにキーホルダー型に加工してな、以前よりも気持ちが晴れているせいか、水晶が分かりやすく示してくれるんだ」


チャラン、と示された小型化された水晶のキーホルダーに桃白は前のめりになって珍しそうに翠翔へ問いかけた


「えっ、凄いね、それって翠翔君が加工したの?」


「俺の爺ちゃんが石材や宝石を加工する職人でな、北イタリアに滞在していた時に頭を下げて習っていた。

今回はその技術を応用したもので、残りの水晶の部分は綺麗に取り除いて家に大切に保管してある…。桃白だったか、君はいらない、呼び捨てで構わない」


「翠翔って、職人気質だったんだね、へぇ、シスコン気味なただの顔のいいイケメンかと思った」


「誰がただの顔のいいイケメンだ」

「怒るところそこなんだ」


諦めたように桃白は眉間に皺を寄せた。そうそう、いい男なんて中々見つけるのは大変なんだぞ、桃白、なんて思うが、軽口とはいえつい先程、次の恋を進めてしまった手前、冬真自身なにも言えなくなってしまう。


「そういえば、冬真、以前借りたハンカチだが、手洗い洗濯したから返す」

「えっ、そんな丁重に扱わんでも」


「否、冬真の大事なものなんだろう?ならば大切に扱わなければそれは侮辱に値する」

「ってか、いつの間に冬真呼びになったんだよ」


「?桃白がそう呼んでいたから俺も呼んだ」


『それに大将も呼んでいたからな』と翠翔はいけしゃあしゃあと言う。冬真は頭を抱えた。


(…もしかしたら、こいつら)


「翠翔、今日の日替わりセットについてくるミニ餃子、美味しいからお勧めだよ」

「ふむ、日替わりセットなるものも存在するのか…日本の老麺屋とは姉さんが言っていたように興味深いな」


すると老麺屋の大将がまたもタイミングを見計らったかのように、厨房の奥から現れるものだから、冬真は『すみません』と一言


「此処の看板メニューのランダムメニューでお願いします」


「えっ!そんなメニュー書いてあったっけ!?」

「あるのか?」


「嗚呼、そのメニューはねぇ、此処の昔ながらの常連さんにしか教えていないんだよぉ」


好きな男の子に振られてしまった、一途な少女、桃白智代。

大切な女性を他の男性に奪われてしまった少年、天宮翠翔。


(想像以上に、この二人、似ているんじゃないのかぁ!?)


桃白が薄桃色の誠実な美しい花であるならば、翠翔はその花を活け続けるしなやかで美しい緑であるのだろう。

そんな二人に挟まれて頭を抱える冬真はさながら花を活ける無くてはならない器、丼ともいうのだろうか、重要な存在であろうが、冬真はこれだけは言えるとひとこと


「なんだか、隣がやたらと眩いような…?」

「今更かい?冬真くん」


大将からお出しされたお冷を両手に、冬真は萎縮するように項垂れた。

お冷やの中に入っていた氷が『はい、その通りです』と返答するかのようにカランと音を立てて、グラスにふと水滴が垂れた。


そんな冬真を見ながら『仲がいいことは良いことだよぉ、冬真くん』と大将は皺を作りながら和やかに、柔く笑った。


結局最後まで割引券は使う事がなく、冬真は『まぁ、いっかぁ』と記念に割引券を二つに折ると、財布の奥底に閉まった。


「ご馳走様でした。大将〜、また来ますね〜!」

「ご馳走様でしたっ!」

「ご馳走様でした…!」


「はいよ〜、またおいでねぇ!」


老舗ながら地域の人々に長らく愛されている、少し寂れた老麺屋は平和に和やかに、今日も今日とて愛されているのです。


終…?

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