第2話 私に激甘なパパと厳しい母

「パパー! 黎明れいめい。また追い返されたの!」


 澄んだ泉の側にある四阿で泣きつく私。


「大変だったね。黎明れいめいはよく頑張っていると思うよ」


 金髪の麗人と言っていい父は、十八にもなる泣きつく娘の黒髪を撫ぜている。父も私に甘い。


黎明れいめい。仙桃食べたいな」

「いくらでも食べるといいよ」

「やった!」


 すると女仙の一人が、カゴいっぱいに盛られた桃を持ってきてくれた。


黎明れいめいのお土産ようにも用意しておいてくれるかな」

「かしこまりました。天行てんこう様」


 持って帰る用の仙桃も用意してくれるらしい。

 そう、ここまでの話でわかるように父は仙人だ。そして、ここは南山という場所で父が住まう場所でもある。澄んだ泉の周りには時を止めたかのように、緑の木々の間から、たわわに実をつけた桃の木が何本も見える。


「いただきまーす!」


 みずみずしい桃にかぶりつく私。その円卓の上では、白も仙桃を貪り食っていた。もちろん猫の姿でだ。


「ん〜! おいひぃ〜!」


 甘みと酸味が絶妙に調和したみずみずしい桃。それが疲れた心と身体を癒やしてくれる。


 流石、仙薬や霊薬の素材に使われるだけはある。


「うんうん。好きなだけ食べるといいよ」


 ニコニコとしている父。

 私に激甘な父でも、ここに住むことは許してくれなかった。

 ここで暮らせば、絶対に昼寝し放題なのに母が怒りにくるからムリだったのだ。


黎明れいめい!」


 その声にビクッと肩が揺れる。そして白にいたっては桃が喉に詰まったのか、むせはじめた。


「お母様早いです。まだ一つしか食べていないです」


 仙桃が入った籠を抱え込みながら、名を呼ばれた方に視線を向ける。

 そこには黒髪の二十代ぐらいの美人の仙女が立っていた。おつきの仙女たちを連れてだ。


「一つもなにも、黎明れいめいが食せるものではありません」

「ケチ」

「ケチとはなんです!」

「昔はいっぱい食べても怒られなかったのに、理不尽すぎる」

「まぁまぁ、仙桃は黎明れいめいの好物なのだから、下界で一年間がんばったご褒美でいいじゃないのかなぁ」

天行てんこう様は黙っていてください」


 せっかく擁護してくれた父を黙るように睨みつける母。


『白。父の仙女から桃をもらってきて』


 咳き込んでいるのが収まった猫を後ろ手で掴んで、念話で白に話しながら地面に下ろす。


 母一行の背後に、大きな箱型の物を持った仙女がオロオロしているのが見えた。私の好物は確保しておかないと滅多に食べれないのだ。


「お母様。黎明れいめいの退魔師としての頑張りを何故認めてくれないのです」


 仙人になるために仙界の門をくぐる条件の最も厳しいところは、仙界で修行する師に受け入れられることだ。

 いわゆる、この者なら弟子にしてやってもいいかなという仙人がいれば、門が開くということだ。


 しかし、私の場合の問題は、父も仙人であり、母も仙人であり、幼い頃は仙界に住んでいたために、多くの仙人と顔見知りというところがある。いわゆる生まれながらの仙人だ。


 しかしあまりにもぐーたらしている十五歳の私を、母が下界で修行して来いと叩き落とし、母が認めない限り仙界には戻れないという状況なのだ。

 そう、母がいるので、誰も私を弟子にしようと思う仙人が現れないのだ。


「母は知っていますよ。日々の生活ですら白がいないと野垂れ死んでいるだろう体たらくさ。なんです? 寒いから退魔の仕事を断るとは? 朝が起きれないから行きたくないとは?」

「うぐ……」


 そう母は全てお見通しなのだ。私が嫌々ながら退魔師の仕事をしているぐらい。

 そして生活能力が皆無なことも。


「白。貴方もです。貴方の役目は、黎明れいめいの護衛であって、世話係ではないのです。霊獣とあろうものが何をしているのですか!」


 あ、白にも飛び火した。

 この隙に母から距離を取るために、桃が入った籠を持って徐々に下がっていく。


 その白はと言えば、父の仙女から藤で編まれた行李を受取り、背中に乗せながら口元をもぐもぐさせている。白虎の姿でだ。


「あ! 私の桃!」

「いいだろう! 俺にとって来いと言ったのは黎明れいめいだ」


 もう一つ、仙女から桃を食べさせてもらっている白。なんか餌付けされていない?


「あなた達!」

「おっと」

「うきゃ!」


 突然の突風に思わず身体が傾く。

 あ、ヤバい。この後ろは泉だ。


 桃入りの籠を腰につけている布袋に突っ込む。すると、絶対に入らない大きさの籠がすっと布袋の中に入っていった。


 仙嚢。袋の大きさに関わらず、多くの物を収納できる布袋だ。いわゆる不思議袋。


「来年は絶対に門をくぐってやるんだからね!」


 母にそう宣言しながら、私の身体はドボンと泉の中に落ちて、沈んで行ったのだった。

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