第14話 瀬木さんの本当

 彼女は、俺が今井先輩に助けてもらった話や、緒方先輩に振り回された話なんかを、いつも嬉しそうに聞いてくれる。

 ただ女子の先輩たちの、世話焼きなエピソードを話すと、少し嫌そうな顔をするんだ。


 もしかしたらヤキモチ?

 何とも言えない甘酸っぱい気分が沸き起こる。

 これが噂に聞く、リア充というものかも。


 この頃には、先輩たちにも彼女とのランチデート? はバレていた。

 なんとなく物問いたげな顔で俺を見ることがあるけど、直接聞いて来ることは無かった。


「ヒロシ、明日の昼は、一緒に食堂で食べない?」

 ある日、珍しく里見先輩に誘われた。


「明日ですか? すみません昼は先約があるので」


「ふうん。それなら次の日は?」


「次の日も、ですね。……たぶん、これからずっとかもです」


 昼は瀬木さんと一緒なのが、最近当り前になっていた。

 里見先輩の唇が、「えっ」という形に動いた。


「ヒロシ、それって」

 井上先輩が声をあげたのを、今井先輩がその肩を掴んで止めた。


 一瞬、シンとその場が静かになり、変な緊張感が覆った。

 里見先輩の方を見たら、綺麗な顔がクシャっと歪んだ。

 その表情に少したじろいだが、今の俺にとって、瀬木さんとの昼休みは一日で最も大切な時間になっている。

 それを手放す気はない。


 緒方先輩も少し引き攣ったような表情で、こっちを見ている。


「今日の作業はもう終わったので、お先に失礼します」


 俺はその日、一人で先に帰ることにした。

 里見先輩と一緒に帰るのも、そろそろやめようと思う。瀬木さんが気にするかもしれない。



 次の日の昼休み。いつものように弁当を広げて話している内に、夏休みの話になった。

「夏休みは皆さんと会うの? 三年生だから受験勉強一色かしら」


「どうだろうね。でも先輩たちは高校最後の夏だし、受験には余裕がありそうだから、遊ぶんじゃないかな」


 しばらく何かを考える様子で黙っていた瀬木さんが、何となく白けた表情でこっちを向いた。

「田中君って、生徒会の先輩たちのこと、あんまり知らないんだね」


 どうだろうか......


 中学時代から一緒に遊んできたから、そういうシーンでの彼らをよく知っている。

 瀬木さんにも聞かれるままに、彼らのバスケのプレイスタイルや、おしゃれなファッションについて話したはず。


 なにか変だな、と思って彼女の顔を覗き込んだ。


「あのね、聞きたいことがあるのだけど、いいかな」

「えッと、なにかな?」

「あの……今井先輩って、お付き合いしている人、いるのかな?」


 えっ!

 えっ!


「えーと。なんで?」

 言った傍から、決まっているだろ、と自分に突っ込んだ。(カノジョハ、イマイセンパイガスキナンダヨ)


「あ、ゴメン。言わなくていいよ」


 俺は慌てて、そう言葉を繋いだ。その答えを聞きたくなかった。


「田中君の話を聞いていても、今井先輩にお付き合いしている人がいないみたいだったから、確認したくて」


 瀬木さんは、あのウルウルした瞳で俺を見上げた。


 今井先輩と井上先輩が付き合っていることは内緒だから、知らないと答えなくては。

 でもそうすると、瀬木さんは今井先輩に告るのだろうか。

 断られるのは決まっている。

 俺は彼女を泣かせたくない。


 正解は、……どっちだ?


 うろたえた俺は必死で頭を働かせた。


「先輩は秘密主義だから、わからないな。ずっと続けている剣道も、学校の部活には所属しないで、外の道場に通っているそうだしね。学校以外の生活は全く知らないんだ」


 瀬木さんはがっかりしたように下を向いた。そしてふーっと息を吐いてから顔を上げた。


「緒方先輩は、彼女いるの?」


 あれっ? なぜここで緒方先輩が出て来るの?


「さあ、聞いたことないけど」


「じゃあ、やっぱりフリ―なんだ」


「あの、ちょっと待って。瀬木さんは、今井先輩の事が好きなんじゃないの?」


「二人共とっても素敵だから、もちろんどっちも好きよ。今井先輩の方が、緒方先輩よりは確率有るかなって思ったんだけどな。今の田中君の様子だと、彼女がいるのかなって思って」

 そう言って、俺の顔をちらっと見る。


 見透かされてる? 俺。


 あれ? これ瀬木さんなの? 今までよくおしゃべりしたチワワの瀬木さん?

 軽く別人なんですけど。


「緒方先輩と里見先輩が付き合っているのかと思っていたけど、最近田中君と一緒に帰っているでしょ。だから緒方先輩とは付き合っていないんじゃないかって、噂になっているの」


 首を横にかしげて、じっと俺を見る。

 え、答えろ、ってこと? ナニコレコワイ!


「彼らの私生活に関しては、全く知りません。だから僕に聞いても何も出てきません」 

 カクカクと答える俺を、瀬木さんは冷めた目で見ている。


 そしてもう一度息を吐いた。


「じゃあね、田中君。付き合わせてゴメン」

 そう言うなりお弁当を片付け、さっさと教室の方に向かって歩き出した。


 俺はしばらく呆然としていた。今の数分の出来事は現実なのだろうか。


 その場に座り込んだまま、彼女の後ろ姿が消えるのをじっと見ていた。

 姿が見えなくなってしばらくしてから、ようやく首を動かす事が出来た。


 木漏れ日がきれいだ。

 セミの鳴き声が二種類聞こえるな。

 そんな、とりとめのない事を考える内に、昼休みの終わりのチャイムが鳴り始める。

 セミが飛び立ったのを目で追い、ゆっくり立ち上がった。

 

 俺は抜け殻のまま授業を受け、ゾンビのように生徒会室に向かった。


「ヒロシ、遅かったね」

 井上先輩が、そう言った後、こっちに寄って来た。


「何かあった?」

「いいえ、何もありません」


 俺はその横をすり抜けて、今井先輩の方に向かった。それから小声で尋ねた。


「少し話せますか」

「ああ」

 今井先輩は書類から顔を上げ、黙ったまま立ち上がった。


 二人で校庭に出て、お昼の定位置とは別の場所で立ち止まった。


「今日の昼に、今井さんに付き合っている人がいるか、女子から聞かれたんです」

「そうか」

「今井先輩を好きなのかと思ったら、今井先輩でも緒方先輩でも、どっちでもいいって言われて。凄く嫌な気分になって。あれ……こんな事を今井先輩に話すのはおかしいですよね」


 しばらく俺は下を向いていた。

 感情がバラバラで、自分が何をしたいのかも、何を言いたいのかも分からない。


「俺たちにそういう感情を向ける人は、ある程度いるよ。だからあまり取り合わないようにしている。お前もなるべく関わらないようにすればいいよ」


 俺は項垂れた。

 初めての女友達に浮かれていた自分が恥ずかしい。

 その彼女と、もう付き合っているレベルかなんて、どれだけ馬鹿なんだ、俺!

 恥ずかしすぎて、穴を掘って埋まりたい。

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