第36話 落ち込むところあったっけ?
ミラちゃんの案内に従って、私たちは川の跡をたどって『死の森』へと入った。冬の間は雪の影響も考えてあまり入らないようにしてたから久々な感じがするね。
息を吸い込むと湿った土の匂いが鼻につく。まだ溶けきってない雪が残ってるからそのせいかな、足を取られないように気をつけないと。
「えいっ。……こ、これで歩きやすくなりましたか……?」
「うん、ありがたいですけどそこまで気を遣わなくても大丈夫ですからね」
何もいってないのに私の進行方向にあるぬかるみを軒並み乾燥させてくれたミラちゃん。なんか妙にやる気に満ちあふれてるように見えるのは気のせいかな? あとさらっとやったけどその範囲に無詠唱で【
「そ、そうですか……」
私の一言に、ミラちゃんは何故かすごくシュンとしてしまった。あれ、そんなに落ち込むところあったっけ……? な、なんかローザの視線が痛いし……。
「その、気持ちはありがたいんですよ。でもミラちゃん大変じゃないかなって思っただけで」
「わ、私なら全然大丈夫なのでっ」
「お、おぉうっ?」
ずいっと顔を寄せてやる気を見せてくるミラちゃんにちょっとびっくりしちゃった。……まぁ、ここまでやる気なんだったらお任せした方がいいのかな?
「わかりました。ミラちゃんがしんどくない範囲でお願いしますね」
「は、はいっ!」
私がそういって微笑むと、ミラちゃんはパァッと花が咲いたみたいに明るくなって【
「人間って難儀ねぇ。ほら、アリシアもこうやって飛べばいいのよ。そしたら足場なんて関係ないわ」
一方シルフィア様は足下の悪さなんてどこ吹く風って感じでふわふわ浮かんでる。それ自体はまぁいつものことなんだけど、ことこういうときにはうらやましい能力だなぁ。
「それを常時維持できるのはシルフィア様くらいなものですからね? 誰もがその水準にあるわけじゃないんですよ?」
「……」
「その何か言いたげな目線は何なんですかローザ?」
まぁ私だってやってやれないことはないけど、さすがにシルフィア様みたいに四六時中ずっととかは厳しいかな。それに今はミラちゃんやローザと足並みをそろえないといけないしね。
なんてことを話しながら歩いていると、遠くから向かってくる魔物の気配を感じて私は足を止める。
「……またですか。ミラちゃん、左前方からフォレストボア二頭とフォレストディア五頭の群れが来てます」
「ふぇっ!? わ、わかりました、倒します! 災厄の化身を形作りし水流よ、我に仇成す者を喰らい尽くせ――【
ミラちゃんが放った上級魔法が迫ってくる群れと真正面からぶつかり、跡形もなく消し飛ばす。うんうんいい感じ。詠唱もスムーズだし魔力の無駄も抑えられてるし、これなら近いうちに短縮詠唱を教えてもよさそうかな。
……それはそうと。
「なんだかこのあたり、魔物が多いですね……?」
私はずっと感じていた違和感を口にする。
今回は探索がメインだから私の魔力もそれなりに魔物に感知させてるんだけど、その割には襲ってくる魔物が多いんだよね。前までだったら寄ってこなかったはずなんだけどなんでだろう……?
「……そうですね。魔物自体の力量が上がったわけでもなさそうですが」
それはローザも思ってたみたいで、今し方ミラちゃんが作ったクレーターを見ながらかすかに眉をひそめてる。
「うーん……この先に、何か理由があるんでしょうか……? ごめんなさい、そんなに危ないとは思ってなくて……」
調査の言い出しっぺだからか、ミラちゃんは不安げだ。無理もない……と言いたいところだけど、多分ミラちゃんの腕前ならもう大抵のことには対処できると思うな。
「大丈夫ですよ。私もいますし、いざとなったらシルフィア様がなんとかしてくれますから。ね、シルフィア様?」
私はあえて冗談めかして笑ってみせる。こういうときって多分、理屈であーだこーだいうより明るい雰囲気を作った方が安心できるからね。そういう意味ではノリが軽いだけじゃなくて確かな力を持つシルフィア様がいてくれるのは助かったかも。
なんて思いつつ、シルフィア様の方を振り向くと。
「――――」
思いがけず険しい表情のシルフィア様が目に入って、私は思わず息をのんだ。
さっきの私の言葉は耳に入っていないのか、何の反応も見せずに立ち止まっているシルフィア様。その視線はただ一点を――川から離れた、森の奥を静かに見つめている。
「……シルフィア様? どうかし――」
「呼んでる……」
「……へ? ちょっ、シルフィア様!?」
いうが早いか、シルフィア様は私たちにかまうことなく森の奥の方へと飛んで行ってしまった。私たちは慌てて後を追う。
先述の通り、今の森の中はすごく足場が悪い。川縁でさえそうだったのに森の中に入ればなおさらで、加えて木の根が突き出していたりして走りづらいことこの上ない。
「はぁっ、はぁっ。な、何なんでしょうか、急にっ」
走りながらミラちゃんが尋ねてくる。運動はあまり得意じゃないのか、もう息が上がり気味だ。
「わかりませんっ。けど、あんな表情のシルフィア様が、気まぐれで動いたりはしないはずですっ」
答えながら、せめて少しでも走りやすいようにと目の前を水と土の複合魔法で均していく。多少はマシになったけど、それでもシルフィア様の背中はどんどん遠くへ行ってしまう。
ローザもいることだし、ミラちゃんを任せて私だけでも先に――なんて考え始めたところで、ようやく視界の彼方に消えそうになっていたシルフィア様が止まるのが見えた。ほっと胸をなで下ろしながら足を緩める。
シルフィア様が立ち止まっていたのは、小さな石碑の前だった。遠目には何が書いてあるかわからないそれの前で両膝をつき、何かをのぞき込んでる。
私はミラちゃんたちが追いついてくるのを待って、シルフィア様の背中に声をかけた。
「……シルフィア様? 急にどうしたんですか?」
シルフィア様はびくりと肩を震わせると、おずおずと私たちの方を振り向いた。
そして。
「……この子が呼んでたの。アリシア、なんとかならない……?」
両手のひらで包み込むようにしていた、弱々しい下位精霊の輝きをこちらに向けて、すがるように問いかけてきた。
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