[カクヨムコン11]白の令嬢が拾った戦後の亡霊 ――奴隷市場で令嬢が拾った兵器は、白の屋敷でメイドとして歩き出す。最凶メイドが放つ乾いた銃声が、戦後の街を覆う闇を裂く。
第6話 静白に落ちる影(しろにおちるかげ)
第6話 静白に落ちる影(しろにおちるかげ)
夕の光が白い屋敷の壁を淡く染めていた。
昼間の眩しさはすでに引き、庭に長い影が伸びている。
カレンはクラリスの呼び出しを受け、読書室へ向かった。
白い廊下は静かで、足音が整った間隔で響く。
扉をノックすると、クラリスの声が返る。
「入ってよろしくてよ」
カレンは無音で扉を開け、中に入った。
小さな読書室。
白い棚と机、中央にはランプ。
その淡い光の中で、クラリスは一冊の記録書を開いていた。
「来ましたわね、カレン」
「はい」
いつもの短く淡々とした声。
クラリスは手元の本をそっと閉じ、微笑んだ。
「今夜は、あなたに伝えておくべきことがありますの」
椅子に座るよう促され、カレンは静かに従った。
座った瞬間、カレンの視線がほとんど気づかれないほどわずかに動く。
書棚の配置。
窓の位置。
扉までの距離。
家具の並び。
旧連合の訓練所で叩き込まれた“環境把握”が、無意識に動作していた。
命令ではなく、必要でもない――
それでも、身体が自然に確認してしまう。
クラリスが軽く息をついたとき、読書室の空気が変わり、カレンの背筋がわずかに強張った。
クラリスはランプの揺らぎを見つめながら話し始めた。
「貴族議会の黒系派……ここ最近、動きが活発になっていますの。大戦後の利権を巡り、白系派――わたくしたちアストレア家と対立しておりまして」
声は淡々としているのに、わずかに緊張を帯びていた。
「戦争が終わっても、争いは形を変えて続きますわ。あちらは“白”を排除しようとしているのです。アストレア家そのものを」
クラリスの指先が本の背表紙を押さえ、静かに続ける。
「黒系派は議会の席を増やすために、他家を押しのけようとしています。最近では“白寄り”の家の周囲で、不審者が現れたという報告もあるほどですわ」
ランプの光が揺れ、クラリスの横顔に薄い影が落ちる。
「アストレア家の周りにも……見慣れぬ者が増えているようです。わたくしたちの動きを探っているのでしょうね」
静かな声なのに、その意味は重い。
カレンは短く答える。
「……脅威がある」
「ええ」
クラリスは静かにうなずいた。
「だからあなたに護衛を頼んだのです。あなたはわたくしにとって、ただの元DOLLではありませんもの」
カレンは理解できないまま返す。
「……護衛の任務は承知しています」
その言葉に、クラリスは安心したように微笑んだ。
「ええ。そうでしたわね」
二日後の昼。
白い庭には穏やかな陽光が差し、テラス席には茶器が並んでいた。
クラリスは紅茶を口にしていた。
カレンはそのすぐ後ろに控え、静止している。
風が花々を揺らし、クラリスの金色の髪を淡くなびかせた。
そこへ、ワークスの若い技師が庭へ駆け込んだ。
息を整えながら深く頭を下げる。
「お嬢様! 修理していた M-77 の作業が、先ほど完了いたしました!」
クラリスはゆっくりカップを置いた。
「もう出来たのですね。思ったより早かったですわ」
「はい。技師長バルトを中心に、総出で対応いたしました。砲身の補強、内部洗浄、機構再調整……できる限りの工程を施しております」
クラリスは軽く頷く。
「ご苦労さま。では――取りに伺いますわ」
「はい、お待ちしております!」
技師は再び頭を下げ、足早に庭を去った。
クラリスは立ち上がり、カレンの方へ向き直る。
「行きますわよ、カレン。あなたの装備が戻りましたわ」
「承知しました」
二人は石畳を歩き、ワークスへ向かう。
カレンの歩調は乱れず、視線も動かない。
ただ、任務のために必要な装備が戻る――
その事実だけを認識して、静かにクラリスの後に続いた。
クラリスが扉を押し開けると、内部の技師たちが一斉に動きを止めた。
カレンの姿を見たときの緊張は、まだ解けていない。
だが、クラリスはまっすぐ奥へ進む。
カレンは一定の距離を保って続いた。
最奥の作業台で、技師長バルトが待っていた。
いつもの大柄な体をやや前に傾け、布に包まれた長いケースを抱えている。
「お嬢様。修理が完了いたしました」
クラリスは軽く頷き、微笑む。
「ご苦労さま。見せていただけますか?」
バルトは布をめくり、ケースの蓋をゆっくり開けた。
