蒸気の城と嘘つきシスター 前半


「怪しい魔法薬ぅ?」


久しぶりの湯船に浸かりながら僕ことアーヴィンは、旅仲間の腹黒シスターことマルトハートの肢体を視界に収めないようになんとか視線を外しながら答えた。


「そそ。なんでも西の国で起きた内紛を引き起こした要因だとかなんとか」

「へぇ……じゃあ結構ヤバめな薬なのかな」

「ヤバめっていうより……ていうかアーヴィン?なんでさっきから私と目線合わせないの?」


それはあなたの身体は刺激が強すぎるからです。

てか話しただろ。


「前にも話したけど、僕は闇の魔女の呪いでこんな体にされただけで男なんだ!なのになんでお前は一緒に風呂に入ってくる⁉︎」


こんな体−−そう、絶世と言っても過言でないほどに美しく、完成された造形美を持った女ダークエルフという身体。

見た目は完全に女であり、女でしかない。


「えーでも、今は女の子、でしょ?」


近寄るな。体を寄せるな。躙り寄るな。


「それに。ガルド様を見る目は恋する乙女だし。もうアーヴィンちゃんは立派な女って誰がみてもわかるけどなぁ」

「気色悪いこと言うなマルト。僕は男だ」

「はいはい。そーいうことにしといたげる」


そういうとマルトハートは僕から距離をとって、浴槽の縁に寄りかかる。

くっ……割に豊満な胸が湯船に浮かぶのが煽情的で腹立たしい。

いや、何に腹立ててんだ僕は。

男として興奮すべきとこなのでは……?


ともあれ、

このマルトハートという性悪シスターと

身長2m越えの大男の生ける伝説的な傭兵と

美少女ダークエルフになっちゃった僕ことアーヴィンの3人で

"僕の呪いを解く"旅をしているわけだった。


「で、その薬がなんだっていうんだ?」

「気持ちいらしいのよ。それ飲んで"する"と」


………は?


「……媚薬ってこと?」

「んーなんか本来の用途は違うらしいけど。なんか副次的な効果で、すんごいんだってー」


すんごいて。

ニヤニヤしながらマルトハートがこちらをみてくる。


「アーヴィンちゃん。興味あるぅ?ガルド様とぉ。とぉってもきもちぃこ・と」

「………うるさい」


なぜ僕は瞬時に否定できなんだ。

興味なんかあるわけ無いのに。

あるわけ……ないよな?


「まー。北の共産国は魔工学?だっけ、科学と魔術がどーのとかであんまりそういう魔術的な薬ないからさ」

「確かに。帝国と比べたら流行りやすい可能性はあるってことか」

「そゆこと。アーヴィンちゃん口悪いけど見た目はいいからねぇ。気をつけなよー?」


……こいつなりに心配してくれてるってことなのか?

