第2話 段ボールお嬢様

「……くそっ。 これからどうすりゃいいってんだよ」


 文字通り無一文で放り出された訳だ。

 どこかに宿泊しようにも、ただで泊めてくれるところなんてないだろう。


 いよいよホームレス高校生だ。

 この調子じゃ学校に行くなんてもってのほかである。

 まあ別に親しい友人はいないから心配してくれる人もいないのだが。


 ひとまず今日を明かす寝床を考えなくては。

 時刻はちょうど五時を回った頃。

 本来であれば西日が傾いている時間だが、今日という日に限って暗雲が立ち込めている。今にも雨が降りそうだ。


「とりあえず雨風をしのげるところ……そういえば近くに河川敷があったな」


 ホームレスといえば河川敷や駅の構内に集まる。

 実際自分が家を失うまでは、あんな小汚い他人が生きている意味は何だろうと思っていた。

 しかし今は立場が違う。先人の知恵をお借りするためにも、頭を下げなくてはならない時が来たのだ。謙虚な姿勢で臨もう。


 そう勇んだ俺であったが、予期せぬ眼前に面食らった。

 遠目から見てもわかる。車通りがほとんどない高架下に位置するその河川敷は閑散としていた。


 無駄に髭を蓄えた老人が大勢いるものだと思っていたが、そこには人一人いない。

 整備されていない地面には枯草のようなものが無数に転がっており、未来の仲間の不在に大きな孤独感が俺の胸に広がる。


「ま、まじか……ゼロから始めるホームレス生活、まさかのハードモード……」


 自嘲気味に口からこぼれた言葉でさえ、誰も聞くことはない。

 乾いた空気が返事をするだけだ。


 ポツポツ……。


「おいおい雨まで降ってきやがった」


 今体が濡れるのは避けたい。

 風邪なんか引いたらそれこそゲームオーバーだ。

 

 俺は小走りで橋の下に滑り込むと、僅かについた肩の水滴を手で払う。


「いやー参ったな……雨宿りはできるにしても、ここじゃ何にもないぞ」


 自分の哀れな境遇を呪いながら辺りを見回すが、ブルーシートはおろかダンボールの一片もない。これでは地面に直に座るしかなく、ケツに穴が開くのは必至だった。


「オウマイアス……なんて言ってる場合じゃねぇ! なんか考えねぇと」


 俺は尻から顎に手を当て直して少し辺りを見回す。


「ん? なんだあれ」


 視界の端、草木に紛れて気付かなかったが、高架の支柱のそばにダンボールでできた小さな家があった。

 実際の一軒家を縮尺してできた、テントくらいの大きさのものである。


「ご丁寧に誰かが作ったのか? めっちゃ精巧だな……」


 俺は恐る恐るその異様な完成度の即席物件に近づいた。

 簡易的ではあるが、屋根や扉など、人が住むには十分なくらいの形はできていた。


「誰かいるのか……?」

 

 窓がないため、その中に人がいるかを確認することはできない。

 俺はそのペラペラな扉を軽くノックしてみた。


「あ、やべ」


 やってしまった。

 普通の住宅の扉をノックする勢いでやったのが間違いだった。


 湿気を含んだダンボールの扉は、その中心に安々と穴が開いてしまう。


 俺の頭に、段ボールハウスの中から出てきたガチムチマッチョに襲われるビジョンが流れ込んでくる。

 さらば俺のケツ。また会う日まで。


 そんな馬鹿げた走馬灯に身を震わせていると、ふと俺の視界に、現実とは思えない異様な光景が広がった。


「ガチムチじゃない……女の子だ」


 思わず俺の口からそんな言葉がこぼれた。


 ビリビリに亀裂の入った扉。その隙間から家の中が見える。


「うーん、むにゃ……」


 口からよだれを垂らしながら寝息を立てる少女は、幼い顔立ちでいながら、その豊満な恵体を隠しきることができていない。

 胸が、お尻が、太ももが。外の世界を求めて飛び出しそうだった。


 さらに注目すべきは、フリフリの施されたロリータファッションに身を包んだその体。段ボールハウスに住んでいるなど想像もつかないくらい汚れひとつなかった。


「最近ここに住み始めたのか? 女の子が一人でこんなとこにいてよく無事だったな……」


 膝丈まである長めのスカートだが、膝を曲げて丸まって寝ているため下着が見えそうだった。俺は思わず顔をそらす。


 すると、


「うーん、うーん……」


 中にいる少女の息づかいが荒くなってきた。

 悪い夢でも見ているのか。


「うーん、お父様……お小遣いは、ハンバーグがいいです……」


「いやどんな夢見てんだ⁉」


 あまりに奇天烈な夢の内容に思わずツッコんでしまった。


「うぇ⁉」


 ドカドカドカッ。


 俺の大声に反応したその少女は、びっくりして飛び起きてしまった。

 しかも体のあちこちを壁にぶつけながら。


 その拍子に、立てつけてあった扉が完全に破壊された。


「だ、誰ですか……あなた。一体いつから見てたんですか……⁉」


 手近にあったフリフリの生地で咄嗟に胸のあたりを隠した少女は、呆然とする俺のことを見るやそう問いかけてきた。


「いや、えっと、その……」


 我に返った俺は突然の指摘に狼狽える。

 そして、今一番言わなくてはならないだろうことを口にする。


「あの、パンツ見えてます……」


 彼女が咄嗟に取った布製の生地。

 それは自身の身に纏うスカートだった。


 五センチ四方のクマさんが俺に微笑んだ。

 


 




 



 








 

 

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