第37話 CMが放映された後

 このCMが流され始めると、たちまち注目を集めた。


 そして、ヒロシ君は里見さんを選んだ、ということに落ち着いたようだ。俺にはよくわからないが、世間的にそうなったらしい。

 俺は秋バージョンの放映が始まった時と同様に、親戚や中学の生徒会仲間から、電話攻撃に遭っていた。

 それに比べると、学校での騒ぎは、案外すぐに沈静化した。あっさりしすぎていて不思議に思ったので、昼休みに数人に聞いてみた。


「学校で騒ぎにならないのは嬉しいけど、何でなのかな」


「田中君と里見先輩のツーショットは、いつも見ているもの。あんまり意外性はないんだよね」


「グラドルの野口さんのほうが、おいしかったような」


「男子は自分たちが会いたいだけでしょ」

 クラスメイトはそんな会話をしている。


 そうか、もう見慣れているんだ。  


 そしてある日、緒方先輩が嬉しそうに宣言した。


「麗子からお許しが出たよ。苦節三年。やっと彼女と付き合える」

 俺は、もちろん驚いた。


 キョロキョロしていたら、今井先輩が教えてくれた。


「緒方は、ユキに恋人ができるまで、お預けを食らっていたんだ。麗子は厳しいからな」


 麗子さんが緒方先輩の思い人? ただのシスコンとばかり思っていた。

 だったら学祭の時、変に突っかかってきた緒方先輩は、俺に妬いていたのか。 

 麗子さんが俺に優しくすると、すっ飛んできて邪魔していた。


 マジか、と思って横目で見ると、緒方先輩はウキウキ状態。


「初デートのコースを検討中なんだ。ヒロシたちはどこか行った?」

「いいえ」

「そうか。まあお子様ペアと同じ場所じゃあ、即振られそうだし」


 自分で言っておいて、顔を引きつらせている。


 学祭で見た麗子さんと緒方先輩の雰囲気は、お姉さまと忠犬。リードを引くのは麗子さんの方だ。


「麗子さんの行きたい所を、聞いたほうがいいんじゃないですか?」


 緒方先輩がハッとしたようにこっちを向いた。


「そうだよな。やっぱりお前って使える」


 ハハハ、と笑っておいた。

 早く元に戻って欲しい。こんなふわっふわの緒方先輩は見たくない。


 すると緒方先輩はふと真面目な顔になった。

「そういえば、麗子から伝言があったんだった。ユキを頼むってさ。それから、是非家に遊びに来てくれって。今井もな」


「まあ、その内な」

 今井先輩は横を向いて軽く相槌を打つと、すっと静かに去っていった。


「先輩、受験は大丈夫ですか。この時期にデートのプラン作りって、やばくないですか」

「ああ、そっちは問題ない。問題はデートだ!」


 うらやましい。やっぱり人種が違う。


 羨望の目で見ていたら、気付かれてしまった。

「ちょっと説明しておこうか。これからは麗子も混じって遊ぶ機会があるからな」


 そう言って緒方先輩が麗子さんとの約束について話してくれた。


「中学三年の時に、麗子に告白したら、条件を突きつけられたんだ」


「条件ですか?」


「ああ。『ユキの男嫌いが治って、恋人が出来たら付き合ってもいいわ』ってな。高校を卒業するまでは待つって言ってくれた」


 一番初めに里見先輩をからかっていたのは、緒方先輩だった。里見先輩本人は忘れてしまっているけど、麗子さんは覚えていた。

 だから麗子さんの要求は、その問題にカタを付けろということらしい。


「それで、里見先輩への態度が、妙に保護者っぽかったんですね」


「麗子の卒業には間に合わなかったな。彼女はモテるから、大学でも男に囲まれていたはず」

 そう言うと悔しそうにギリッと歯を噛み締める。


「ユキはお前以外の男を寄せ付けないし、二人ともいつまでたっても自覚が無いし、俺の気持ちがそろそろ限界だったんだ。神に感謝だ。そうだ、デートコースに教会と神社を入れよう」


