第31話 存分に楽しみましょう
燃えるように赤い夕陽が、集落を鮮やかに染めながら西の空に沈むころ。
鍋の番をしていた女性――確か、名前はリディアさんだったかな? が集落の広場にしつらえられたテーブルに自分の分の器とともについたところで、トマスさんがパンパンと両手を打ち鳴らす。
「うっし、飯は全員にいきわたったな」
雑談していた領民の皆さんの注目が集まったのを見て、トマスさんはその強面を緩めて宣言する。
「それじゃあ、長年俺たちを苦しめてくれた霧が晴れたことと、それを成し遂げられた大精霊シルフィア様のご帰還を祝した宴を始めるぞ」
普段通りの低温にほんのりと喜色を滲ませるトマスさんを傍目に、私はあの後のことを少しだけ思い返す。
トマスさんが言った通り、シルフィア様が起こした奇跡ののちにもろもろの経緯を説明したところ、急遽霧が晴れた記念とシルフィア様の歓迎も兼ねたパーティーを開くことになった。
シルフィア様を紹介した時は正直信じてもらえるかなって不安もあったりしたんだけど、領民の皆さんはびっくりするくらいすんなりとシルフィア様が大精霊様だって受け入れてくれたんだよね。てっきりミラちゃんみたいに恐縮しまくるんじゃないかとばかり思ってたから驚いちゃった。
ちなみにそのことをローザに言ってみたら、
『日ごろから奇跡を乱発される規格外の人物がおりますゆえに耐性ができてきたのでしょう』
と、ものすごーく何かの意志を込めた目で見られた。
『奇跡……なるほど、確かに水回りの問題を解決し続けてるミラちゃんがいますもんね。おかげで受け入れられやすくなったのなら良かったです。後でお礼を言っておかないと』
『……まぁそれでも良いでしょう』
今思えばなんか含みのある言い方だった気がするけど何だったんだろう? ミラちゃんの水魔法は間違いなくこの地にとっての奇跡だし、恐縮しきるのはミラちゃんの習性みたいなものだからミラちゃんだけ特別恐縮するっていうのもわかる話だし、特に間違ってないと思うんだけどなぁ……?
ともあれ大精霊シルフィア様は領民の皆さんにあっさりと受け入れられて、そうなると戻ってきてくれたんだからお祝いしないとってなって今に至るわけだ。
『別にあたしが気まぐれにここに来たってだけなんだからね。でもどうしても祝いたいって言うなら祝われてあげなくもないわ』
なんて強がって(?)いたシルフィア様が子持ち世帯のご両親を中心に生暖かい目で見られていたことに気づかないのは、多分ご本人だけなんだろうなぁ。
とかなんとか回想していると。
「――それじゃあ開会の発声はアリシア様にお願いしよう」
「……はい? 私?」
急に振られたから変な声が出ちゃった。
というか私なの? こういう時の挨拶ってお父様とか大貴族の方みたいな偉い人がやるものだよね?
「おいおい、この場の挨拶にこれ以上相応しい奴なんていねぇだろ、『領主様』」
……うん、そうだね。私一応領主様だもんね。なんか王宮で蔑まれた日々のせいか自分を偉い人間だなんてこれっぽっちも思えないから無意識に除外してたや。
仕方ない、なら何か一言……と言っても当然私にとってこんなのは初めての経験だしどうしよう。準備なんてまるでしてなかったし急に心臓がどきどきしてきた。えーっと、お父様はこういう時なんて言ってたっけ……?