ともあれ


「出るぞ。あんまり長湯してるとガルドが心配して飛び込んできそうだ」

「はーい」


湯船から立ち上がり、タオルを手に取って出口に歩き出す。


「そーやってガルド様中心に行動するあたり、やっぱり乙女だと思うんだけどなぁアーヴィンちゃん」


なんかマルトハートがつぶやいていたが僕には聞こえなかった。

エルフの耳は敏感で、人間よりよく聞こえる。

それでも聞こえなかったということは、多分僕に取って聞き逃したほうが都合の良いセリフだったんだと思う。

そう思っておくことにする。


1 呪われダークエルフと蒸気の城


ガルダ共産国首都ケムリア。

世界で最も魔工学が進んだ都市で、蒸気機関と魔術が融合した"蒸気都市"である。

排気が空を舞い、光をうっすらと遮り、

少しばかり肌寒い駅のホームで、

僕はとても興奮していた。


「おぉおおお!こ、これが!これが魔導汽車!」


身長が2mほどあるフェルガルドでも余裕を持って乗り込めるほどに大きく、鉄の箱とも言える巨大な車両。

先頭の車両からは蒸気機関を燃焼しているのか、煙突からは煙がモクモクと空高く登っており、ぼーっと重くて低い音が遠くまで響き渡っている。


「ガルド!これすごい!かっこいい!」

「あぁアーヴィン。そうか」


フェルガルドは静かに答えた。

なんかあまりテンションが高くない。

男の子はみんなこういうのが好きだと僕は思っている。

フェルガルドは違うのだろうか。


「ガルドはあんまり興味ないのか?こういう機械は」

「あぁ。昔から機械は相性が悪くてな。触ったら大概壊れる。それ以来苦手意識があって……」


……可愛い。

いや可愛いってなんだ。

なんで僕はこんな大男に可愛いなんて思ったんだ?