 よっぽど追い詰められていたのだろうな。


「そのせいで俺に目を掛けてくれたんですね」


「ん? ああ、きっかけはそれだけど、それ以降はお前の能力に期待してだよ。俺は以前からもう一人仲間が欲しいと思っていたんだ。四人より、五人の方がバランスが良いと思うんだ。それでお前を五人目に選んだ」


「先輩。麗子さんが五人目じゃないんですか?」


「麗子は五人の上だ」


「影の実力者か。似合います。逆らえない雰囲気が、ばっちりハマっている」

 そう言ったら怒られて、ついでに釘を刺された。


「お前はユキの件で凄く気に入られている。だからと言って、あまり麗子に甘えるなよ。いいな」


 俺にまで嫉妬するんだ。

 相変わらず緒方先輩の調子はおかしい。


 そして話の内容からすると、やはり俺は里見先輩の彼氏になったらしい。

 周囲がそう言うし、里見先輩もそう思っているようだ。


 ただ俺自身はいまいちピンと来ていない。


 そんな俺の中途半端な気分を、井上先輩は一早く見抜いたのか、ある夕方、生徒会室に引っ張って行かれた。


「ヒロシ。コマーシャルフィルム、一緒に見るよ。自分じゃなくて、他人だと思って見てごらん」

 生徒会の交代が終わり、もう先輩たちは役員ではないけど、OBOGとして出入りしている。

 そこで、もらったコマーシャルフィルムを見た。時間が経っているせいか、試写会の時より客観的に見ることが出来る。


 いい出来だ。皆楽しそうだし生き生きしている。おかげで商品もぐんと引き立っている。

 そして花を渡すシーン、里見先輩の時だけ、男の表情が少し違う。

 情けない表情が、急に引き締まる。


 花を渡された彼女は軽く目を瞠って、すぐに目を伏せる。口元が少しだけ開いて弧を描くと、クールで美しい顔が、急にあどけなく変わる。

 突然の思いがけない変化だった。

 そして顔を上げて、男を見た。

 彼女は何のてらいもない、真直ぐな笑顔を浮かべる。目の前の男だけに向けて。

 ちょっと胸が切なくなる。


……いいなあ。この子は、この男が好きなんだな。


 て、俺の事が⁉

 

 更に驚くことに、その彼女を見る男の目がすごく優しく、愛おし気だ。

 そしてそれは俺自身か。


 ぐるぐると今までの先輩の笑顔が頭に浮かんでくる。

 里見先輩のいつもの笑顔。当たり前のように受け取っていたそれは、全然普通じゃなかった。

 それに、男の方。

 つまり俺だけど、少し……いけてる感じかもしれない。里見先輩に向き合っている時とか、特に。


「解った? 里見はもちろん、ヒロシも里見の事が特別なのは、丸解りだよ。自覚しなさい。チョロシ君」

「里見先輩相手でも、チョロシ君ですか」

「う、間違えた。今の無しね。とにかく日本中の皆が、もう知っていることだよ。知らないのは、なぜか君だけってこと」


 今井先輩から、ポンと肩を叩かれ、俺はようやく自覚した。どうやら、俺は里見先輩が好きなようだ。


 そう自覚した途端に、初めて会った日の里見先輩を思い出した。

 あの流れる綺麗な黒髪。それに目を奪われ、柄にもなく誉め言葉を口にしていた。

 あの時、俺は彼女に一目ぼれしていたのか。

 胸がドキドキして、顔が熱くなっている。


「ねえ、ヒロシ。白いバラの花言葉は一目惚れだよ。多分知らなかっただろうけどね」

 井上先輩に教えられ、顔のほてりは更にひどくなった。


「済みません。ちょっと、いっぱいいっぱいです」


 そう、しどろもどろに言う俺を見て、井上先輩は唇の片端だけ、クイッと上げる意地悪い笑い方をした。


「じゃあ、クールダウンさせてあげよう」


 そう言うと、笑って俺の頭にゲンコツを落とした。それはプロテアのお礼だそうだ。

 ちなみに、今井先輩には二個お見舞いしたと言う。

 本当にごめんなさい。今井先輩。

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