第18話 妨害作戦
魔王城の玉座の間。
赤黒く灯るシャンデリアが、ボクの毛並みを血の色に染める。玉座に座るノクティスを見上げ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
アルバが死んだのは、ボクの責任だ。あの時、ボクが慎重に行こうなんて言わなければ……
怒ってる。もしかしたら責任を取らされるのかもしれない。
でも、それでノクティスの気が済むなら……そう思えるくらい、ボクの覚悟は決まっていた。
なのに……
目の前のノクティスは、触れたら崩れ落ちてしまいそうなほど柔らかい笑みを浮かべていた。
(……どうして。)
思わず目を背ける。
見られない、ノクティスのあんな顔、見ていられない。どうしたらいいのかわからない。
でも、チラチラ見てしまう。……ボクは猫だから。
気づけば、ボクは少しずつ距離を詰めていた。ふわっとしたしっぽが、しゅんと下がる。
そうしているうちに、ノクティスの足元に辿り着いてしまった。そっと体をくっつけて、小さな声で一言。
「にゃ……ん……?」
どうしよう。これで合ってるのかわからない。猫なりの、謝罪のつもりだ。
ノクティスの顔を見上げると。瞳の奥に淡い光が宿った。
大きな手がボクを抱き上げる。いつもとは違って、胸に押し付けるようにきつく抱きしめられる。
「ふニャぁっ……」
思わず苦しさに声が漏れた。
「すまない。苦しかったな。」
すぐに、いつもの膝に乗せるような抱き方に戻された。
「アルバは……強かった。誰よりも奔放で、誰よりも優しかった。そなたが慎重を促した程度で死ぬような女ではなかった。」
ノクティスの声に、アルバとの日々が脳裏に浮かぶ。触れ方は雑だったけど、誰よりも素直で明るかった。
「ボク、アルバのこと好きだった。トイレも水場も、一生懸命用意してくれた。テネブリスも。……ドゥンケルは乱暴だし、クロウも壁を感じてなかなか仲良くなれないけど。」
ノクティスの口元に、少しだけ笑みが戻る。
「ドゥンケルも、本来はあんな感じではなかったが……」
撫でる手が少しぎこちない。
迷いがあるような、何か言いかけて飲み込んだような、そんな仕草だった。
「本来ならば、今頃は魔族と人間が手を取りあって暮らしていたはずだった。共存の道が進まぬまま……人間側の下した判断がこれとはな。」
ボクは撫でられながら、黙って聞いていた。
もし、人間側の代表が優陽だったら、きっとボクの隣でノクティスの話を聞いて、笑い合えたはずなのに。そしてボクだって、そんな存在になれたらいいのに。
……そうだ、ボクの判断がアルバを死なせた。
だからボクが動かなくちゃいけない。そのことをノクティスに伝えたいと思ってたんだ。
――でも。
ボクはただの猫。戦えもしないし、この世界のことも詳しく知らない。それでも、もう誰も失いたくない。……だから。
「ノクティス、提案があるんだ。」
――
石造りの会議室。大きな机に地図を広げられ、ボクはその上に乗っている。部屋にいるのはノクティスとテネブリス。
ここまで用意してもらって申し訳ないけど。
そもそも猫のボクに地図は読めなかった。大きな紙に描かれた線や色は、ただの不思議な模様にしか見えなかった。
「今、ボクたちがいるのは……」
ノクティスが地図を指差す。
魔王城グラーヴェ。山の上にあり、暗い森が城を囲んでいる。
その下に流れるのがクーラント川。人間の住んでいる街を分断するように流れている。
東側には、かつてアルバと共に訪れたヴィヴァーチェの森がある。クーラント川は途中から二股にわかれ、森の近くを流れている。
人が沢山死ぬのは困る。でも、勇者の侵攻を少しでも妨害したい。
優陽と暮らしていた時、テレビという箱でニュースを見せてもらった。川の水が溢れ、人々が避難している映像を。……あれなら、勇者の侵攻をコントロール出来るかもしれない。
テネブリスが水場を作った時、地下の水脈を操っていた。その力があれば川の流れも変えられるはず。
「勇者は祠が壊されている事を知らずに、レクイエム洞窟に行ったんだと思う。ということは次も祠がある場所に行くんじゃないかな。」
「……ほう、ヴィヴァーチェの森から近い祠といえば……」
レナートの塔。クロウが護る祠のある場所だ。
「川の位置を変えて、レナートの塔に行けないようにする。勇者の動きを制限して、海沿いに行かせるニャ。」
海の方角には、テネブリスの護る祠があるオスティナート海岸がある。水源はそこから引っ張ってくれば良い。
(勇者なんて、そのまま海に呑まれて死んでしまえばいい。)
そう思った瞬間、ブリーダーの顔がよぎる。 逃げるために噛んだ時の、あの悲鳴。あんなに酷いことをされたのに、それでも胸がちくりと痛んだ。
もし勇者が、本当に海に呑まれて命を落としたら。ボクはあの時と比べ物にならない後悔をしてしまうかもしれない。
仇を討ちたい。でも、誰かを殺してまでやりたいことなのか。ボクは顔を伏せた。
ノクティスは黙ってすべてを聞いていた。ボクの話が終わるのを待って、ようやく玉座から立ち上がる。
「星閃ステラ。そなたの策は……ふむ。悪くない。」
褒められた!
思わず耳がぴんっと立つ。
「だが、これは時間を稼ぐにすぎぬ策。しかし、その時間が何かを変える一手になる可能性もある。」
ノクティスは、少しだけ考える素振りを見せた。
「無用な人間の死を避けつつ、勇者の侵攻を遅らせる。魔族も人間も、可能な限り傷つけぬようにという意図。……私にはなかった発想だ。さすがだな。星閃ステラ。」
ノクティスの方を見ると、彼は微かに微笑んでいた。
(良かった……)
「テネブリスは海にいれば安全だと思う。祠は壊れているし、わざわざ護りに行く必要はニャい。」
正直、テネブリスが危険な目にあって欲しくない。
「テネブリス。地形を変えたらすぐに戻ってきて。勇者に近づかないで欲しいニャ。」
テネブリスをじっと見つめる。ギョロギョロとした大きな目がこちらを向き、そっと触手で撫でられた。嬉しそうにクプクプと音を立てている。ボクは甘えるように体を擦り付けた。
ノクティスが厳かに言う。
「テネブリス。ステラの策に従い、川の地形を変えよ。……だが、絶対に勇者とは接触するな。我が名において命ずる。」
テネブリスは嬉しそうに、触手を高く掲げた。
(お願い。この作戦がうまくいってほしい。)
アルバを失ってから、心にぽっかりと穴が開いたままだった。また誰かがいなくなるなんて、もう嫌だ。でも、何も出来ないボクでいるのは、もっと嫌だ。
ボクはただの猫。
フワフワでモフモフなだけの猫。強くなんかないし、戦えもしない。
でも……ボクを大切にしてくれる皆の力になりたい。
窓から外を見つめる。遠くに流れるクーラント川。夜の川は黒く、吸い込まれそうだった。川の流れが変われば、未来もきっと変わる。
……そう信じたかった。胸のざわつきだけは消えないけれど。
それでもボクは、静かに祈った。
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