「だが、アーヴィンがいれば大丈夫だ。アーヴィンがいれば俺はこれとも戦える」

「〜〜っ!急にそういうこと言うな!あと汽車とは戦う必要ない!」


この天然タラシ傭兵はいつだってこうだ。

すぐ僕をおかしくさせる。

耳が赤いし顔が熱い。

あーくそ。


「はいはーい。そこで何いちゃついてんの?お二人とも」

「いちゃついてない!」


マルトハートが手に3枚の紙切れを持って戻ってきた。

汽車に気を取られて気づかなかったが、どうやら切符を買いに窓口に行っていたらしい。


「せーっかくお姉さんが切符買ってきてあげたんだから、感謝してよね?ガルド様?」

「ああ、ありがとう。マルト」


おいマルトハート。

フェルガルドに躙り寄るな。

しなだれかかるな。

胸元に指先を這わすな。

なんでフェルガルドも拒否しない。


「どこがお姉さんだ。若作りシスター」

「あらぁアーヴィンちゃん。そんなこと言うなら、一緒女の体でしかいられなくなっちゃうほど気持ちくさせちゃうけど?」


背筋がゾクッとする。

なんだその女の体でしかいられなくなっちゃう気持ちいことって。

怖すぎる。

やっぱこいつは腹黒だ。


「でも」


話を切り替えるために改めて汽車の方を向く。

そろそろ出発の時間だ。

搭乗口から車両に流れていく乗客が見えた。


「結構人数乗るんだな」

「まぁねぇ。一応首都行きの汽車だからね」


切符を僕らに配りながらマルトハートは続ける。


「はいこれ。乗車切符。絶対無くさないでよ?高いし、降りる時も使うし、高いんだから」


そんな念を押さなくても子供じゃないんだから無くさねーよ。


◇◇◇


窓の外風景が一瞬にして後方へ消えていく。

目で追っては見るものの、次々と流れてくる風景に視線が追いつかず、目が廻りそうになる。


「大丈夫か?アーヴィン」


頭がクラクラしそうになっている僕に、隣の席に陣取っていたフェルガルドが心配そうに声をかけてきた。


「うん。大丈夫。ちょっと目が回っただけ」

「酔い止めいるか?」

「へーきへーき。景色見てたら目が回っただけだから」


そんなやりとりをフェルガルドとしていると、窓際の僕とフェルガルドの反対側にもたれかかる様にして本を読んでいたマルトハートの向こうから声が聞こえてきた。


「そう言う時は近くではなく、遠くの景色を見るといいですよ?」

「げ……」


その声の主を見て、隠す気もないくらいに嫌そうな声をあげるマルトハート。

いや、てかそもそもお前フェルガルドに寄りかかるなよ。

少しは節度を守って距離を置け。

僕だってそこまで密着してないぞ。

……する必要は無いんだけど。

ダメだマルトハートが同行し始めてからなんか感情が掻き乱される。


「げ、とは失礼ですねシスターマルトハート」


声の主は異様な姿をしていた。

いや、一見普通のシスターなのだ。

なのだが……


「でたわね目隠しアイアンメイデン……シスターアリシア」


そう、目隠しをしているのだ。

しかも、分厚い黒の目隠しを。


「こんなうら若きか弱いシスターを捕まえてアイアンメイデンだなんて。処女はお互い様でしょうにシスターマルトハート」

「煩い。ガルド様の前で余計なこと言わないで」


マルトハートがそういうと、シスターアリシアと呼ばれた女性は視線……は見えないが、明らかに僕と隣のフェルガルドをみた。


「あら、そちらが聖教から連絡のあったお二人ですか」


聖教。

正式には聖職者教会。

マルトハートを含めた帝国のシスター集団である。

それがここにいるってことは……


「追手−−っ⁉︎」


僕は腰の短剣に手を伸ばす。


「大丈夫ですよ。アーヴィン=ナヴィ」

「………」


警戒は解かない。

アリシアの動きを見落とさない様観察する。

フェルガルドも僕に同調し、いつでも剣を抜ける様柄に手をかけた。

一瞬の静寂−−

それを打ち破ったのは意外にもマルトハートだった。


「はーぃやめやめ。アリシアもアーヴィンも」


パタパタと両手を振って、僕達の間に割って入る。


「他のお客様もいるんだからそーいう剣呑としたのは後で。それに……どーせ追手とかじゃなくてあんた出張で来てるんでしょ?」

「あら、バレてましたか」

「バレバレよ。殺気はだしたものの武器に手を伸ばす気配なし。アンタ得意武器はモーニングスター。そんなちっちゃな旅行カバンに入るわけないしねぇ」

「案外ちゃんと見てるんだな……マルト」


意外だった。

普段おちゃらけた様子しか見せないマルトハートがしっかりと相手を観察していたとは。