内部には、黒く沈んだ金属が静かに収まっていた。
ブレイカーⅡ型(M-77)。
砲身は補強され、旧式の部品は丁寧に磨かれ、全体が安定した質量を取り戻していた。
バルトは説明を続ける。
「砲身の割れは内部から補強を入れました。作動機構は全分解して洗浄済みです。反動制御も可能な範囲で最適化しています」
クラリスは銃を手に取り、細部を確認した。
「きれいに仕上がっていますわね。ありがとうございます、バルト」
バルトは丁寧に頭を下げ、低い声で答える。
「お嬢様の信頼に応えるのが、自分の仕事ですから」
クラリスはカレンを振り返った。
「カレン。受け取りなさい」
カレンは一歩前に進み、銃を両手で丁寧に受け取った。
その重量を腕へ乗せると、ゆっくりと――ほんの数センチだけ――持ち上げた。
静かに下ろす。
もう一度、同じ高さまで持ち上げる。
動きはわずかだが、確かに“感触”を確かめている。
手首の角度、重量の偏り、重心の位置。
訓練で叩き込まれた“確認の手順”を、そのまま正確に繰り返していた。
クラリスが静かに見守る中、カレンは短く言った。
「……問題ありません」
その動きを見たバルトは、息を止めたように固まった。
「……さまになってるじゃねぇか……」
低く押し出すような声。
驚きというより、職人としての本能に近い反応だった。
「さすがは、DOLLでも最凶と言われたファントム・ワンだな……」
思わず漏らしたその声を、バルト自身が驚いて飲み込む。
カレンは反応せず、ただ銃を両手に保持したまま静止していた。
クラリスはケースを閉じ、バルトに伝える。
「本当に助かりました。引き続き、お願いすることもあるでしょう」
「お任せください」
二人が工房を出ようとしたとき、バルトが声を潜めて言った。
「……お嬢様。お伝えすべきことが、ひとつ」
クラリスは振り返る。
「なにかしら?」
「ここ数日、工房の周りに見慣れない連中がうろついています。黒系の議会筋……だと思います。お気をつけください」
クラリスの瞳が微かに細くなった。
「……承知しました。警告、感謝いたします」
工房を出ると、風が白い庭へ流れ込んだ。
カレンはケースを抱えたまま、クラリスの横に立つ。
「戻りますわよ、カレン」
「はい」
二人は白い屋敷へ向かって歩き出した。
背後に、工房の重い扉が静かに閉まる音が続いた。
工房を出ると、白い庭を渡る風がふたりの間を抜けた。
クラリスは歩き出そうとしたが――
カレンが突然、一歩だけ前に出た。
動きに迷いはない。
クラリスを庇う位置をはっきりと取っている。
「……どうしましたの、カレン?」
クラリスの静かな問いに、カレンは僅かに顔だけを動かし、周囲へ視線を送った。
「……気配が……」
声は淡々としているのに、その立ち位置は明らかに“護衛”のそれだった。
庭の外れ。
白い塀の影。
整った植え込みの奥。
目には映らない。
音もしない。
だが、風の流れのわずかな乱れだけが、確かに“誰かの存在”を示していた。
カレンはクラリスの前を歩きながら、周囲を警戒するように視線を巡らせる。
「……脅威未確認。警戒継続」
「そう……。では急ぎ屋敷に戻りましょう。カレン、気を付けてください」
クラリスは声を荒げず、淡々と応じた。
カレンは短く答える。
「了解」
ふたりは並ばず、カレンが“盾”となる位置のまま白い道を戻った。
背中に刺さるような視線は、屋敷へ近づくほど“薄れる”のではなく、むしろ“深く刻まれる”ように感じられた。
扉の前でクラリスが立ち止まる。
カレンは最後まで周囲を確認し、視線を庭へ向けたまま告げた。
扉が閉まる直前、カレンは白い庭を一度だけ振り返った。
そこには誰もいない。
風も、鳥の影も、音すらなかった。
けれど――
“見られていた”という感覚だけが、深く沈んで消えなかった。
扉が静かに閉まり、外界の気配がひとまず隔たれる。
カレンが階段を上がっていくのを見送りながら、クラリスは誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
「……白の家に、黒い影が落ち始めましたわね」
視線は扉越しの庭――
なにも映らないはずの闇の方向へ向けられている。
「急がなければなりませんわ。何かが……確実に迫っています」
その声は、夜の白い廊下へ静かに沈んでいった。
(つづく)
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