第13話 ブタの天敵登場!?人の心は十人十色

 朝、昇降口にはすでに生徒が行き交っていた。優が上履きに替えていると結夏が声をかけてきた。


「昨日は大変だったわね。あれから先生たちも集まってちょっとした騒ぎになったみたい」

「えぇ。そうだったんだ・・・。どうしよう先生に呼び出されたら」


 できるだけ、目立つ行動は避けたい。上履きに捩じ込んだつま先をトントンとならしながら、優は最善を模索した。


「それは多分大丈夫。あの後、鈴之塚先輩が先生たちを説得してくれたみたいなの」

「えっ鈴之塚先輩が!?」

「だからちゃんとお礼言っときなさいよ」

「鈴之塚先輩・・・。わざわざそんなこと。ほんと、本当に完璧すぎないか」


 騒ぎを大きくしないように、わざわざ残り、教師に働きかけてくれていた――。優の胸がまた熱を帯びていく。


「優があまりにも、鈴之塚先輩にお熱だから私も気になって調べてみたの。あの鈴之塚響先輩はまさに完璧ね。外見だけじゃなくて頭脳明晰。二年の中じゃ成績も常にトップ。おまけに演劇部では去年個人の部で最優秀賞を受賞。入学当初から、あまりの人気ぶりにすぐファンクラブが設立されたらしいわ。その名もSKF48!」

「え、SKF48・・・?」

「鈴之塚響ファンクラブ。通称SKF48。鈴之塚を崇拝するファンクラブで48の規律があることから、そう名付けられたそうよ」

「規律?なんだよそれ。というかファンクラブまであるの?」

「なによもぉ~そんなことも知らなかったの?」


 結夏は腰に手をあて、知り得た情報を優に得意げに話した。


「ウワサでは、この学園の女子ほとんどがそのSKF48に入会しているみたい。そこで月に何度か鈴之塚先輩とお茶会が設けられているんだけど、そのお茶会に参加できるのはファンクラブでも上層部のごく限られた上級生のみらしいの」

「へぇ~この短時間よくで調べたな。結夏」

「情報収集と分析は得意なの。ってそこじゃなくて!とにかく鈴之塚先輩は優が思っている以上にすっごーーく遠い存在ってことよ!お近づきになるのだって難しいわよ」

「そ、そんなに遠いなんて・・・。いや、わかってはいたけど想像以上だ。まずは認知してもらうことからだな」

「鈴之塚先輩は優のこと知らないの?昨日一緒に歩いてたじゃない」

「昨日は、その成り行きかな。まだ肝心の伝えたいことが伝えられてない――」

「優・・・」


 廊下を歩いていると、一年生の掲示板には部活勧誘のポスターがたくさん貼られていた。校門付近では呼び込みもで始まっていた。二年の校舎を愛おしそうに見つめる優。視界に結夏の姿がパッと映り込んだ。


「昨日から気になってたんだけど、優ってそっちなの?」

「ん?そっちって?」

「え、いや・・・。だから、その・・・その格好といい、鈴之塚先輩へと熱意といい。優は男の人が好きなのかなって」

「うん?鈴之塚先輩は憧れだけど?」


 結夏を見ると、珍しく歯切れ悪い言い方だった。スカートの前で指先を絡め、優と目を合わそうとしない。それがなにを意味するのか、ようやく気がついた優。思わず目を見開いた。


「ちっち違うよ!!ぼ・・・アタシはただ鈴之塚先輩に憧れたの!好きとかそういうのとは、また別の次元だよ!!そ、それに鈴之塚先輩は男だ!」

「でも男の人を好きになることだってあるでしょ?今じゃそういうのだってよくある話だし」

「違う!ボクは女が好きだ!!」

「そう?それなら別に心配ないけど」

「心配?」

「っ!?こ、こっちの話よ」


 瞬きを数回繰り返すと、結夏は口元をほころばせた。優はそんな結夏を前に首をかしげながら、階段をまた一段上った。


「それに、アタシ鈴之塚先輩には自分の正体を言うつもりだから――」

「えっ?どうして?」

「自分が変われたこと、本当に感謝してるんだ。鈴之塚先輩がいなかったら、きっとあの頃のままだった。」

「でも鈴之塚先輩、優の正体知ったらドンびくかもよ」

「そんなことないよ。なんていうのかな。鈴之塚先輩のことすごく知ってるわけじゃないけど、なんとなくわかるんだ。そういうこと否定する人じゃないって」


 窓から入り込んだ陽の光が、廊下の踊り場を照らしていた。それが反射し優の頭上も照らしている。


「男とか女とか、綺麗とか汚いとか。外見ってすごく大事だと思うけど、あの人はそういうことに左右されない強さを持ってるから。だから、惹かれたんだと思う。強烈に・・・」

「でも憧れてるなら鈴之塚先輩みたいになりたいとかは思わなかったの?王子様系男子を目指すとかは?」

「それは分野が違うからさ。とにかく、まずはお近づきにならないとな!そのためにも認知されることだ。今日の昼休みにお礼がてら教室に行って見ようかな~どう思う?結夏」

「それだけなの?」

「それだけって?」

「認知だけなんて目標が低すぎ。もっと他に追い抜いてやるとかは?女になって騙してやるとか!」


 結夏は口をとがらせながら、眼鏡を上げた。

 二人の横を生徒が通り過ぎていく。優の顔を見ながら『めっちゃ可愛かった!』と小声で言い合っている。


「そうだな~。一緒に勉強したり、遊んだりしたとかしたいなぁ。学校帰りにどこか寄ったりさ」

「そんなの男同士でだってできるじゃない!」

「可愛い方が絵になるでしょ。鈴之塚先輩の彼女に相応しい容姿が今のアタシなの。あっそうそう!写真撮りたいんだった!」

「はい?全く理解に苦しむわ。・・・けど優の中の鈴之塚先輩って揺るがないのね。恐れ入ったわ」


 優は教室の前で足を止めた。中からは昨日より緊張がほぐれた生徒たちの声が聞こえてくる。


「でも鈴之塚先輩がいくら素晴らしい人でも、とりまきには気を付けなさいよ。特にファンクラブの人たちは色々と煩いみたいだし」

「うん。ありがとう」


 優は教室に入る前に、緩く巻いた髪を整えた。すると後ろから結夏が優のブレザーを引っ張った。

廊下には、生徒たちが友達作りのためにあちこちでぎこちない会話をしている。


「どうした?結夏」

「困ったことあったら言いなさいよね。わ、私で良かったら力になるから・・・」


 照れているのか、結夏の頬が赤くなっているように思えた優。その姿に優は幼稚園の発表会を思い出した――。隣にいた結夏は緊張で泣きそうになり、優の制服をずっと掴んでいた。

 その遠い日の思い出。優がもう一度、結夏にありがとうと告げると、はにかむような笑みを向け結夏は教室へ向かった。

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