短剣に伸ばした手を戻して、居住いを正すともう一度アリシアの方を見る。


目隠しが目立つ奇妙なシスター服を着込んだ白髪の女性。

目隠しはしてはいるが、それでも彼女はかなりの美貌を持っていることはわかる。

マルトハートとは対照的にスレンダーで少々不健康に見える線の細さがあるが、得意武器がモーニングスターというのはそのギャップが恐ろしさを感じさせる。


「で?僕達に何か用?」

「いえいえ。見知った顔がいたのと、汽車酔いされた方へのほんの少しの心配りでしたので」


それでは、と言い残してアリシアは車両の後方へ去っていく。


「気をつけたほうがいいわよアーヴィンちゃん。アイツあー見えて聖教一暴力大好きシスターだから」


……人は見かけによらない。

まさにその最たる例なのかもしれない。


◇◇◇


ケムリアは共産国随一の魔工学都市である。

魔術と科学が融合した魔導蒸気なる機関が殆どの機構に内蔵されており、空には排気が充満し、陽光を遮るように都市が包まれている。

霧の都市だとか排煙の隔絶都市なんて呼ばれているくらい遠目からには白く煙たい見た目をした場所だ。

確かに他者を拒絶する様な煙が都市を覆ってはいるものの、別に住民は排他的ではない。


「ようこそ〜ケムリアへ!」


なんて、バニーガールのお姉さんが汽車のホームで出迎えてくれるくらいには友好的だった。

なぜバニーガール。

北に位置するケムリアはそこそこ気温が低い。

そこに煙が陽の光を遮ることで、更に気温が下がっているわけで。


「お姉さん寒くないの?」

「いえいえ〜これも仕事ですから〜」


笑顔で改札の方まで案内してくれた。

接客業はすごいなぁと感心するばかりだった。


「アーヴィンちゃんあーいうの似合いそうね」

「絶対に着ない」

「……アーヴィンはなにを着ても似合うぞ?」


フェルガルド。そういうことじゃない。

似合わないから着たくないということじゃぁない。

まぁお前が来て欲しいならそのうち切ることもやぶさかではない……

いややぶさかではあるだろ。

なにを考えてるんだ僕は。


「そ、それより……マルト!」

「はいはい。どしたの?」


ケムリアに来た目的は観光−−ではなく、解呪の情報を探すためだ。

僕のこのダークエルフ化の呪いを解呪し、元の男へ戻るための旅だ。


「ここにはギルドとかはあるのか?帝都みたいに」


共産国と帝都はある程度の友好関係にはあるとはいえ、別に不可侵条約などを結んだ間柄ではない。

お互いがお互いに今は有益であると考えているが故成り立つ危うい平和が保たれているだけだ。

帝都のギルドは帝都内での活動は保証されているが、他国ではされない。ゆえに共産国で何か行動しようとするならば共産国のギルドに登録してしなければならないのだが−−


「ないわよギルド」


ないらしい。

え−−ない?


「ないの?」


僕が思わず聞き返すと、マルトハートは肩をすくめた。


「みたいなの、はあるけどね」


マルトハートは続ける。


「ケムリアは共産国よ?帝都みたいな“国家と別組織のギルド”なんて置くわけないじゃない。働きたい人はみ〜んな、一度“国家事務局”に登録して、お仕事も依頼もぜ〜んぶ国が管理してるの」


ふむ。国そのものがギルドみたいなものなのか。


「へぇ国がねぇ」

「そ、全部。危ないお仕事するなら“特務労働者”。魔物退治なら“治安補助員”。ってみーんな決まってるの。報酬も任務も、全部お国が決めます〜ってやつ」

「じゃあ、僕らは……?」

「例に漏れず、まずその“労働者登録”からよ。

ただし“外国人”は審査がちょ〜っと厳しいけどね?」


ふふん、とマルトハートが笑う。


「まぁアーヴィンちゃんは顔がいいし、ガルド様は見た目からもう実績あるから、すぐ通るでしょ。

ほら、行くわよ〜“政府事務局”へ」


マルトハートが先導して歩き始める。


「お、おい!ちょっと待てって……ガルド、行こ」


無意識にフェルガルドの手を引く。

…………ほんとに無意識だった。

ここで手を離すのも印象が悪い。だから手を離さないだけで、決して離したくないわけじゃないんだ。

だから、うん。これはそういうことにしておこう。

って僕は誰に言い訳しているんだ。


「にしても、共産国って人間ばかりかと思えばそうじゃないんだな」

「あぁ。獣人、人間、ほんのわずかだがエルフもいる……ここではあまりアーヴィンが目立たないかもな」


なぜそこで残念そうな顔をする。

目立たなくて結構だ。

視線怖いし、動きにくいし。

なんだお前は自分の相棒を見世物にでもしたいのか?


「俺の相棒を自慢できないのは、少し寂しいな」


…………。

いや、しなくていいだろ。


◇◇◇


甘い香りがした。

政府事務局の戸を開くと、香水のような甘い香りがしていた。

国内随一の実力派たちが集うケムリアの政府事務局と聞いていたが−−まるで娼館だ。


「政府の公式施設がこんなんでいいのか……?」

「おかしいわねぇ。去年あたりまではもっと厳格な雰囲気だったと思うけど」


隣で困惑しているマルトハート。


「さっきも思ったけど、お前詳しいな」

「あら?言わなかったっけ?私、ここの生まれなのよ?」


あぁ通りで詳しいわけだ。

って、聞いてねぇよ。


「聞いてないっ」

「あら。言ったつもりになってたかも。ごめんねアーヴィンちゃん」


いや、別にいいけども。

それにしても、だ。


「あからさまに様変わりしすぎよねぇ」


戸を開けてすぐの大ラウンジは、200人は入れるほど広く、10ヶ所に円形の10人掛けできるくらいに大きめのソファが並んでいる。

天井からは豪華なシャンデリアがこれでもかとぶら下がっており、壁や部屋の隅には目が痛くなるほどのけばけばしい色合いの花々が飾られている。

ソファには、派手めなコートに身を包んだ男性が座っており、その周りには派手でけばけばしい見た目の女性達を囲って楽しげに酒を煽っている。

酒と、香水と、花の甘くて重い香りが充満していた。

うーん。エルフにとてもきついぞ。この匂い。

エルフの鼻は人よりも強い。それでここまで鼻につくのであれば、獣人……特に犬種の獣人には地獄のような場所だろう。

と思っていた。


「おー、マルトハートじゃねぇか!」


昔からの友人を見つけた、といった感じでラウンジの向こうのロビーカウンターから手を振ってきたのは犬種の獣人男性。

見た目からウルフがアーキタイプとなっている獣人だろうか。

てか匂い平気なのかアンタ。

平然と酒飲んでるけど、なんだ酒に頭やられた類のやつか?


「あら、ジャスタ。貴方まだこんなとこで働いてたの?」

「そういうてめぇはまだシスターなんかやってんのか?いい加減帝都のシスターなんかやめて、俺の女になれよ。いい暮らしさせてやるぜ?」

「い・や・よ。アンタに飼われるくらいなら、聖教のトイレ掃除係にでもなったほうがマシ」

「おいおいつれないこと言うなよ。まぁ、そんな気のつえー女が俺の好みなんだけどなぁ」


完全に置いてけぼりである。

と言うかなんだこの創作にありそうな古臭いチャラいナンパ男は。

しかも何回かマルトハートのこと誘ってるっぽいし。

脈なしなのはどーみたってわかりやすいだろうに諦めの悪い男だな。

今は自分も女であるからなのか、ジャスタと呼ばれた男の行動には嫌悪感があった。

馴れ馴れしく名前を呼び、これまた馴れ馴れしく肩を触る。

まぁそれは男でも嫌ではあるか。


「悪いなジャスタとやら。マルトは俺の仲間の一人だ。勧誘なら他所でやってくれ」

「ガルド様……」


フェルガルドがいつの間にかマルトハートとジャスタの間に割って入っていた。

マルトハートを庇うように立ち、ジャスタを威嚇する様に睨みつけていた。

ウチの正義のヒーローは仲間を心底大事にする。

そのセンサーにジャスタの行動は引っかかってしまったのだろう。

やれやれ、と僕は頭を振って、フェルガルドの隣に並ぶ。


「悪いけどおにーさん。一応マルトは僕らの同行者でね。譲ってあげる気はないんだ。ごめんね?」

「へぇ仲間、ねぇ。随分丸くなったもんだなぁマルト」


丸く?


「………煩いわね」

「そこの可愛いお嬢ちゃん。しらねぇようだから教えておくがコイツはな−−」


お嬢ちゃんじゃねぇ。僕は男だ。

それに−−


「興味ないし、聞く気もない」


ジャスタが言葉を続ける前に遮るように答える。


「忠告はありがたいけど、ここにいるのは"僕らの知っているマルトハート"だ。どこにでもいる、本当は優しい若作りが激しめの、ね」

「アーヴィンちゃん………」


マルトハートが少し驚いたような目をしている。

まぁそうだろう。

僕だって僕自身に驚いている。

自然と彼女を守るような台詞が出てくるなんて思いもよらなかった。


「若作りは余計だけどね」

「黙っとけ若作りシスター」


そのやりとりを見て、ジャスタが面白くなさそうにしていた。


「嬢ちゃん。後悔しても遅いからな」

「大丈夫だよワンコロ。後悔は後に悔やむから後悔ってんだ。した時には大概遅い」

「随分と気のつえーお嬢ちゃんだ。あと10年したら俺の女にしてやるよ」


ジャスタが僕の肩に手を伸ばしたその瞬間だった−−

ゴォッ、と顔のすぐそばを豪風をまとった拳が通り過ぎ、次の瞬間にはジャスタがはるか向こうへ宙を舞っていた。


「俺の相棒に触るな」


フェルガルドの拳が綺麗にジャスタの顔面を捉えていた。

この天然人タラシ。そーいうことを平然とやるんじゃない。

まぁ嬉しかったけど……

いや、嬉しいってなんだ?


