雲みたいな親友の
──たまたま柚希とグループ活動が一緒の日が続いて、彼とそれとなく話す機会が多くなってきた頃の出来事を思い出す。
その日も母親からのどこか口うるさいメッセージに対して、グチグチ文句言いながらメッセージを送っていると、どこか距離感のバグっている柚希が俺の肩に頭を寄せるように俺のスマホをのぞき込んできた。だから「うぉっ!なんだ」と思わず反り返ってしまった俺は悪くない。当時は一緒に帰るほど仲もよくない人間からのアクションにすぎなかったから余計に驚いた。
柚希はと言えば、俺の顔を見てクスクスと笑いながら「佐々木くんのお母さん?いいね」と言ってくる。
その言葉に対して、ほぼ条件反射的に「は?なにがいいのかわかんねぇよ、あんなくそばばぁ」と吐き捨てると眉を八の字にして、今にも泣きそうな顔をしだすもんだから焦る。(後から聞いた話だが困り眉をすると泣く1歩手前の顔になるのは昔かららしい)
そして今にも泣きそうな顔に弱いのが、長男気質の厄介な所である。なにより、周りのクラスメイトからのやけにじとっとした目線もどこか気まずくて仕方なかった。柚希はその性格も相まってクラスのマスコットにも近しい存在で、対して俺は口が悪くて荒々しいことも自覚していた。
それにしたってなんで俺が、とイライラしながらこの場をどうしようか考えていると「僕も”くそばばぁ~”って言ってみたかったなぁ」と斜め上からその言葉を放ってきたのは紛れもない柚希である。
近くにいたみんなもポカンと口を開けていたのは鮮烈に覚えている。あまりにもその口から不似合いな言葉だったから。
まぁ、とにかく色々と言いたいことはあるものの目の前の、普段はのんびりしているような、優しい顔つきの人物から放たれる「くそばばぁ」があまりにも面白おかしくて、俺は笑い転げずには居られなかったんだ。
「な、なんで笑うんだよ~もう」
「ふっはははは……は」
大笑いしていると、不貞腐れたように俺の肩を掴んでぶんぶん揺らしてくる柚希。目尻に浮かんだ涙を親指で払ってから柚希に向き直ると表情豊かに戸惑っていた。
「あぁ、なんでもない、なんでもない。でも羨ましいなら言えばいいじゃんか"お母さん"に」
「僕、物心つく前にお母さん死んじゃってるからさ~」
……そして俺はいともたやすく柚希の地雷を踏むことになった。流れるように言い放たれたその言葉に目をそらすと、同じく目をそらしたであろう別の奴と目が合う。どうにかしろと訴えかけられた所でもう遅いだろう、とジト目で返すしかなかった。
それからてんぱりながらもなんとか取り繕うとして「じゃあ、父親に」と言った。するとはにかんだような、遠い目をしながら「いいかも。だけどさ、おとー……おとーさんはほんと、人が優しすぎて『くそっ』な要素がほんとに無いんだ」と言ってきた。
それにしたってあまりにも、幸せな顔をしながら語るものだから、本当に仲が良い――というのは、その場にいた誰もが安易に悟る事が出来たはず。環境の違いに自分勝手にもイライラしている自分に気が付いて、思わず首筋をポリポリとかいてその場をやり過ごした。
それから一段と声のトーンをあげた柚希が「まぁ、おとうさんにそんなこと言ったら、たぶん顔をびっしゃびしゃに濡らして『ゆず、ゆずくん~!?』なんて、狼狽えて大泣きしちゃうから言わないけどね。泣き虫なあの人を止めるの時間かかるからさ」とケロリといった。
そのせいで俺はもう一度、腹を抱えて笑う事になってしまった。 笑いが止まらない原因を作った本人は、さっきまで俺がイライラとした感情の根源であったはずなのに今は愉快で仕方ない。
その彼は雲みたいにふわふわな頭を揺らして、イタズラが成功したような子どものような表情でケラケラと笑っている。多分、この手の話題は多分どこか彼の鉄板ネタで、笑いが取れると確信を持って言っているのだろう。だって泣き虫で情けない父親が存在する事なんてそれまで想像したことなかったから。
──まぁつまり、俺が自分の家族に柔らかくなったきっかけは柚希とのそんな出会いがあってこそ。
柚希の家庭は母親が居ない父子家庭で、他人が羨むほど幸せに満ちていた。それを知った俺はもう少し家族に対して少しは素直になれるよう心掛けているし、口調にも気をつけてるつもりだ……ある程度は。
もちろん、父子家庭や母子家庭のような状況の家は少なくない。 だけど、それを勉強みたいに説かれた所で、反抗的な俺の親への言動は改まらなかったはずだ。
だって俺は別に素直な善人、いい子くんって訳じゃないから。
ただ、何となく、次に目の前のこいつが羨ましそうにメッセージを覗き込んできたら、今度は俺が幸せそうに「いいだろう~」って言ってやる。そんな単純で、なんともくだらない理由だ。
──あの時のことを思い出しながら1人、苦笑いしていると柚希が軽快な足音と共にやってきた。熱々のコーヒーと共に。
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