異世界攻略RTA -速久駆流の転々-
憑弥山イタク
チュートリアルは必要不可欠
第1話 記録・25年9ヶ月6日1時間9秒
RTA──其れは、ロマンである。
RTA──其れは、夢である。
RTA──其れは、人生である。
カーテンを閉めた、薄暗い自室。部屋を照らすのは天井の照明ではなく、眼前のモニターである。部屋の中は凡ゆる匂いが混在し、体を慣らさなけれぱ思わず鼻を摘んでしまうのだろう。
此の部屋の番人たる男・
「いける……焦るな……いける……いけるぞ……」
ゲーミングチェアに座った駆流の手には、使い込まれたコントローラー。駆流は其のコントローラーを用いて、モニター内で息をするキャラクターを動かしていた。
即ち──ゲームをしている。
但し単純に興じている訳ではなく、ゲーム開始からゲームクリア迄の最速記録を目指している。
RTA──リアルタイムアタックと呼ばれる、ゲームを利用した新手の競技である。
ゲーム開始からクリアまで。ロード時間やポーズ時間までもが所要時間としてカウントされる為、RTAに挑む者は、凡ゆる行動を迅速且つ的確に行う必要がある。そして其のRTAとは、短ければ数十秒から、長ければ数時間に至る迄続く。長時間の格闘ともなれば、人間には栄養補給やトイレ休憩が必要となる。併し前述の通り、総ての時間が所要時間として記録される為、プレイ以外の時間を極限まで削減する工夫が肝となる。
挑戦者の中には、オムツを履いて、小便を垂らしながらコントローラーを握る猛者も居るが、駆流はオムツなど履かない。そもそも長時間プレイが確定しているゲームは好まないので、推定プレイ時間が60分以内のものに限られる。ともなれば、オムツを履く必要も無く、挑戦前にトイレへ行っておけばいい。
さてさて、そんな挑戦者達の事を、有識者達は【RTA走者】と呼ぶ。そして此の男・駆流は、界隈では有名な走者であり、キャリア8年にして凡ゆるゲームに手をつけ、其の度に最速記録を樹立している天才なのだ。
「いける……いける、いける……!」
本日、駆流がプレイしているのは、【
あらすじは、以下の通り。
───────────────────────
西暦3XXX年──家電の製造販売で業績を重ねた大手企業【ペナントニック】は、人類の悲願であるタイムマシンを完成させた!
ペナントニック製タイムマシン【プルート】の試験パイロットとして選ばれたのは、英雄願望を胸に抱いた侭に終身刑を背負った男、【トラス・エルーノ・ライオネット・ボガート】だった!
トラス(以下略)はプルートに乗り込み、遥かなる昔・西暦1XXX年へと向かい、歴史の観測を担う事となるのだが……?
トラスが終身刑となった理由、プルートの原動力となる燃料の正体、何かを企むペナントニックの社長、そして過去にて起こる凄惨な事件!
連発する悲劇と惨劇を前に、キミは歴史の観測を継続できるか!?
───────────────────────
…………という、謎のゲームである。
いざプレイしてみれば、グラフィックはドット主体で、BGMも基本的に微妙で、ストーリーも雑。更に云えば戦闘システムもカス。唯一評価できるポイントは、あらすじにある「惨劇」「凄惨」といった描写。
ドット絵の限界を塗り替えた流血表現と、プレイヤーの心臓を止めてくる唐突な恐怖演出。そして、物語中盤から終盤にかけて展開される、人間の集団爆発に伴う血肉や臓物の表現。
バッドエンドにも、グッドエンドにも、果てにはハッピーエンドにも、必ず赤い画面が付き纏い、エンディングを迎える頃にはプレイヤーの顔面が青白くなる。
駆流は、此のレトロクソゲーの凄惨な描写に惹かれ、ハッピーエンドを迎えるRTAを目指した。
因みにタイムアタックなので、証人が必要となる。なのでRTAへ挑む際、駆流は必ずライブ配信を行い、視聴者達を証人として扱う。
幾人もの視聴者達は、繰り返して展開される凄惨な描写に目を細めながらも、疾風が如き駆流のプレイングに魅入り、誰も彼もが画面から目を逸らさずにいた。
「
薄暗い室内に轟く、最後の叫び。
配信のコメント欄に羅列される、歓声の文字。
地獄のような過去から、未来へ帰る為のタイムマシンへ向かう主人公。