「こ、この野郎!やりやがったな!」


ジャスタが起き上がり激昂する。

腰に携えていた長刀を抜き放つと、切先をこちらに向けてきた。


「テメェらこの俺を誰だと思ってやがる−−ケムリアの番犬ジャスタ様だぞ!」


いや知らんし、番犬て……

要するに文字通り見た目通り政府の番犬というわけだ。

ともすれば、こんな番犬を飼っている政府にも碌な人間は居ないんだろうなと窺い知れる。

なんといっても飼い犬は飼い主に似るらしいからな。


「おやめなさい犬風情が」


どう対応しようか考えていると、ロビーのソファにいつの間にやら座っていた長身の女性がゆっくりと立ち上がり、こちらにやってきた。

手には身の丈以上はあるだろう大剣を背負い、細身であるが精巧な作りをした甲冑に身を包んだ"首なしの騎士"である。

女性であると判断できたのは、胸部装甲が豊満そうであることに伴う甲冑の湾曲具合だ。

あと声が凛としており、透き通るようなよく通る声色だったことも要素としては大きい。

……どことなく精霊や神に近い声質を含んだ不思議な感覚だった。


「テメェは……首なしリリィか」

「なんとでも呼べ、犬風情。先ほどから見ていたが、お前が政府公認の"汚れ屋"を名乗るのは泥を塗るような行為だ」


汚れ屋……?

