カノン・クライスラーはリンカネーション・ハイである。~回数制限付きですが「この世界にある魔法なら何でも使える」という転生特典を貰いました~
@Debby
第1話 死線を越えたらお約束
「やっと王都に着くのですねぇ~」
カノン・クライスラーは、辺境に近い領地を持つ子爵家の令嬢である。
人より少々──いやかなり穏やかな質で、『ぽわんぽわん』しているとよく言われる。頑張ってはいるけれど、家庭教師が泣いて謝るくらいには勉強は苦手で、運動はそれ以上に苦手だ。
そんな彼女は今、落ちることが確定している王立学園の入学試験を受けるために王都へ向かっている。
王立学園の入学試験に落ちるということは貴族の恥。
縁談にも多大な支障が出る。
人生だって、お先真っ暗。
つまりカノンは今、
それが分かっているのに王都に向かうのは、
身の安全のため『裕福な平民の女の子がひとりで親戚に会いに行く』という設定で王都行の馬車に乗り、かれこれ・・・・・・忘れたけれど、何日か揺られている。
そんな馬車旅も終わりが近く、このまま予定通りに進めば昼前には目的地であるファランドール王国の王都に着くらしい。
しかし、長かった馬車の旅もあと少し──というところで、馬車が急停車した。
「ひゃっ!」
完全に気を抜いていたカノンは、停車の反動で前方に向かって勢いよく飛ばされ、頭を打ち付けてしまった。
そのまま床に崩れ落ちたカノンを心配してか、長い旅程でよく話すようになった行商のおじさんがカノンに駆け寄り、ガックンガックンと身体を揺さぶりながら必死に呼び掛けた。
「お嬢ちゃん!お嬢ちゃん!!大丈夫かい!?」
(大丈夫ではないですぅ・・・とっても痛いですし、それ、続けられると今すぐ天に召されてしまう気がします・・・ぅ・・・)
揺らさないでぇ・・・そう言いたいのに声が出ない。
カノンが痛い頭に手をやるとぬるりとした感触が伝わってきた。なんだろうとその手を顔の前に持ってくると薄目を開けた。
(真っ赤ですねぇ。なんでしょうか)
「盗賊が出たっ。今冒険者たちが応戦してくれているから中から鍵を──ってひぃぃぃ、血ぃー!?」
御者のおじさんが状況を説明しながら扉から馬車の中に滑り込んできた。しかしそれは、言葉途中で悲鳴に変わった。
(ひぃ?ちぃ?・・・ってなんでしょうか)
「ちょっと!あんたたちどきなっ」
誰かがおじさん二人を押しのけてカノンに近付いてくる気配がした。誰だろうと目を開けようとするが、今度は頑張っても目は開かなかった。
(うーん、なんだか眠いですねぇ。寝ちゃってもいいですかねぇ・・・。でも寝ちゃうと死んじゃいますかねぇ。・・・でもこのまま王都に行っても人生が終わるらしいですから、状況は変わらないですよね?両親にもお兄さまにも「行ってきます」ってご挨拶したし、
ハッキリしない頭でそんなことを考えていると、カノンの頭に何かが当てられてギュウギュウと押さえつけられた。その痛みで遠のきそうになっていた意識が戻される。
「あんた!しっかりしな!血の量が多いだけで傷は小さいよっ!」
(・・・うえぇん。それ、とっても痛いですぅ)
「あんたっ!行商なんだろう!?薬とか、なんか役に立ちそうなもの持ってないのかい!?」
「い、いや。オレは小物雑貨の行商なんで薬なんて──」
おじさんとおばさんの声が遠くなる。
「お嬢ちゃん!?しっかりしなっ!お嬢ちゃんっっ!!!」
おばさんにガックンガックンと身体を揺さぶられ、胸の上にあったカノンの血まみれの手が、力なく床に落ちた。持ち上げるだけの気力はない。
「・・・あ、あぁぁ・・・生きていればまだ、楽しいことがいっぱいあっただろうに・・・」
「おっ、お嬢ちゃん・・・。ぐすっ、オレが薬を持ってさえいれば・・・助けられなくてごめんよぉ・・・」
(・・・・・・ちょっと疲れたので手をだ・ら・ん・としただけなのですが・・・・・・)
どうやら彼らの中ではカノンはもう死んでしまったことになっているようだ。もしそうなら寿命を縮めたのはおじさんで、とどめを刺したのはこのおばさんだ。
カノンはこれでもう揺さぶられることはないだろうし、どうせこのまま死んでしまうのだろうから「まぁいいか」と落ちていく意識の中で思った。
例えおじさんが『薬』を持っていたとしても、この怪我には効かないだろうし──くすり?・・・クス・・・──。
「あ!クスノセさん!!」
突然意識がはっきりして覚醒する。
急に飛び起きたカノンを見て、車内の人たちが悲鳴を上げた。
「「「ぎゃぁーー!アンデッドっ!!!」」」
失礼ね。
まだ、生きている。
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