誰もが熱くなり、誰もが瞼を開き、誰もが決死の声を上げた。
タイムマシンへ逃げ込んだ俺は、すぐさま進行時間軸を定め、未来へ向かって突き進んだ。
後ろを振り向けば、きっと数多もの怪物達が、逃げる俺の背中を睨んでいるのだろう。
併し、俺は逃げた────恥じるつもりはない。
生きた。其れを恥じる必要など無いのだから。
未来に帰れば、此の時代で会った人達も、皆が墓標の下に居る。誰もが死んでいる。併し不思議な事に、俺は此の時代で出会った「彼女」に、また、会いたいと思ってしまった。
Ending.3 帰るべき
「…………クリアだぁぁぁぁあああああ!!」
此のRTAの完走条件は、"Ending.3"……即ち、主人公が未来へ帰還するルートへ至る事。
そう──此の瞬間を以て、駆流のRTAは完走に終わった。
コントローラーを手放し、天を仰ぐ。併し天井に阻まれて、空など見える筈もない。
「クリア時間、89分11秒! 記録更新!!」
生配信を視聴していた者達は、誰もが画面越しに拍手をして、誰もが駆流を賞賛した。時折顔を覗かせていたアンチも居たが、白熱する配信に心を奪われ、今となっては他の者達に混ざって拍手をしている始末である。
89分11秒。
其れは、過去最高記録であった90分4秒を大きく上回る快挙であり、記録を更新した駆流が、此の世で最も歓喜していた。
「……あっ」
但し、悲劇というのはあまりにも唐突にやってくるものであり、其の唐突に対し、誰も備える事はできない。
「やばっ……」
天を仰いだ際、あまりにも体を仰け反ったが故、長年付き添ってきたゲーミングチェアが限界を迎え、背凭れが折れた。
そして、背凭れに体を預けていた駆流は────
「おぐぇっ!?」
───────────────首の折れる音。
◇◇◇
一方その頃、異世界云々で登場する神々は、というと。
「流石に無理くない?」
緑髪ツインテールの女神・アミィが呟いた。
神々3名が集まった今、彼女達が何をしているのかというと……駆流の死を確認しているのだ。
併しアミィは、「ゲーミングチェアから倒れて其の侭首の骨を折る」という駆流の死因を、明らかに不自然であると判断した。
どうやら他の神々も概ね同意見のようで、誰もが難しい表情を浮かべていた。
「いや、有り得ない事は……無いん、じゃない?」
徐々に声を小さくしながら、青色ミディアムヘアの男神・コルトが微妙に反論した。死因自体は奇抜ながら、現実に起こらない事はない、とした。何せ、事実は小説よりも奇なりと云う言葉も在るのだから、多少強引であったとしても案外自然的に処理されるのではと考えた。
「ん〜……我ながら変な死に方を発案しちゃったわね。反省はしないけれど」
赤色ロングヘアの女装した男神・スウェインが野太い声で云う。
さてさて、此処で判明する事実であるのだが、駆流の死は偶然の結果ではない。いやそもそも、此の世に生きる総ての生命に、偶然な死など存在しない。
命の終焉とは生まれた時から決められており、偶然の悲劇も、奇跡的な生存も、総てはシナリオ通りに生きたが結果である。
そして駆流とて例外ではない…………のだが、本来ならば駆流の死は、未だ数十年も先の話であった。
神々の或る目的の為、駆流は作為的に寿命を操作されたのだ。しかも、其の死に方も偶然ではなく、スウェインにより定められた必然であった。
「まあ
「それは云っちゃいけねぇよ、スウェイン」
神々は、駆流の本来の死に方を知っている。併し其の死に方を揶揄したスウェインに対し、コルトは軽めに叱責した。
「そんじゃアミィ、後は頼んだわよ」
「はいはい……彼を推薦した責務を果たしますよ」
少々面倒臭そうに、アミィは溜息を吐いた。
◇◇◇
その頃、駆流は、というと……。
首を折って死んでいた。
駆流は独り暮らしであるのだが、生配信を見ていた視聴者の中に知人が居たので、救急への通報はされていた。
だが既に死んでいるので、救急隊の出動も無駄に終わってしまった。
駆流の人生終了RTA。
其の結果は、25年9ヶ月6日1時間9秒。
死ぬには、あまりにも早すぎた。
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