Episode.9 地獄の朝
朝日がのぼり、屋敷の窓から淡い光が差し込み始めたころ。
エリアは—— 死んだ魚の目で布団から半分はみ出していた。
(……ねむ……い…… 眠れるわけないでしょ……あんなことあって……)
深夜の“護衛つきお手洗い”事件のせいで神経がすり減りすぎ、 頭はぼんやり、体は鉛のように重い。
ぼさっと髪を振り乱して起き上がった瞬間——
コン、コン。
扉が控えめにノックされた。
(やだ……もう来た……)
扉越しに、低く落ち着いた声。
「エリア嬢。朝食の準備ができています」
「………………」
(声聞いただけで心拍あがるのやめたい……)
返事をしないまましばし固まっていると扉の向こうでルークが、純粋に心配した声音で続けた。
「……体調が思わしくないのですか?」
「ちがうの……あなたのせい……」
「私の?」
「そう……あなたの……せい……」
扉を開けると、相変わらず完璧に整えられた姿の氷の護衛兵が立っていた。
エリアは寝癖全開のまま、恨めしそうに見上げる。
「昨日の夜の……アレ……。 絶対わたしの寿命縮んでるからね……?」
「護衛行動に不備がありましたか?」
「なんで反省点をそっちで探すの!? もっと……こう……わたしのメンタルとかプライバシーとか……!」
ルークは本気で首をかしげる。
「……護衛対象の位置を把握するのは重要ですが…… プライバシーとは、何か問題が?」
「ある!!めちゃくちゃある!! 深夜にトイレ行くの見張られてる時点で大問題!!」
「危険がある可能性が——」
「どこの世界のトイレがそんなデンジャーゾーンなのよ!!」
エリアが両手をばたばたさせて訴えるもルークは“理解はしたが納得はしていない”という微妙な顔でうなずいた。
「では……次回は距離をとりましょう」
「次回!?ある前提で話すのやめて!!」
「昨夜のような事態が再び起こる可能性は常に——」
「起こらないで!! お願いだから!!せめて夜中は聞き耳立てないで!!」
「……努力します」
“努力します”。 つまり 完全にはやめる気はない。
(この人ほんと…… 護衛モード入るとブレーキどっか行くんだよねぇ……)
エリアはがっくり肩を落としつつ、ふらふらと歩き出す。
するとすぐ横で、完璧な歩幅で並んでくるルーク。
「歩くのが不安定です。体調がまだ——」
「寝不足なの!!あなたのせいで!!」
「……責任を感じます。 では、朝食の席までサポートを——」
「サポートしなくていい!! ただ横に立ってるだけで緊張して歩きづらいの!!」
「ですが危険が——」
「この廊下どんだけ危ない世界なのよ!!」
朝から全力でツッコミ続けるエリア。
ルークは一歩後ろに下がり、距離を取って歩く。
だが、その顔は相変わらず淡々としている。
「エリア嬢。本日は活動予定があります。 睡眠不足であれば、後ほど短時間の休息を——」
「うん……そうします…… 願いだから今日は……心臓に優しくして……」
「承知しました。 できる限り、脅かさぬように行動します」
(“できる限り”が怖いんだよね…… この人基準だと全然優しくない可能性あるんだよね……)
エリアは疲労を背負ったまま食堂に向かい、 その後ろを、護衛兵は静かに——しかし確実に——ついてくる。
朝の屋敷に、彼女の小さなため息が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます