二章 護る者

第6話 ︎︎猫派か犬派か

 (……待って、なんでボクが、この二人を指導しているのニャ?)


 ボクは勢いよく机を叩く。

 

「もっと体を大きく見せて!声を大きく!!」

 

「触れたら駄目ニャ!!」

 

 ……どうしてこうなったのだろう。

 その10分前。

 きっかけは猫派と犬派という、くだらない理由だった。

 

 

「ほんっとうに有り得ない! 猫だなんて、気まぐれで何を考えているかわからない生き物!聖閃ステラが猫の姿をしているなんて、信じられない!」

 

 ノワールの足元に風が舞い、長い黒髪がふわりと揺れる。甘ったるいバニラの香りと血の香りが、部屋中にばら撒かれる。

 

「その辺の猫、違う。ふわふわ、手触りいい。それに大きい。……美味しそう。」


(やっぱりそこ!?)

 

 アルバは、ボクを高く掲げて楽しそうに笑う。

 やめてくれ。高いところは好きだけど、こういうのは好きじゃない。

 そして、大きいのはラグドールだからだ。食べごろで大きくなっているわけじゃないんだ。

 

「大きさ? 毛並み? 関係ないでしょ? 猫は猫! どうせにゃーって鳴くんでしょ?」

 

 にゃー……

 確かに、ボクはワンとは鳴かないな。

 

「ノクティス様が……聖閃ステラと言えども、気まぐれで従順さのかけらもない獣を愛でているのが、気に食わないのよ! 」

 

 従順?猫の教科書にそんなもの、あるわけがない。

 

「あたしはね、あたしの言うことを聞く従順な犬が、好きなの!! 」


 腕を振るうと、何本もの血の刃が部屋の空気を切り裂きながら飛んでくる。

 

 まずい、当たる……!

 喉を鳴らしアルバの腕の中で縮こまる。その瞬間、アルバの尻尾が飛んできた血の刃を弾き返す。

 跳ね返った血の刃が、家具や壁を破壊する。

 鼓膜が破れそうなほどの音だ。全身の毛が全て逆立つ。ボクは思わず耳を後ろに伏せた。

 

 ……ちょっと待て。

 

 HP10、攻撃力1、防御力1。

 当たったら死ぬじゃん。

 全身の毛がぞわりと逆立つ。

 

「暴れる、久しぶり。嬉しい。」

 

 アルバはボクを抱えたまま、天井に届きそうなほど高く飛び上がる。心臓が飛び上がるようなスピードに、目を開けていられない。

 そして、そのままノワールに向かって落ちていく。

 

 ドゴォォォォォォォォォン!!

 

 アルバの地面に足がつくと、床がひび割れる。割れた床が埃と共に飛び散っていく。

 

 いやいや無理! 破片が当たっただけで死ぬ!HP10、防御力1がどんなもんの強さか知らないけど、普通に死ぬ!

 考えろ、乗り切ったらまぐろチューブが貰えると思って考えろ!

 

 可愛さ測定不能。

 

 これだ、これしかない。

 そして今のボクは聖閃ステラだ。ただの猫じゃない。

 ……ただの猫だけど。

 

 猫にとっての喧嘩とは?

 そう、ボク含めて猫は、喧嘩は避けたいもの。怪我をしたくない。怪我をすれば命の危険にも繋がる。だからなるべく喧嘩しない。

 

 もし、喧嘩になりそうなら……いきなり攻撃しないで、まずは睨み合いだ。毛を逆立てて体を大きく見せて威嚇する。

 そう、ここで終わればそれでいい。

 ちなみにボクは喧嘩が嫌いだ。

 

「止まるんだ!!!!! 」

 

 思い切り叫ぶと、ノワールとアルバの動きが止まる。

 よし、それでいい。

 

「いきなり攻撃するのはダメ二ャ。喧嘩するならいい案がある!」

 

 心臓がバクバクいっている。しっぽがソワソワする。ノワールは睨んでくるし、アルバは……楽しそうだな。


「一体どういうことよ!?」

 

「いきなり血を流すなんて野蛮だニャ。ボクの世界には、もっと高貴な決闘法がある!」

 

「おぉ! 高貴な決闘……!」

 

「はぁ!?」

 

 ノワールの眉が釣り上がる。

 