「何も気負うことはございません」
不意に耳元で囁かれる。声の主はローザだった。
「いつも通り、思ってらっしゃることをお伝えください。それで充分皆の心に届きます」
……そっか。確かに形式ばった言葉とか下手な装飾まみれの語りなんてしてもしょうがないよね。何せここは極々小さな辺境の地、探り合いも何も必要ないんだもん。
肩の力が抜けた私は少しだけ大きく息を吸い込んで、口を開く。
「まずは皆さん、お集まりいただきありがとうございます。既に皆さんもご存知の通り、大精霊シルフィア様のお力でこの地は本来の輝きの一つを取り戻しました。鮮やかな空を皆さんとともに仰ぐことができることを、私も心から嬉しく思います」
視界の端でシルフィア様がこれ以上ないくらい得意げな顔をしているのが見えてちょっと吹き出しそうになる。本当に、人間よりも人間らしいというかなんというか。
「天からの恵みを得られるようになったことで、きっと来期の作物は例年以上に育つことでしょう。この地で耐え忍んできた皆さんの努力が報われる時がようやく訪れたと、私はそう信じています」
領民の皆さんの目には確かな光が灯っている。初めて領地を視察した時のあきらめの色とは比べるべくもない。理不尽の象徴だった謎の霧が消えたという事実がどれだけ大きかったのか、それがよくわかる。
そんな様子を見て、私は少しだけ迷っていたこともハッキリと告げることにする。
「もちろん、まだまだ問題はたくさんあります。土地の魔力枯渇、領民の少なさ、他の都市との交流の断絶……これらは一朝一夕には解決できる類のものではありません」
そう、確かに霧は晴れたものの、それはこの地が抱える欠陥の一つがなくなったに過ぎない。生活を安定させるために、また領地を発展させていくために、解決しないといけない問題はいくらでもある。
でも、今の領民の皆さんとなら、そういった問題にも協力し合って立ち向かえると思う。だから隠したりなんかしない。
「それでも、今日私たちが踏み出した一歩は非常に大きいものです。これを機に、『白霧の領』はさらなる発展を進められると確信しています。そんな機会を与えてくださったシルフィア様への感謝と歓迎の気持ちを込めて、今宵は存分に楽しみましょう」
そう締めくくって頭を下げると、いつかの集会所の時みたいにパチパチと拍手が鳴った。心があたたかくて、目頭がちょっぴり熱くなった。
そうしてパーティーが始まって、私は自分の分の食事に目を落とす。
木製のお椀に注がれているのはこの地で取れたお野菜がたっぷり入ったシチュー。私が狩ってきたフォレストボアのお肉もゴロゴロ入っていて食べ応えもあり、何より体をポカポカ温めてくれる。一口啜れば濃厚なお肉の脂とそれに負けないお野菜の甘味うまみが口の中に広がって、匙が止まらなくなっちゃいそう。
「ほんっとうに美味しいわね! おかわりもらえるかしら!?」
止まらなかったんだねシルフィア様。でもお鍋の番をしてくれてるリディアさんも嬉しそうだからいいのかな?
それから、お皿に盛られているのはフォレストディアのロースト。焚火の上で豪快に焼いた逸品で、表面はパリッと香ばしく中はしっとり柔らかい。赤身のうまみがぎゅっと詰まっててシンプルながらに絶品だ。焼きたてのパンともよく合うね。
「これはうめぇな。酒が欲しくなるぜ」
トマスさんがそう言いながら大きめの一口を咀嚼してる。そっか、『白霧の領』は貧しすぎて嗜好品なんて買えなかったわけで、お酒も随分飲まれてないのかも。でも今年は麦だってたくさんとれたし、ビールを作るのもいいかもしれないね。
そういえば私は成人を迎えてすぐに『白霧の領』にきたっていうのもあってお酒は飲んだことないんだよね。どんな感じか気になるし、後で誰かに聞いてみようかな。
なんてことを考えてると。
「りょーしゅさま、これどうぞ!」
幼い声に振り向けば、小さな女の子がホーンラビットの串焼きを盛ったお皿を両手に立っていた。少し離れたところには親御さんがいるから、行っておいでって送り出したのかな?
「ありがとう。いただきますね」
ひざを折って串の一本を受け取り、反対の手で頭を撫でる。女の子は嬉しそうににへらって笑うと、小走りに親御さんのところに戻っていった。可愛いなぁ、何だかほっこりしちゃう。
頭を下げてくれた親御さんに目礼で返して、串焼きを一口。ジューシーなお肉と間に挟まったジャガイモやニンジンの組み合わせがまた抜群で、気づいたら串が丸裸になっちゃってた。これなら三本くらい一度にもらっておけば良かったなぁ。
串焼きは食べやすいからか小さい子に特に人気みたい。で、それと同じくらい人気なのがシンプルなジャガイモのグリルだったりする。
「ミラねーちゃんまだー?」
「ちょ、ちょっと待ってね……はい、熱いから気を付けて食べてね」
「ありがとみらねーちゃん! はふ、はふ……んめぇっ!」
ミラちゃんが焚火の灰の中から掘り出したジャガイモを二つに割って手渡すと、受け取った男の子は元気にお礼を言って早速かじりついてる。あの感じだとミラちゃん、手のひらにうすーく水魔法をまとって保護しつつ適度に温度を下げてるね。日ごろからいろんなシーンで使っておけば習熟度が上がるからね、いい心掛けだ。
「ミラ、あたしもジャガイモもらうわよ……って熱っ!? なんであんたそんな平然と持ってるのよ!?」
「ふぇ? そ、そんなに熱いですか? あんまり感じないんですけど……」
「……よく見たら水で防護膜張ってるのね。随分器用じゃない」
「え、いやあの、私特に何もしてなくて……」
……と思ったら無意識なんだあれ。流石ミラちゃん、やっぱり水魔法の適性だけなら私でも敵わないかもしれない。あといくらミラちゃんが普通に持ってるからってシルフィア様は警戒しなさすぎだと思う。中まで火が通るくらいあっつあつの灰の中に埋まってるジャガイモなんてどう考えても熱いに決まってるわけだし。
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