第拾弐話 鷲見設計事務所代表
「ある意味、退去させることが大家さんなりの責任の取り方だったんじゃないかと、わたしは個人的に思っています」
大家がうるさいのには理由がある。
重いけれどとても大切なことをたとえ話に持ち出して説明する
だが国府田は、それこそ 「重い話はここまで」 と言わんばかりに口調を明るくして続ける。
「まぁこんな話を契約前の段階でしなきゃならないんです。
他の仲介業者が面倒臭がるのは当然と言えば当然です。
で、お客様には 「大家がうるさい」 なんて言うわけです」
そうしてこれまでに何人もの客を逃がしてきたのだろう。
国府田自身、客から同じような話を何度も聞いてきたと明るく笑う。
もちろん 「大家さんには言えませんけどね」 とも言うが、
それこそ知らないと思っている国府田には言わないほうがいいと思ったのである。
「もちろん小さなルール違反なんてよくあります。
特に三輪車とか乗らせたまま子どもたちだけで遊ばせたり。
敷地内は車や自転車が走ってないんで安全と思ってる親が多いんですけど、実際は危ないので、発見次第管理人が保護者の家に突撃するなんて本当によくあることです。
あ、先程も紹介させていただきましたが、わたしも管理人です」
それこそ何度も突撃して保護者を説教したと国府田は話す。
だがその程度のことでいちいち強制退去の手続きを取っていたら、あっという間に店子は
さすがに細かくうるさい大家もそれは困るとわかっているからしないが、細かく注意するために管理人を常駐……と言っても日勤だが、二人体制で管理しているという。
花屋敷長屋の管理人は国府田の他にもう一人いて、今日はもう一人のほうが詰めているので内見の時に紹介するという。
「実際大家さんもそんな厳しい人ではないというか、基本的に管理は当所お任せでして。
むしろ大らかというか、大雑把というか」
「そうなんですか?」
思わず尋ねてしまう理に国府田は続ける。
「そもそも当所は建築事務所です。
それは今も変わらないのですが、長屋……というか、大家さんと所長が以前からのお知り合いだそうで、所有物件のリフォームや新規物件の設計を担当させていただいたそうです。
そのまま大家さんの所有物件の管理なども任されることになり、管理部門を作ったと聞いています。
ですから当所の管理部門は大家さんの所有物件のみの管理で、不動産仲介も大家さんの所有物件に限って取り扱っております」
その代わりに
だから
国府田は管理部門が作られてからの入職で、宅建を所持しているという。
「大家さんって、そんなに物件を持っておられるのですか?」
ふと思った疑問を率直に尋ねる理に、国府田は 「そうですね」 と応える。
「長屋の他に戸建を五軒ほど賃貸に出しておられますし、アパートもふた棟。
あと大きめの単身者寮も持っておられますよ」
もちろん寮の管理運営も鷲見建築事務所で請け負っているという。
「そうそう、このビルも大家さんの所有です。
少し離れたところに別館もあります」
それがどれだけ凄いことなのか、千尋や弓子にはピンとこないらしく、ただ 「一杯持ってるんだ」 とか、漠然と 「凄いのね」 などと言い合う。
だが理は引っ越し先探しの時に家賃と関係する地価にもざっと目を通しており、大家の所有する物件が近隣エリアに集中していると聞いて驚く。
「……結構な資産家ですね」
「まぁそうかもしれませんね」
少し喋りすぎたのかもしれない。
国府田の表情に強ばりを見た理はそれ以上の追求をせず、国府田も話を変えてくる。
「お陰様で当所自慢の和モダン住宅も広く知られるようになりまして。
設計の依頼が増えまして、所長をはじめとする建築部門は忙しく日本各地を飛び回っております。
ありがたい限りです」
「本当にありがたい話です」
不意に頭上から声がする。
それもずいぶんと背が高い男である。
間違いなく事務員の栗本より高いから、ひょっとしたら190㎝近くあるかもしれない。
しかも顔もいい男である。
「所長、おはようございます」
立ち上がって挨拶をする国府田の言葉で、小早川一家もすぐに男の正体を知ることが出来た。
「おはようございます」
理と同じくらいか少し若いくらいの男は国府田の挨拶に応えると、小早川一家に向けて自己紹介をする。
「
「初めまして、小早川といいます」
理が腰を浮かし気味に会釈をすると、弓子もそれにならって頭を下げる。
すると千尋も、少しはにかみながら両親を真似て頭を下げる。
「お母さん、凄いイケメンきた」
弓子も 「そうね」 と少し笑いながら応えたが、すぐに二人まとめて理に叱られる。
「やめなさい」
「えー、だって本当にイケメンじゃん」
「千尋」
「はぁ~い」
不承不承応える千尋は口を尖らせる。
改めて鷲見を見た理は 「申し訳ありません」 と失礼を詫びるが、鷲見は登場した時と変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま 「いえ」 と返す。
「お気遣いなく。
長屋の内見にいらしたと聞いたのですが、実はわたしもこれから長屋のほうに行く予定でしたので、よろしければ同行させていただこうと思いましてお声掛けさせていただきました」
するとテーブルを挟んで小早川一家と向かい合う国府田が説明する。
「こちらの鷲見が長屋の設計も担当させていただきました」
「簡単ではありますが、是非わたくしから紹介させていただきたい」
小早川一家に設計者自らの案内を断る理由はなかった。
……つづく
※この物語はフィクションです
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます