赤ずきんちゃん外伝
@mojinokuroyagi
第1話 異世界赤ずきん ―紅き魔装の少女―
森は、息を潜めていた。
夕暮れの陽が沈みかけ、影が長く伸びる。木々の隙間を吹き抜ける風は冷たく、どこか鉄の匂いを含んでいた。
「……来る」
赤いフードを深くかぶった少女――リディアは、籠を持つ手を握りしめる。籠の中身はお菓子でもワインでもない。精霊石を仕込んだ爆裂符、そして祖母に届けるはずの治癒薬。それはただの物語の小道具ではなかった。
ここは異世界〈ヴェルド・グランツ〉。彼女が気付いた時には、もう地球の童話の舞台ではなかった。村人に「赤ずきん」と呼ばれるのは、彼女が常に纏う紅の外套のせいだ。
ガサリ――
枝が折れる音。リディアの瞳が鋭く光る。
次の瞬間、闇の中から銀色の毛並みが飛び出した。
「グルルァァァァ!」
巨大な狼。常人の三倍はある巨躯。黒き瘴気を纏うその存在は、村で噂される〈魔狼フェンリル〉に他ならなかった。
「祖母を……あんたなんかに喰わせはしない!」
リディアは杖を構える。赤い外套が翻り、魔法陣が空中に浮かび上がる。
詠唱は短い。
「――《フレア・バレット》!」
紅い火球が矢のように放たれ、狼の顔面に炸裂した。爆炎が辺りを照らすが、フェンリルは怯まない。焦げた毛皮を揺らし、怒りの咆哮を響かせた。
「甘い、小娘ェェ!」
狼が喋った。
その声は人語を模した濁声。魔物の王に相応しい知恵を感じさせた。
「貴様の祖母も、村も……我が糧となる!」
爪が振り下ろされ、リディアは転がって躱す。土煙と共に地面が抉れ、木々がなぎ倒される。
彼女は息を荒げながら立ち上がる。
――恐怖が喉を焼く。けれど、逃げられない。
脳裏に、病に伏せる祖母の笑顔が浮かぶ。
あの人を守るためなら、私は赤ずきんでも魔法使いでも何にでもなる。
「――舐めるなぁっ!」
籠から札を取り出し、狼の足元へ投げつける。
符が光り、轟音が森を震わせた。爆裂符だ。フェンリルの片足を吹き飛ばすには至らないが、動きを鈍らせるには十分だった。
その隙に詠唱。
「焔の精霊よ、我が血を媒介に顕現せよ――《クリムゾン・ランス》!」
掌から放たれた炎の槍が狼の胴を貫く。焼け爛れる臭いが広がり、フェンリルの咆哮が夜空に響いた。
「ガアアアアアアッ!」
怒り狂った魔狼が突進してくる。
リディアは全力で魔力を注ぎ込み、盾の魔法陣を展開する。
「《ルビー・シールド》!」
紅の障壁が狼の牙を受け止めた。火花が散り、障壁に亀裂が走る。押し込まれる。膝が折れそうになる。
「まだ……負けない!」
リディアは叫びと共に、自らの血を杖の宝玉に滴らせた。命を削る禁呪――
「――《スカーレット・ノヴァ》!」
赤外套が燃え上がる。彼女自身が炎と化し、狼を包み込んだ。轟々と燃え盛る大爆炎の中、二つの影が揺れる。
「ぐ、ぬぅぅ……小娘ごときが……!」
フェンリルが断末魔を上げる。
だがリディアもまた立ってはいられなかった。視界が暗転し、足が崩れる。
炎が収まった時、そこには黒焦げた狼の巨体が横たわっていた。
勝った……のだ。
リディアは荒い息を吐き、震える手で籠を抱き寄せる。
祖母の元へ、必ず届けなければ。
「ふふ……私、ただの赤ずきんじゃ……ないんだから……」
そう呟いた瞬間、意識は闇へと落ちていった。
森に再び、静寂が戻る。
だが少女の物語は、まだ始まったばかりだった。
彼女がこの異世界で〈紅き魔装の狩人〉と呼ばれる日が来るのは、そう遠い未来ではない――。
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