第12話 最初の村
アンダンテ村の木製の門をくぐった瞬間、思わず息をついた。
ゲームで何度も見た最初の村のはずなのに、目の前に広がるのは現実としか思えない世界だった。
畑で土を耕しているおじいさんが、空を見上げてつぶやく。
「今日も世界は良い調べを奏でているのう。」
(セリフもゲームと同じだ……)
僕はやはりゲームの世界に迷い込んだらしい。空気も音も匂いも、どれもリアルすぎる。
広場に出ると、中央にセーブポイントの祭壇が見えた。現実離れした形をしているが、ゲームではよく見た光景だ。
(あの時は、何も疑問に思ってなかったけど。)
恐る恐る手をかざすと、僕とルシエルの体が緑の光に包まれる。
マジかよ。本当にセーブできた。
すると、子どもたちが駆け寄ってくる。
「勇者様だ! かっこいい!」
「僕も大きくなったら、勇者様みたいに強くなるんだ!」
正直僕は子どもの扱いに慣れていない。囲まれて戸惑っていると、おばあさんが出てきた。
「こらこら、勇者様を困らせたらいけないよ。」
「ふふ、人気者だね、優陽。」
隣でルシエルが楽しそうに笑う。僕は気まずそうに微笑み返した。
(懐かしい。けど、やっぱり不気味だ。)
王都ルミエールからここまで歩いた疲労感が体にのしかかる。足は痛く、体は重い。
隣にいるルシエルを見ると、ケロッとしていた。
(どうして疲れてないんだよ……)
何気なく手をかざすとピピピ……と電子音が鳴り光る四角い板が出てくる。四角い板には、文字と数字が書かれていた。
……なんだこれ。
優陽
職業:勇者
レベル1
HP:5/20
攻撃2、防御1、魔力1、素早さ2
うわ……低すぎる。これ、村の子どもたちに負けるんじゃないか?初期装備の剣の重さにすら、腕が悲鳴を上げそうな数値だ。
HPバーを見ると赤く点滅している。歩き疲れただけでHPが減るって、どんな仕様なんだ。隣にいるルシエルのステータスも確認してみる。
ルシエル
職業:魔法使い
レベル5
HP:50/50
攻撃20、防御18、魔力26、素早さ15
記憶にあるゲームでは、勇者とルシエルは同じくらいのステータスだったはずだ。しかも、歩いた疲労はHPに反映されていない。
こんなに差があるのは……
僕がプレイヤーではなく、ただの優陽だからか。
背筋がぞわっと冷える。
この先このステータスでやっていけるのか。
「優陽、どうする?武器を揃えに行く?それとも道具に行く?」
ルシエルの様子を見ると、ステータスは僕にしか見えていないようだ。何も知らない顔で笑っている。
このまま武器屋や道具屋に行ったら、さすがに倒れてしまう。
体力的に無理だ。ゴクリと唾を飲み込む。
「ルシエル、提案がある。宿屋に行かないか?」
ルシエルは目を丸くして首を傾げた。
だよな、驚くよな、勇者がこんな体力ないなんて想像できないだろう。
ルシエルは、口元に手を当てて答える。
「……なるほど。疲労を回復してから、万全の状態で挑むということか。それはいい戦略だ。」
僕は、ほっと胸を撫で下ろした。
――
宿屋に入り、受付のおばあさんに料金を払う。
今は初期からの所持金があるけど、そのうち魔物を倒したり宝箱を漁ってお金を稼ぐしかない。
先が思いやられる。
宿の部屋は質素な作りで、ベッドが二つある。
(……よかった、一つじゃなくて。)
僕がベッドに腰を下ろすと、ルシエルがため息をついた。
「ふぅ、さすがに王都ルミナリアから歩いたのは疲れたよね。」
「全然疲れてるように見えないけど。」
「ふふ、そうかい?」
ルシエルが帽子を外す。中からさらりと銀の髪がこぼれ落ち、隠れていたポニーテールが揺れた。ゲームの時は帽子を外さなかったので知らなかったが、絹のように細く見惚れるほど綺麗な髪だった。
(……いやいや、ルシエルは男だ。落ち着け、僕……!)
全力で心の中で自分にツッコミを入れて、雑念を振り払った。
こうして会話していると、普通の人間だ。ゲームのキャラクターとは思えない。
しばらく会話をして、横になるといつの間にか眠ってしまっていた。相当疲れていたのだろう。布団に吸い込まれるように……落ちていった。
――
鳥のさえずりで目を覚ます。ぼんやり目を開けると、外はもう明るかった。
(今、何時だ!?)