首なしリリィと呼ばれたその騎士が続ける。


「汚れ屋、引け。ここで私とやり合うのは君にとっても利益はないだろう?君の行動指針は金と……」


リリィがこちらを見て、そして"首"を振った。


「やめておこう。あまり私事なことを言いふらすものじゃないな」

「ちっ−−わかった。わかったよ首なし。今日は引いてやる。でも次は……お前の化けの皮を引っぺがしてやるからな」

「やってみるがいい。そんなものはもとより無いのだから、不可能だろうがな」


言い捨て去っていくジャスタの背中を見送るとリリィはこちらに向き直った。


「自己紹介が遅くなったな。私はリリィ=マツブサ・アーキタイプエレメント。精霊と人間のハーフだ」


◇◇◇


精霊と人間のハーフは極めて珍しい。

ハーフエレメント、半精霊と呼ばれ、物珍しさからよく客寄せに利用されることが多い。

僕のようにダークエルフなども半精霊ほどではないけど、物珍しさから看板娘として働かないか、などお誘いはあるが、

そもそも僕は呪いでダークエルフになっているし、そもそも僕は女じゃない。

なるとしたら看板娘じゃなくて看板息子だろ。

いやそんなことはいいとして。

ハーフは基本的に肉体のいずれかが欠落していることが多いという。

それはハーフという存在は種の枠を超えた超常の力を発揮するその代償であるからだ、とどこかの偉い人が言っていた。

ともすれば、このリリィという半精霊は相当の力を秘めた存在なのだろう。

神にも近い声色なのはハーフであるが故、

首から上がないのも超常の証左とするならば納得はいく。

だとしたら−−呪いを受ける前の僕はどうだったんだろうか。


「アーヴィン。順番だ」


ぼんやりそんなことを考えていたら

いつのまにやら職業登録の受付まできていて、僕の順番が回ってきたらしい。

ぼんやりしすぎだろ……どうにもこの香りを嗅いでからかわからないけど、頭の回転が遅い気がする。

受付のお姉さんに促されて、ロビーカウンターに歩み寄ると、フェルガルドが僕の場所を空けてくれて、椅子を引いてくれた。

そんな一つ一つのどうってことない気遣いに顔が熱くなって耳も赤くなるのがわかる。

このどこでもホスト野郎め……


「えーっと……この用紙に名前とジョブと祝福を書けばいいんだよな?」


熱くなった頬と、赤くなった耳をフードを持ち上げてフェルガルドから隠すようにしながら紙に必要事項を記入していく。


「……アーヴィン。その姿勢書きにくくないか?」

「煩い。今はこの方が書きやすいんだ」


しょぼくれた顔をするなちょっと可愛いじゃないか。

……いや可愛いってなんだ。2m越えの大男だぞ。可愛い要素なんかどこにもないだろ。

あとマルトハートニヤニヤした顔でこっちみんな。あとで説教だからな。


「これでお願いします」

「それでは用紙はこちらでお預かりします」


用紙をお姉さんに手渡す。

お姉さんは軽く僕とフェルガルドが記入した用紙を一瞥すると、机の下から今度は水晶のようなものを取り出した。

−−魔水晶か。

手をかざすと、かざした本人の祝福の状態が確認できるもので、同時に手のひらの魔術回路を登録して本人確認にも使える優れものだ。

どうするか……このまま素直に手をかざしてもいいのだが、そうなるとこの国に僕の情報を完全に掌握されることになる。

呪い後はもとより"呪いをかけられる前"も割と特異な存在だっただけに、大事になるのはごめんだ。


「どうしました?」


僕が少し悩んでいると、受付のお姉さんが訝しげな顔で覗き込んでくる。


「や、初めて見たもので……」

「そうでしたか、これは魔水晶と言いまして−−」


魔水晶を知らないと思ったのだろう。

お姉さんが魔水晶について語り始めた。

さて、お姉さんが語っている間にいくつか対策を考えねば。

目下魔水晶の問題点は二つ。

一つ目は僕の祝福状態が判明すること。

呪いのこともあり、割と自身の祝福に関しては異常だと判っている。

原初の龍の家系にでさえ、祝福は3つが限界とされているのに対し、僕は"全属性の祝福"を持っている。

こんなところでそれが露見したら、たちまち政府に捕まって研究やら実験やらに付き合わされるだろう。


「ですから、この魔水晶は他国のものと比較して−−」


お姉さんの話はまだまだ続く。

フェルガルドは律儀に頷いて聞いているが、リリィとマルトハートは仲良さそうに談笑していた。

僕だけが必死に現状を打開すべく頭を捻らせている。

助けは−−なさそうだ。


二つ目はそもそもの話、僕にかけられた呪いによって魔水晶を壊さないかということだ。

もともと一般平均魔術師のはずの僕が、ダークエルフになったこと、闇の魔女によって呪いをかけられたことによって、馬鹿げた量の魔量を内包することになった。

その要因として、内在する闇の魔女のカケラ−−アルス=ナヴィが僕の中に眠っている。

ダークエルフとしても考えられないほどの魔量が僕の中には眠っている、ということだ。

ともすれば、いかに優れた魔水晶とはいえ、一般向けのこれらには僕の魔量に耐えられない可能性があるということ。

高いんだよなぁ魔水晶。

弁償しろって言われたら向こう100年はこの国でタダ働きしなきゃならない。

それは困る。

ダークエルフだから100年は生きられるけど、その間ずっとこの体なのは、嫌だ。

それに−−


ちらっとフェルガルドの横顔を見る。


−−フェルガルドと旅ができなくなるのは、もっと困る。


顔が少し熱くなるのを感じで頭を振る。

一体僕は今何を考えていた?

そんなことより、今は魔水晶を回避することを考えねば。


「−−というわけで、アーヴィンさん!遠慮なく魔水晶に手をかざしてくださいね!」


どうやらタイムリミットが来たようだった。

ゴクリ、と唾を飲む。

ゆっくりと震える手を魔水晶に伸ばす。

その瞬間だった。


−−ピシ


と何かにヒビが入る音がする。


「あ−−」


ヤバい。

魔量に耐えられなかった−−⁉︎


◇◇◇


少し時は遡り、アーヴィンが労働者登録証に記入している最中。

私ことマルトハートは首無しのリリィとその様子を見ながら、


「マルトハート。あの娘はなんだ?」


というとっても抽象的な質問を投げかけられていた。


「なんだ?って言われても、旅仲間というか、パーティリーダーというか、かわいー恋する女の子というか」

「そういう話をしているわけではない」


でしょうね。


「私はこれでも精霊の血を引いている。そのものの祝福や、内在する魔量がなんとなく見ることはできる。例え相手がエルフだとしても、だ。だというのに、彼女からは"何も見えない"」