「お互いに一歩も引かないで、声と迫力だけで相手の精神を打ち負かす……それがボクの世界では、最も高貴な決闘法だ! その名も威嚇だニャ!」


「何それ……精神破壊魔法?」

 

 毛を逆立て威嚇のポーズを取る。

 

「相手には触れない。こうやって、体を大きく見せて……」

 

「ウゥー!!! 」

 

 唸り声をあげる。

 実はボク、猫同士の喧嘩も苦手だけどね。上手くできてるのかわからない。

 

「これでいい。相手も自分も傷つかない。相手に触れたら負け二ャ。」

 

 ノワールはぴょんぴょん跳ねている。

 

「面白い、ノワールやろう!」

 

「はぁー!? なんであたしが猫の言うこと聞かないといけないわけ!?」

 

 やっぱりダメか。

 

「聖閃ステラ、命令。ノクティス様、命令、背くのと同じ。よくない。」

 

 アルバはノワールに近づいていく。

 

「やろう、絶対、面白い。」

 

 アルバが、ぶんぶんと尻尾を振りまわす。尻尾が床に当たる度、地面が割れて瓦礫が飛んでくる。

 

 いやいや無理! 飛んできた小石が頬をかすめ、髭の先端が無くなる。


(だ、大事な髭が……!!)


 ボクは勇気を出して一歩踏み出す。

 

「尻尾は動かさないで! 体を大きく見せるん二ャ!!」

 

 アルバはなるほどと頷いて、腕を大きく振り上げ、尻尾を天井に掲げる。ノワールの顔が引き攣る。

 

「ウウウウウウウゥゥゥォォォォオオオオ!! 」

 

 凄い唸り声だ。まるで地響きだ。地面が振動する。あぁ、こんな猫がいたら全国大会優勝だろうな。勝てる気がしない。

 

「アンタがその気なら、やってやろうじゃないの!」

 

 本当に?

 

 ノワールを中心に風が渦巻く。血の匂いが部屋中に広がる。ボクはもう一度勢いよく机を叩く。

 

「もっと体を大きく! 声を出すニャ!! 」

 

 

「ウウウウウウウゥゥゥォォォォオオオオ!!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!」

 

 地響きのような唸り声と、風を切るような高い声。

 ……この空間、命懸けすぎない?

 

 ノワールが一歩前に踏み出す。

 

「手を出さないで、どうやって勝負つけるのよ!」

 

「手を出したら負けニャ!! 」

 

 猫の世界でも、どちらも引かない時は本当の喧嘩になってしまう。それは避けたい。正直、どちらも勝ちでいいよ。

 

 その瞬間――

 

 バンッ!!

 

 勢いよくドアが開く。

 冷たい風が部屋に入ってくる。


(この、重圧感……!)

 

「ノクティス様! 」


 アルバとノワールも動きを止める。

 空気が一瞬で凍った。息を吸えないほどの重苦しい空間が、部屋中を支配する。

 

「星閃ステラ。ここにいたのか……そして二人とも、何をしている。」

 

 その声を聞いて、アルバもノワールも固まった。ボクも動けなかった。二人の威嚇のポーズに見下ろして呆れた顔をしている。

 

「高貴な決闘してる、楽しい、ノクティス様やる?」

 

「……高貴な……決闘?」

 

 ノクティスは、何を言われたのか理解できないようにキョトンとした顔をした。

 ノワールは恥ずかしさで顔が真っ赤にして、アルバは楽しそうに笑っている。

 

「お前たちは普段なら殺し合いになりかねない喧嘩をするから、私が止めていたのだが。」

 

 ノクティスが、ボクの方をチラリと見る。

 

「だが、今日は誰も傷ついていない。血を流さぬ決闘を選ばせたか。……やはり、聖閃ステラは世界の理を超越している。感謝する。」

 

 ノクティスはそう言うと、両手でボクを抱き上げた。すると急に雰囲気が変わる。


「アルバ、ノワール。至急、他の幹部を召集し、星閃ステラと共に会議室へ。……先に集え。私もすぐに向かう。」


 他の幹部って……?こんな危険な奴らがまだいるの?しっぽがソワソワする。

 これ以上、嫌なことは起きないで欲しい。

 そう願って目を瞑った。

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