起き上がると、昨日までの鉛のような体の重さが嘘のように消えていた。まるで全身が生まれ変わったような感覚だ。
「……これが全回復か。」
現実のブラック企業で働いていた頃の僕に、この一晩を届けたいと切実に思った。
「……あれ、ルシエルは?」
辺りを見回すが、ルシエルの姿がない。受付のおばあさんに聞くと、道具屋に向かったらしい。
案内は断って、記憶を頼りに向かった。
――
道具屋に着く。
記憶の通りの場所にあり、木で造られた家で薬草のマークの看板がある。
扉を開けるとルシエルの姿が見えた。
「ルシエル!」
「優陽! おはよう。君があまりにも気持ちよさそうに眠っていたから。その寝顔を見ていたら、起こせなかったよ。」
「ね、寝顔……見てたのか」
「ふふ、大丈夫。変な寝言は言ってなかったから。疲れは取れたかい?」
「おかげで全回復だよ。ありがとう、ルシエル。」
心なしか照れ笑いされて、僕もつられて笑った。ルシエルが手にしていたのは、魔力の小瓶。序盤で手に入るMP回復薬だ。
ゲームの時は、序盤のアイテムは不要な物は買わない主義だった。
でも今は生身の僕がここにいる。アイテム一つの有無が生死を分ける可能性がある。
この店で売ってる物は……
《命の小瓶》
HPを少し回復する。
《魔力の小瓶》
MPを少し回復する。
《解毒剤、目覚めの粉、痺れ止め粉》
よくある状態異常回復の道具だ。
《木の棒、ビッグラットの毛、ニンファの羽》
こんなもの何に使うんだ。
命の小瓶を手に取ると、嫌な想像をしてしまう。
(この世界で。死んだらどうなるんだ?)
ゲームだと、直近でセーブしたポイントに戻る。昨日広場でセーブした記憶を思い出す。
本当にあのセーブポイントに戻るのか。
小瓶の固さ、冷たさ、質感、どう考えても現実世界だ。
手が震える。
命の小瓶は沢山あった方がいい。状態異常回復の道具も2つずつ。
あとは何に使うのか全く分からないけど、とりあえず少しだけ買っておこう。何かの役に立つかもしれない。
所持金を確認しながら支払いを済ませた。
買った道具を袋に詰める。長い木の棒も何故か小さな袋に収まった。ご都合主義というかなんというか。便利すぎない!? この袋。
「随分いっぱい買ったね。」
「……この先を考えると、な。」
「ふふ、この先のことがわかるのかい?」
「まぁ……何となく、ね。」
「何となくでも凄いよ。私も安心して着いていける。」
ルシエルの言葉に、少しだけ救われる気がした。
扉に手をかける。
――――この先のことがわかる。
そう、この後は……
ガチャリ。扉が開く。
「キャー!」
悲鳴が聞こえ、村の入り口から女性が駆けてくる。
そうだ、チュートリアル戦闘が始まるんだった。
「魔物が村に入ってきたの!」
「魔物!?」
目の前に飛び出してきたのは、ゲームでよく見た最弱の魔物のコヨーテ。
「勇者様! 助けてください!」
女性の叫びに、思わず剣を構える。
「コヨーテか。草原でよく見る魔物だね。さぁ、君の力を見せてくれ、優陽。」
「えっ!?」
コヨーテ。このゲームでは最弱の魔物。目の当たりにすると正直、魔物と言えるのかわからない。ただの動物じゃないか。
(この状況……やるしかない。)
剣を握る。何とか息を整え、震える体を抑え込む。
唸り声をあげるコヨーテの、濡れた鼻先と鋭い牙。
……ステラと一緒に過ごしていた時のことを思い出す。
目の前にいるのは、命のやりとりをする魔物のはずなのに、僕の目にはどうしても、普通の動物に見えてしまっていた。
ゲームではボタン一つで剣を振るっていたが……果たして、普通の動物に見える相手に剣を振るえるのか。剣が鉄の棒のように冷たく、ひどく重く感じる。
「危ないっ!」
後ろからルシエルの声が聞こえて気づく。
コヨーテが襲いかかってきた。
――どうする、僕!
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