「へぇ……」


それってアーヴィンちゃんが前に言っていた"呪いをかけられてダークエルフになっちゃった"って話、関係あるのかしら。

だとしたらその話も嘘じゃないってことになるけど。

正直にわかには信じられない。

見た目はただの美少女だし、確かに言葉遣いは乱暴で口が悪いけど、行動や仕草は完全に女性のそれだ。

誰が見ても十中八九女性と答えるだろう。

故に私はなかなかその話が信じられないのだ。


「−−まぁ彼女の話はいずれ詳しく本人から聞くとしよう。それよりも、だ。マルトハート」


私の方へリリィが向き直す。

先ほどまでのゆるい空気感は無くなって、少しピリッとし始めた。

無意識に私も居住いを正す。


「この薬を見たことあるか?」


そう言ってリリィが腰のポーチから取り出したのは一つの小瓶だった。

赤い血液にも似た色味を持ったそれは、小瓶の8割を満たしている。


「ないけど、これってもしかして」

「あぁ。西から流れて来た例の薬だ。ここ半年この近辺で流行しているとのことだ」

「へぇ〜」


リリィから小瓶を受け取って蓋を開ける。

香りを嗅ぐと甘ったる匂いが鼻をついた。


「うぇ……匂いだけで甘すぎて吐きそう……」

「あぁ人間には甘すぎる匂いかもな。私たちハーフや彼女のようなエルフからすると、そこまで大した匂いに感じないそうだがな」


そんなもんなのねぇ、と蓋を戻してリリィに返す。


「で?これ、媚薬なんでしょ?」

「媚薬……まぁ媚薬と言えばそうかもしれんな。これはほぼ人間専用の媚薬だ」


小瓶が机の上に置かれた。

怪しげに煌めく小瓶の輝きと、中の赤い赤い液体が蠱惑的に揺れている。


「マルトハート。魔術と感情の関係性を知っているか?」

「バカにしないでくれる?これでも聖教の学科で割と成績良かったのよ?」


感情は魔術に作用する。

感情の種別、その振れ幅、大きさで魔術は爆発的な威力を発する。

それは祝福を授ける神と、そのパスを繋ぐ精霊に大きく感情が作用するからだと言われている。

しかし、人間は精霊との関わりが薄く、その影響はエルフをはじめとした種族よりも弱い。

人は理論で魔術を体現し

人以外は感情で魔術を体現する

と言われる所以でもある。


「この魔法薬は、その人間でもより精霊と近しくなれるための薬で、その反作用として感情をはじめとした感覚などが増幅され、結果として媚薬のようなものになるといったことのようだ」


なるほどねぇ。

ようはより人間から遠ざかるための薬ってことね。


「んで?なんであなたはそんな激ヤバそーな薬を持ってるわけ?」

「これは押収品だ。君たち外部の人間の意見を聞きたくてな。あと、私から君個人に依頼がある−−」


依頼と聞いて、身を固める。

昔のように。

過去のように。

聞きたくない名前を。

聞きたくない呼び名を。

呼ばれても気が持てるように。


「国の暗部を解き明かす、嫌われ者−−初代汚れ屋マルトハート。貴女に」


嗚呼。

なんとも思い出しくない名前を出されたものだ。


前編終了


ーーー前編あとがきーーー


ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回もサクッと一話完結にするつもりだったのですが、思ったより長くなってしまったので、ここまでを前編とさせていただきました。

残りも、できるだけ早めに投稿できればと思いますので、

もしお時間がありましたら、また読みに来ていただけると嬉しいです。


PVや★、応援のひと言が本当に励みになっております。

今後ともよろしくお願いいたします。


青野ふーか

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