Episode.2 門前

 夕暮れの光が傾き、伯爵家の白い石壁が淡く朱色に染まっていた。


 ——そして、エリアは今、その門前で固まっていた。


(なんで……なんで私、この人と一緒に帰ってきてるの……)


 隣には、蒼月騎士団長・ルーク。
 

 氷のように静かな雰囲気をまとい、背は高く、歩幅が大きい。
 エリアは少し離れて歩こうとするが、守るようについて来られてしまい距離が縮まる。


「足、痛みませんか?」


 不意に向けられた気遣いに、エリアはびくっと肩を震わせた。


「だ、大丈夫です……!」


(やめてその声……ほんとに前世の夫とそっくりなの……!)


 逃げたくて仕方がないのに、今日は“護衛する”と言われ、半ば強制的に送られてきたのだ。


 ルークは門を見上げ、静かに息を吐く。


「……ここがあなたのお家なのですね。美しい屋敷だ」


「は、はい……」


 返事をしながら、エリアは門番たちの視線が気になって仕方ない。


(お願いだから変な誤解しないで……!
 私、ただ逃げられなかっただけだから!)


 けれど門番の二人は、驚愕と尊敬が入り混じった目でルークを見ている。


「お、お嬢様……! そ、それに団長様まで……!」


 ルークは軽く会釈し、当然のようにエリアの隣に立った。


「エリア嬢は王都で魔物に襲われました。今後は私が警護します」


「け、警護!? こ、ここを……ですか?」


「しばらくは、伯爵家に滞在させていただくつもりです」


 門番たちの目が丸くなる。
 一方のエリアは心の中で悲鳴を上げていた。


(“しばらく”って何日!? え、まさか本当に、家に泊まる気なの!?)


 そんなエリアの絶望をよそに、ルークは何の迷いもなく言った。


「では、行きましょう」


 そう言って、エリアの前を歩く。
 逃げ道をふさぐような位置取りだ。


「……っ」


(私、完全に捕まってる……!)


 エリアは泣きそうになりながらも、ルークに並ぶしかなかった。


 二人はゆっくりと、伯爵家の門を一緒にくぐる。


 その瞬間、使用人たちの視線が一斉に集まるのを肌で感じた。


「あ、あれって……お嬢様と……氷の騎士団長……?」


「え、まさか……え、そういう……?」


 ひそひそ声が飛び交う。


(違うの!! ほんと違うの!!)


 心の中で叫びながらも、エリアはどうにもできない。
 ルークは気づいていないのか、淡々と屋敷の中へ足を踏み入れていく。


「安心してください。あなたを必ずお守りします」


「……っ、あ、ありがとう……ございます……」


(守られるのは嬉しい……けど……
 あなたは怖いの。
 前の夫の記憶を、全部思い出させるから……)


 逃げたいのに逃げられない。


 こうして——
“氷の騎士団長との同居生活”は、伯爵家の門をくぐった瞬間から、静かに幕を開けた。

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