第11話 遠足
日曜日は、『映画撮影現場の一日体験』の下見だ。
前日とはガラッと違って、だだっ広い撮影所を歩き回った。
映画やドラマのセットが並んでいて、特に江戸の街並は楽しかった。
ところどころに着物姿の役者さんたちが居て、寿司や団子、ソバなどの軽食が売られている。
いかにも江戸時代という雰囲気だ。
その街並みを、着物や、江戸風の装束を着た観光客が、たくさんうろついている。
江戸体験が、コースに含まれるので、俺たちも変装してみることにした。
男三人は武士を選び、袴姿になったが、俺だけ何かが違う。着ている物は大して違わないのに、なぜこんなに違うんだ?
緒方先輩と今井先輩は、いかにも武家だ。
俺は……なんか、浪人?
こんなに格の違いがはっきり出るなんて、江戸時代、恐るべし。
女性二人はというと……
「……おお!」
きれいな小袖姿の二人は、裕福な商家のお嬢様という感じだ。
なんで着物姿って、こんなにグッとくるんだろう。
小物選びになると、先輩二人は剣を二本腰に差した。ばっちり決まる。
俺が剣を選んでいると、女子二人が寄ってきた。
「ヒロシは町人の方が似合いそうだから、袴脱いだら?」
「着流しの方が絶対合うと思うよ」
俺は素直に袴を脱いで、着流しで腰に扇子を挟んだ。
とてもしっくりする。身の丈って大事だ。
これに前掛けをして帳面を持つと、商家の手代風になった。
記念写真は、二枚に分けて撮った。先輩たち四人の、「侍と許嫁」のショット。
これは二組のカップルが並んだもの。
それと、女子二人と俺の、「お嬢様と店の手代」のショット。
中心にお嬢様二人、その斜め後ろに荷物持ちの俺。
現代に生まれてよかった。
着替えてから他のセットを回っていた時、里見先輩の顔見知りのスタッフに出くわした。
そのスタッフに、モブ役でちょっと出てもらえないかと里見先輩が頼まれ、そのまま、ある撮影現場に案内された。その区画は、観光エリアとは遮断されている。
監督らしき人は、俺たち五人をざっと見て、全員出てもらおうかと言い出した。
「難しい事は無いよ。ちょっと人数を増やしたくってね。一緒に歩いてもらうだけで、メイクもいらないし、そのままでいいから」
聞いてみると、大して難しいことではなさそうだった。
皆もそう思ったようで、じゃあやるかという事になった。
白衣を手渡され、それを羽織ると、ボードを1枚渡された。
「はい、五人は一番後ろの端にまとまって立ってね。前に続いて歩いて。行くよ」
よくわからないまま、俺は歩いた。
他の四人が真顔をしているので、俺もそれに習って、真面目な顔をしておいた。
このシーンは一発でOKが出て、俺たちは解放された。
「面白かったね。院長の総回診シーン。放映が楽しみだなあ」
何だって……俺だけが全くわかっていなかったようだ。
密かに絶対見に行こうと決めた。
ところが、すぐに最初のスタッフから里見先輩に電話があり、呼び戻された。
「君たち目立ちすぎているんだよね。ほら、これ。ただのモブに出来ない感じなんだ。でも消すには惜しいからさ、このままちょい役で出てくれないかな」
カメラを通してみると、一番後ろに並ぶ俺たちがすごく目立つ。確かに、モブじゃない感が漂っている。
その結果、その場でセリフとシーンが追加された。使うのは、ほんの二分程度のワンシーンだそうだ。
俺たち五人は、大学からの研修スタッフという設定になり、回診後に人気のないスタッフルームで、「この病院は無しだな」と話すシーンが撮られた。
全員、さっとメイクを施され、髪形を整え、少し大人っぽく仕立て上げられた。俺には黒ぶち眼鏡が渡された。顔が大学生には少し幼いからだろう。
眼鏡をかけると、いい具合に老けて見えた。
他のメンバーと比べると、小さくて線が細いので、カッコいいメンバーに一人混ざりがちな、ヒョロ眼鏡君として、ばっちりハマった。
いつものメンバーだけだし、内容も気軽な雑談風だったので、これも一発OKだった。
俺はそう思っていたが、スタッフたちはあまりに堂に入っていると、驚いている。
そういえば、初めは俺も彼らの能力の高さに驚いていたんだっけ。
いつの間にかそれに慣れ、感覚がずれ始めているのかもしれない。
下見が終わった後は、そのフィードバックをする。
見つかった不都合な点を洗い出し、相手側と調整作業を行う。
「先輩、普通これは教師の仕事ですよ。やっぱり給料を出すべきじゃないですか?」
「まあ、報酬代わりは出るから、頑張ってくれ」
そう言われて、渋々と取り掛かった。
初めは出来るか心配だったが、交渉相手がOB・OGのせいか、思いの他スムーズだった。
俺は国会議事堂の担当になったので、政治家秘書氏と頻繁にやり取りを重ねた。
当日は、説明員が霞が関からも派遣されるそうだ。このコースには、議員との語らいに加え、官僚からのリクルート活動も含まれるらしい。
こんなやり取りをする内に、秘書氏とは親しくなった。
こういう人脈の広がりがあるから、生徒会に所属したい生徒が多いのかと納得する。
就職か、と遠い目になってしまう。
やっと高校に受かったばかりで、まだ何も考えていないけど、そんなに遠い話でもない。
だが、今はまだ何も考えたくない。井上先輩の言葉も運よく忘れたことだし。
今年の行先は鎌倉散策コースだし、遊ぼう。
この忙しい業務の打ち上げだ。俺はそれを励みに、仕事をこなした。
遠足当日の朝、俺は制服姿で鎌倉駅に着いた。
ホームには、同じ制服の学生が結構いる。
駅に到着後、各グループの待ち合わせ場所に速やかに散ること、と決められているので、電車を降りたら、皆さっさとあちこちに移動して行く。
俺も待ち合わせ場所に指定された、駅近くのホテルに向かった。
ホテルは高級感があり、とてもじゃないが、高校生が一人で入る場所ではない。
場所を間違えたかと何度もスマホを見直したが、やはりここで合っている。
恐る恐る自動ドアをくぐり抜け、ロビーの入り口でキョロキョロと見回していると、ホテルのスタッフが近付いて来た。
「失礼ですが、田中ヒロシ様でしょうか」
にこやかに話し掛けられ、一気に緊張した。
なぜ俺の名を?
「はい……そうですが」
「お連れ様がお待ちになっておられます。ご案内させていただきます」
そう言って、先導してくれる。
「こちらの茶室でお待ちです」
そう言って、靴を脱いで上がり、襖の前で正座して中に声を掛けた。
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