第拾話 うるさい大家

「大家さんってうるさいんですか?」


 華やかにパンフレットの表紙を飾る写真。

 その写真を撮ったのは長屋の大家だという国府田くにふだの話を聞いた千尋ちひろは、昨日、別の不動産屋で井岡から聞いたことを尋ねてみる。

 それがあまりにも露骨すぎて両親は肝を冷やすが、一家とテーブルを挟んですわる国府田は驚きもしなければ不快感を表わすこともない。

 少し考える素振りを見せたかと思ったら 「ひょっとして」 と切り出す。


「どこかの不動産屋でご覧になりましたか?」


 さらにばつの悪い顔をする小早川こばやかわ夫妻を見て、国府田は少し慌て気味に言葉を継ぐ。


「あ、もちろんかまいません。

 全然問題はありませんから、お気遣いなく。

 納得がいったというか、その、なんて言えばいいのか」


 再び少しばかり考える素振りを見せた国府田は、口調を改めて話を継ぐ。


「誤解というか……いえ、うるさいと言えばうるさいんですが、たぶん思っておられるうるささとは違うと思います。

 ゴミの出し方とか生活音とか、そういうことを逐一チェックして難癖付けてくる感じのうるささを想像しておられると思います」


 まさにそう考えていた小早川夫妻は、夫の理が口を開く。


「違うんですか?」

「そうですね、ちょっと違います。

 むしろ不動産仲介業者にとってうるさいというか、面倒臭いというか。

 契約の内容が結構細かいので、そのへんの確認なんかをするのが面倒臭いんですよ。

 でもちゃんとやらないとがっつり文句を言われるので、お客様というより不動産仲介業者にとってうるさいと言ったほうが正確かもしれません」


 少しばかり苦笑を浮かべるところを見ると、ひょっとして国府田も面倒に思っているのかもしれない。


「まぁ契約内容の細かさはお客様にとってもうるさく感じるかもしれませんが、実際はほとんどが当たり前のことです。

 例えば長屋の敷地内に広場があるのですが……あ、今回ご覧いただく物件にも専用庭が付いていますがBBQは禁止です。

 なにしろ隣の家と壁がくっついている近さですから、ご近所迷惑この上ない話で」


 BBQについては社会的にも問題になっており、ニュースで取り上げられることもあるから理も弓子も当然知っている。

 しかも国府田のいうとおり長屋という建物の特質上、風向きなんて関係ないほど隣家が近いのである。

 さらには木造ということもあり、火気の取り扱いにはかなり神経質になっているらしい。

 焚き火なども厳禁で、全戸禁煙物件だという。


「ちなみに電子煙草も駄目です」

「徹底してますね」


 苦笑を浮かべながら付け加える国府田に、理も苦笑を浮かべながら応える。

 幸い理も弓子も非喫煙者である。

 この条件は問題なくクリア出来る。


「他に自転車の乗り入れも禁止です。

 門の外で下りて、自転車は押して入ってもらいます。

 これは現地を見ていただければわかるのですが、敷地内を自転車で走られると非常に危険だからです。

 子ども用の補助輪付き自転車や三輪車はOKですが、これも保護者が付き添うことが条件です。

 細かいですけど、子どもに怪我をさせたくなければ守ったほうが絶対にいいです。

 あ、補助椅子に子どもをすわらせたままは大丈夫です。

 でも自転車を漕ぐ親は下りてください。

 医療用の車椅子は手押しも電動もOKですが、安全のため介添人が必要です。

 でもいわゆるシルバーカーは乗り入れ厳禁。

 スケボーやローラースケートとか、論外です。

 あと楽器は基本的に不可。

 ピアノとかギターとかは駄目ですけど、例外的に小学校で使うリコーダーとハーモニカはOKです。

 但し朝8時以降、夜8時まで。

 時間厳守でお願いします」


 家と家を隔てる壁には防音性の高い断熱材が入っており、普通の声量でなら話し声も聞こえないしTVも同等の音量なら問題ないという。

 だがどうしても楽器は響く。

 それでもハーモニカやリコーダーは義務教育課程である。

 そのため時間を制限し、例外として認めているのだという。


「ドラムとかサックスとか、論外ですから」

「さすがにそれは……」

「まぁこのへんは聞いていただいてわかるように、常識の範囲です。

 でも世の中には自分勝手な人間がいます。

 いわゆるやったもん勝ちって考えですね。

 そういう連中に手を焼く大家も多いですが、だからといってルールを守っている人が損をするのはおかしな話です。


 むしろ大家としてはルールを守っている人こそ大事にしたい。

 そこで契約書に書いてしまおうということになったそうです。

 だから常識的な人には、確かに入居時の説明を聞くのは面倒ですが、入居後の生活には全く支障ありません。

 当たり前のことばかりですから。


 逆に、これをうるさいと感じる人はルールを守れない人ですからね。

 契約前に振り落としてしまったほうがお互いのためです」


 実際にはもっと多くの、それこそ細かく色々な条件が書かれているのだが、国府田の説明を聞く限り常識的なものばかりである。

 小早川夫婦も問題ないだろうと顔を見合わせるが、決定するにはまだ早い。

 ふと思い出したように国府田は話を続けたからである。


「これは長屋というより木造という構造上の問題に関係するのですが、ペットも厳禁です。

 犬猫はもちろんですが、鳥類や魚類、爬虫類も昆虫類も駄目です。

 小さくても命ですから、これは絶対に守っていただきたい」


 それこそ親族から二、三日預かるというのも不可という理由は……。


                                ……つづく


                       ※この物語はフィクションです

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