第三二話 暦の苦悩

 ☆正午二五分 パレス・ベース 司令室


「ゼージス、まだですか!?」


 叫ぶ俺に、サワさんは渋い顔で返す。


「あと五分!! でもそれじゃ…!!」


 紫電が迸り、白熱した蒸気が街に吹き荒ぶ。サンダスタルの結晶の巨体が、降川高校の校舎の眼前に迫っていた。校庭には、迫りくる絶望に立ち尽くす人々の姿。


「避難指示、避難指示はどうなった!? オレ達は、昨日の夜には京都市全域に避難指示を出した筈だぞ!!」

「みんなもう限界なんだ。これ以上逃げられん!!」


 木野先生と姫谷さんが言葉を交わし、表情を歪める中、ただ一人司令は戦い続けていた。


〈避難所警備部隊、応答せよ!! これより避難所は放棄する、出来るだけ多くの避難民を連れて郊外へ撤退せよ!! いいか、絶対に攻撃するな!!〉

〈戦闘機部隊、引き続き威嚇射撃を続けろ!! ただし、自らの命が最優先だ!!〉


 俺達の奮闘虚しく、サンダスタルの歩みは止まらない。蒸気や紫電と共に、結晶の巨体は校庭へと足を踏み入れた。


「もう駄目です、間に合いません!!」


 オペレーター達が悲鳴をあげ、澄子さんが顔を覆う。絶望と恐怖の中、重厚な四足が…


 …止まった。


「え?」

 

 まるでエンジンでも切られたかのように歩みを止めたサンダスタルに、誰もが困惑した。突如として訪れた静寂。そんな中、巨大な瞳が地上を睨み付ける。


 突然、雷鳴の如き怒号。まるで『敵』でも見つけたかのように、重厚な四足が大地を踏み割った。短く太い尾を振り回し、黒い結晶と紫電を撒き散らしながらサンダスタルは走り出した。それも、校舎の逆の方向へと…


「何、何が起こったの…!?」


 激しい混乱の中、サワさんの言葉に長としての役割を思い出したのだろう。立ち尽くしていた司令が正気に戻り、通信機に吠えた。

 

〈二〇六番部隊応答せよ!! 何が起こった、見たところ、我々の誘導では無さそうだぞ!!〉


 通信機が怒鳴り返す。


〈分かりません!! 戦っていたらいきなり…〉


 突然、パイロットの言葉が詰まった。


〈いや、ちょっと待ってください…!! あっ、人です、誰かが車で誘導してます!! 多分、民間人かと…!!〉

〈多分ではならん!! 写真か映像を送ってくれないか!?〉


 モニター一面にライブカメラの映像が映し出される。瞬間、司令室全体が息を呑み、暦があっと声を上げた。

 

 まるで挑発する様に拡声器を掲げて逃げるオープンカー。降り注ぐ紫電を間一髪、カーブで躱し瓦礫や破片の雨霰を浴びながらも走り続けていた。


「あの人達、わたし知ってる…!!」


 その言葉に全ての視線が暦に一瞬集中し、そしてモニターに戻る。俺、そしてサワさんは思わず手で口を塞いだ。


「あの夫婦だわ!! 運転してる奴は知らないけど、隣の男の子は会った事ある!!」


 あまりに突然の出来事に、誰もがしばらく言葉を失った。俺達は、ただ呆然とオープンカーの四人組を眺めていた…


++++++++++++


 分からなかった。わたしは、どうすれば良いか分からなかった。


(どうして、どうしてなの…!!)


 あの人達は、決して『正しい』存在ではない。わたしは、あの人達から漏れ出す『正しくない』感情を確かに見た。


(でも、何であの人達は…!?)


 …でも、わたしはあの人達が『正しい』事をしたのも知っている。


 怪我をしたわたしを、助けてくれた星野。


 そんな星野を心配していた先輩。


 頼まれてもないのに、みんなを助けようとした望さんと桜さん。


 彼等は今、必死に正しい事をしようとしている。それも、どう考えたって死んでしまうような事を。


「あの馬鹿、早く連れ戻さないと…!!」

「素人が何してるんだ…!!」

「何で避難命令に従わないんですか…!!」


 オペレーター達のざわめきがわたしの心を更に揺さぶる。混乱の嵐が激しく暴れ周り、認識を拒んでいた。分からない、本当に分からない。


(正しいって何なの…!? 正しくないって何なの…!?)


 体が震え、涙さえ出そうな中、苦悩が脳裏を塗り潰す。その違和感と混乱に、わたしは頭を抱えて苦しんだ。追い詰められていく。もう、何も見えなかった。


 


 あの人達は、どっちなの!?



「サワさん!!」


 突然、竜が叫んだ。


「ゼージスを、早くゼージスを用意して!!」


 


 

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