第6話 害虫駆除
その日、俺とカレンさんは、換金のために探索者協会(ギルド)を訪れていた。
ロビーに入った瞬間。
ウゥゥゥゥゥゥゥッ!!
耳をつんざくようなサイレンが鳴り響いた。
赤い回転灯が激しく点滅し、場内が騒然となる。
『緊急事態発生! 緊急事態発生!』
アナウンスが響く。
『新宿御苑ダンジョンより、魔物の大量発生(スタンピード)を確認! 現在、第一層から地上へ向けて進行中! 付近の探索者は直ちに防衛に当たってください!』
「スタンピードだと!?」
「マジかよ! 逃げろ!」
「いや、ここで食い止めないと街がヤバいぞ!」
探索者たちがパニックに陥り、怒号が飛び交う。
ロビーの大型モニターには、現地の映像が映し出されていた。
そこには、空を埋め尽くすほどの黒い影。
巨大な蜂、蟻、蜘蛛……。
インセクト系のモンスターが、雪崩のように押し寄せていた。
「うわぁ……」
俺は思わず顔をしかめた。
虫だ。
大量の虫だ。
庭師にとって、これほど不快な光景はない。
「ひどいな、これ。完全に害虫が湧いてるじゃないか」
俺が呟くと、隣にいたカレンさんが真剣な表情で頷いた。
「はい、師匠。これは……世界の『穢れ』が溢れ出している状態ですね」
「まあ、そんなとこだな。消毒しないと」
俺はリュックから、ある道具を取り出した。
ホームセンターで買ってきた、『蓄圧式噴霧器(四リットル用)』だ。
中には、ただの水道水が入っている。
「カレンさん、予定変更だ。今日は草むしりじゃなくて、害虫駆除に行くぞ」
「御意! この『神槍(高枝切りバサミ)』にて、不浄なる者どもを浄化いたします!」
カレンさんが高枝切りバサミを構え、気合を入れる。
俺たちは逆走する人の波をかき分け、ダンジョンの入り口へと向かった。
入り口付近は、地獄絵図と化していた。
防衛線を張る探索者たちに、無数のキラービーやソルジャーアントが襲い掛かる。
「くそっ、数が多すぎる!」
「魔法が追いつかない!」
「誰か! 回復を頼む!」
悲鳴と絶叫が響き渡る。
そこへ、俺たちは到着した。
「すいません、ちょっと通りますよー。駆除業者が来ましたー」
俺は軽い調子で声をかけながら、最前線へと出る。
「は? 駆除業者?」
「なんだあのジャージの二人組!?」
探索者たちが呆気にとられる中、カレンさんが飛び出した。
「ハァッ!!」
気合一閃。
高枝切りバサミが唸りを上げる。
チョキンッ!
空を飛んでいたキラービーの羽が、根元から切断されて墜落した。
さらに、カレンさんは止まらない。
長い柄を活かし、槍のように突き出し、ハサミのように切り裂く。
次々と撃墜される蜂たち。
「す、すげぇ……!」
「なんだあの武器!? 槍か!?」
「いや、高枝切りバサミだぞ!?」
周囲がざわつく中、俺も作業を開始した。
「はい、消毒消毒〜」
俺は噴霧器のノズルを向け、レバーを握った。
プシュー。
霧状の水が散布される。
ただの水だ。
殺虫剤ですらない。
だが。
ジュワァアアアアッ!!
霧を浴びた蟻たちが、まるで聖水を浴びたアンデッドのように、煙を上げて消滅していくではないか。
「え?」
俺自身が一番驚いた。
なんで?
水だぞ?
……あ、そうか。
俺の『剪定』スキルは、「不要なものを排除する」力だ。
俺がこの水を「害虫を駆除する薬剤」として認識して撒いたから、その概念が付与されたのか?
便利すぎるだろ、このスキル。
「おらおら、消毒だー」
俺は調子に乗って、あちこちに水を撒き散らした。
プシュー、ジュワァ。
プシュー、ジュワァ。
面白いように虫たちが消えていく。
「な、なんだあれ……」
「水? 聖水か?」
「いや、あの容器……園芸用のやつだよな?」
「園芸用の聖水……?」
探索者たちが混乱しているが、気にしない。
その時。
ブォォォォォンッ!!
重低音が響き、巨大な影が現れた。
体長五メートルはあるだろうか。
黄金色に輝く、巨大な蜂。
ボスモンスター、『クイーンビー』だ。
「キシャァアアアアッ!!」
クイーンビーが毒針を向けてくる。
あれに刺されたら、即死だろう。
「師匠! あれが親玉です!」
カレンさんが叫ぶ。
「ああ、でかいな。巣の主か」
俺は噴霧器を置き、腰の剪定バサミに手をかけた。
射程距離は……まあ、視界に入ってるから届くだろう。
俺はクイーンビーを見据える。
その羽と、毒針。
それが、俺には「剪定すべき徒長枝」に見えた。
「邪魔な部分は、切らせてもらうよ」
パチン。
俺は虚空に向かってハサミを閉じた。
瞬間。
ブチィッ!!
空間が歪み、クイーンビーの四枚の羽と、尻尾の毒針が同時に切断された。
「キッ!?」
支えを失った巨体が、地面に落下する。
ズドォォォォンッ!!
「今だ、カレンさん!」
「はいっ!!」
カレンさんが高く跳躍する。
高枝切りバサミを頭上に構え、落下に勢いを乗せて突き下ろす。
「『神槍』流奥義――『落葉(らくよう)』!!」
ズブォッ!!
刃がクイーンビーの眉間に突き刺さる。
チョキンッ!
そして、トドメの切断。
クイーンビーは断末魔を上げることもなく、光の粒子となって消滅した。
後には、静寂だけが残った。
「ふぅ……これで庭も綺麗になったな」
俺は汗を拭い、噴霧器を回収する。
カレンさんも、満足げに高枝切りバサミを掲げている。
周囲の探索者たちは、ポカンと口を開けて俺たちを見ていた。
やがて。
「う、うおおおおおおおおおお!!」
歓声が爆発した。
「すげぇ! スタンピードを二人で止めやがった!」
「あの庭師、何者なんだ!?」
「剣聖様もすげぇ! 高枝切りバサミ最強!!」
俺たちは英雄のような扱いを受けながら、もみくちゃにされた。
……いや、俺はただ、害虫駆除をしただけなんだけどな。
こうして、俺の『最強庭師』としての名は、不動のものとなっていくのだった。
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