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 東北、M県――東京から新幹線で一時間ほどのその県の中心的な駅から、さらに電車やバスを乗り継ぎさらにはあまり舗装されていない道を歩いて合計二時間ほど。


 東京の事務所から四時間ほどの旅を終えると、既に時刻は三時を回っていた。

 そうして到着したのは、木々が広い感覚で並ぶ林の奥にひっそりとたたずむ一軒家。平屋で、それなりに築年数がたっているようだが、掃除が行き届いているのかさびれた感じはしない。

 情報によると、ここに『究極生命体』を作ったという研究者が住んでいるという話だったが――


「なんというか、普通の一軒家だな。この間行った森の近くの研究所とは正反対だ」


 家を眺めて、銀磁は思わずつぶやく。

 とりたての仕事で訪れる研究施設は大概工場などに扮しており、もちろん機能的には優秀なのだが、施設としての隠蔽能力は低くわりとわかりにくい場所に建てられていることが多い。

 それと比べてこの一軒家。本当にぱっと見ただの一軒家にしか見えず、研究所とは思えなかった。

 というか、一体どこに研究施設が隠されているのか――と、そんな銀磁の疑問を見抜いた様子でアニムスが口を開く。


「個人で研究しているらしいでありますです。そのため、研究施設は基本的に地下に小さいものがあるだけだとか。小さいといっても、地下二階はありますですが」


「なるほど、表の一軒家は飾りってことか」


「そうでありますですね。地下施設は地上部分の十倍以上の規模と聞いているでありますです」


 アニムスの説明を聞きながら、一軒家に近づいていく。

 今回の取り立ては相手も了承していることなので、これと言って乱暴な手段をとる必要はない。銀磁は普通に正面玄関の前まで行くと、インターホンを押した。


「出てくるかね、普通に」


「研究者……佐志一文博士というでありますですが、温厚な性格だという話でありますですから。問題ないでありますです、きっと」


 これまでの経験からつい、相手が暴力的な反応を起こす可能性も考慮に入れる銀磁だったが、それはすぐにアニムスによって否定される。


「ならいいんだけどな……っと?」


 がちゃり、と音を立てて、家の扉の鍵が開けられる音がした。

 少しだけ開いた扉の間から顔を覗かせたのは、女の子。

 中学生くらいだろうか。あどけなさを残した顔つきに、黒髪のショートカット。ロングスカートに白いカッターシャツを着ている。

 それを見た瞬間、銀磁の『かっこうつけスイッチ』が入った。


「はじめまして、お嬢さん。このウチの子かな?」


 帽子をとって胸に当て、銀磁は爽やかな笑み(当社比)を浮かべると、腰を低くして目線を合わせて女の子に話しかけた。

 そんな銀磁に対して、女の子の反応は芳しくなかった。警戒しているのだろうが、無表情にじーっと銀磁のことを見つめてくる。

 それに、早くも銀磁のかっこうつけは崩れつつあった。気まずい空気に、思わず帽子をかぶり直す。


「オレは判前銀磁っていうんだけど、ご家族の方はいる? 少しお話があってきたんだけど」


 返答はなし。銀磁が顔に浮かべた笑顔をややひきつらせ始めていると、アニムスが呆れた様子で声をかけてきた。


「なにをやっているでありますです、ご主人様」


「いや、何って、家の人に応対を」


「人じゃないでありますです、この女の子は」


「なに? どういうことだよ」


 驚き首をかしげる銀磁を横に退けて、アニムスは女の子に向かってはっきりと言う。


「こちらは財団Aの『取り立て屋』でありますです。今回、財団Aが研究に出資していた佐志博士が究極生命体を完成させたと言うことで、回収にやってきたでありますです。契約に従い、速やかな引き渡しを要求するものでありますです」


 アニムスの言葉に、女の子はすぐに反応を示した。

 扉を開けると、姿勢を正し、銀磁とアニムスに対して深々と頭を下げた。


「お待ちしておりました、財団Aの皆さま。自分はエヌと申します」


 突然ハキハキとしたしゃべり口で応対し始めた少女に、銀磁は面喰う。立ち上がると、エヌと名乗った少女に問う。


「えーっと……エヌちゃん? は……人間じゃないのか?」


「はい。エヌは人間ではありません。そして、申し訳ありません。話口から財団の方と判断がつかず、対応に困ってしまいました」


「仕事中にも関わらず下心出すからでありますですよ、ご主人様」


「いや下心は出してねぇよ! ただちょっと相手の年齢に合わせた格好をつけようと思っただけでだな」


「ふーん」


「せめていつもの語尾つけて!? ホントに無関心なやつヤメロぉっ」


 いつも通りのツッコミの応酬を行っている間も、エヌは無感情な表情で銀磁たちを眺めていた。

 それに気づいた銀磁は、はっとした様子で一つ咳ばらいをすると、改めてエヌへと問いかける。


「なら、エヌ。キミは一体何なんだ?」


 銀磁の問いに、少女は自分の存在を示すように小さく頷いてから答えた。


「エヌは――佐志博士に作られた、人工生命体です」

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