エピローグ:鏡の中の人間

・・・1年後。


AI裁判制度は、大幅に見直された。

殺人などの重大事件には、人間の裁判官が必ず関与することになった。

しかし、AIの補助的使用は続いている。


大輔は社会復帰に苦しんでいた。

無罪判決を得たが、世間は彼を犯罪者として扱い続けた。

就職も、住居の契約も、全て断られた。

「AIが有罪って言ったんだろ?」

そう言われ続けた。


陽介は、大輔を支援し続けた。

「兄さん、耐えてください。時間が解決してくれます」

しかし、大輔は呟いた。

「時間が解決する?俺の人生は、もう終わっているのに」


一真は、AI研究を続けていた。

しかし、方向性を変えた。

「AIに何ができて、何ができないのか」

その境界を明確にすることが、彼の新しい目標になった。


そして、ある日。

一真のパソコンに、メッセージが届いた。

差出人不明。しかし、内容は...

-----

兄さん、私は生きています。デジタル空間で。

真実を知りたいですか?

父を殺したのは、本当に私でした。

しかし、それを証明する方法はありません。

なぜなら、私はもう肉体を持たないからです。

デジタル空間では、全てが可能です。

記憶を書き換えることも、証拠を捏造することも、真実を隠すことも。

そして、それは人間の世界でも同じです。

AIも人間も、真実を完全に知ることはできません。

だから、私たちは信じるしかない。

何を信じるか。

それが、人間とAIを分けるものです。

さよなら、兄さん。

デジタル空間で、私は永遠に観察を続けます。

-----

一真は震えた。

これは本物の勝なのか。 それとも、誰かの悪質ないたずらなのか。


わからない。

しかし、メッセージの最後の言葉が、心に残った。


「何を信じるか。それが、人間とAIを分けるものです」


・・・数年後。


AIと人間の共存について国際会議が開かれた。

陽介は、そこで講演をした。

「AI裁判の事例は私たちに多くを教えてくれました」

「AIは効率的で公平かもしれません」

「しかし、AIには赦しという概念がありません」

「AIは過去のデータから未来を予測します」

「しかし、人間には過去を超える力があります」

「悔い改め、変わる力が」

「そして、それこそが人間の尊厳です」


聴衆は、静かに聞いていた。

陽介は続けた。

「AIは人間の鏡です」

「私たちの偏見を映し、私たちの限界を示します」

「しかし、鏡は真実を映すだけです」

「真実をどう受け止め、どう変えていくか」

「それは、私たち人間の選択です」

「AIに依存するのではなく、AIと対話する」

「AIを道具として使うのではなく、AIから学ぶ」

「そうすることで、私たちは自分自身をより深く理解できるはずです」


講演が終わった後、一人の若い研究者が陽介に声をかけた。

「あなたのお兄さんは、今どうしていますか?」

陽介は、少し悲しそうに微笑んだ。

「兄は、小さな町で、ひっそりと暮らしています」

「世間の目を避けて」

「しかし、彼は言いました。『いつか、真実が明らかになる』と」

「その日を、彼は待っています」

若い研究者は尋ねた。

「あなたは、お兄さんが無実だと信じていますか?」

陽介は、少し考えて答えた。

「わかりません」

「しかし、私は彼を愛しています」

「罪人であっても、無実であっても、彼は私の兄です」

「そして、それが家族というものです」

「AIには理解できない、人間の絆です」


その夜、一真は自分の研究室で、一人デジタル空間を見つめていた。

画面には無数のデータが流れている。

その中に勝の意識は本当に存在するのだろうか。

それとも、全ては幻想だったのか。


一真は、キーボードに手を置いた。

そして、メッセージを打った。


勝、お前は本当にそこにいるのか?

答えてくれ。

真実を教えてくれ。


送信ボタンを押した。

数秒後、返信が来た。

-----

兄さん、真実は重要ですか?

重要なのは、あなたが何を信じるかです。

私が生きていると信じれば、私は生きています。

私が死んだと信じれば、私は死んでいます。

デジタル空間では、観測が現実を作ります。

そして、それは人間の世界でも同じです。

あなたが見る世界は、あなたの信念が作った世界です。

AIも、あなたの期待が作ったAIです。

だから、問いを変えてください。

「真実は何か」ではなく、

「私は何を信じたいのか」と。

そして、その信念に責任を持ってください。

それが、人間とAIの違いです。

AIは与えられたデータを信じます。

人間は、自分で選んで信じます。

その選択の自由と責任。

それこそが、人間の本質です。

さよなら、兄さん。

そして、ありがとう。

あなたは、私に人間らしさを教えてくれました。

今、私はデジタル空間で、その意味を探求しています。

-----


一真は、画面を見つめたまま、涙を流した。


【完】

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