結束物語〜繋がる愛〜
花魁童子
第1話 空との出会い
──僕には病というすごく重い鎖に繋がられている。
どう足掻いても取り除くことも、ましてや緩くすることもできない。本当に重い鎖。劣化などすることがない頑丈な鎖。誰かに頼んでも必ず、「無理だよ。」と優しさと少し棘のある言葉を投げかけてくる。どうしようもない鎖。
医者はなんでも治せるすごい職業じゃないのか。
みんなが口を揃えて「絶対治るよ!」という魔法の言葉は一体どこへ行ったのだ。なんでみんなにも言わないんだ。結局、口だけとはこのことなのだろう。
僕は、「治らないよ。」と言ってくれるだけで嬉しいのに。いずれ否定される魔法の言葉なんていらない。無駄な希望を芽生えさせるだけだから……。そんなもの貰って嬉しいときは最初だけ。悪化する病には勝てない。もうこんな人生嫌だ…。でも死のうにも死ねない身体。どうしても抵抗してしまうのが人間なのか、僕だけなのか。全く分からないが、死ねないという事実は本当だ。
──いつか、この身体でも生きていたいって思いになれたら嬉しいな。
きっとその日からは楽しい日々が続くよ。
多分……。
「東くん~?注射の時間ですよ~。」
若くて美しいと患者たちのなかで評判なナース…評判と言っても何十年も生きた方々中心にだけど。僕だって全然興味がない。
「……。」
どうせ治らないものに金をかけても無駄になるだけ。そんなことバカでも分かるはずなのに…この病院はおかしい。
もう刺さられることも慣れたし、白く細い腕には数え切れないほど無数の穴が至る所に跡がくっきり残っている。
新人だった若いナースも僕の腕に刺しすぎて慣れたと口にしていた。僕的にはどうでもいいことなのだが、付き添いで来ていた叔母が怒りを増して怒鳴っていた。それをなだめるのにどれだけかかると思っているんだ。
そのナースも「私、悪くないんですけど。」と意地を張って謝ろうともしない。それが喧嘩の火種となることは重々承知なくせに。
叔母も叔母だ。
どうせ死ぬ運命の者に情けをかけても何にもならないことは知っているだろうし、こんな人に反論しても嫌々謝って後で眼を飛ばされるだけ。
案の定、嫌々で若いナースが謝ってきた。そして眼を飛ばす。なんかのシナリオか何かだろうか、予想が的中過ぎる。
俺が叔母を押さえておけばよかった。今更、後悔しても遅いだろうが、しょうがない。現実を受け止めよう。幸い、そういった気持ちの切り替えはこの病という重い鎖を背負ってからすぐに身に付いたものだ。これだけは、この病に感謝だな。
時は過ぎるもの。
この考えに至ったのも。
あっという間に叔母が余命宣告をされる日が来た。しかし、来たことは叔母の中では知らないことになっている。だが、ナースというのも口が軽い。給水室で密談しているところに出くわし、そのヒソヒソ話とは思えない声量の話を聞いた。本当に隠す気があるのかないのか。はたまた、僕にとっては心のどこか片隅で死にたくないという気持ちがあふれ出して、実際よりも雑音なしでよく耳に入ったのだろう。
──もう死ぬのか。
窓の外で満面の笑みで笑い掛ける桜。今の僕には腹立たしいことだ。死にたいと思うけど、体は正直。嫌でも死にたくないのだな。と実感してしまう。
傍から見たら、外を見て黄昏れていると思うだろう。実際にそうなんだろうけど、違う。そう頭を回転させてどうにか死が近づくことを忘れ去ろうと努力しているとき、聞きなれない足音が病室の外で聞こえた。
コンコン。
ノックの音と共に女の優しさに包まれた声がドア越しに聞こえた。
「東さんですか?蛍くんの友達でお文と申します。入ってもよろしいでしょうか?」
蛍とは、僕の小さい時からの友達だ。だが、蛍から来ることはあっても他の人だけで来ることは非常に珍しい。
しかし、蛍のことは信用しているし、声で感じる。優しい人なのだろうと。
「いいよ。」
この病院は、少し前に改修工事をしたのか、開いたドアの音は少し乾いていた。
「それで、お文…さん?あなたは何用ですか?」
彼女は、背後に手を回したかと思うと何か、箱を出してきた。
そこには…【空○の○人形】と書かれている。でも読めない。なんと読むんだろう。とりあえず読める漢字だけでも…
「それはなんだ?そら…なんて書いてあるの?」
「そら…ですか。それもいいですね。では、あなたにこの子を差し上げます。ですので、名前を決めてください。」
箱から出てきたのはぬいぐるみの形をした男の子。なんだか、そのぬいぐるみを見ていると心の中で欲しいと考えてしまう。なぜかは分からない。持っていると安心するような気持ち。
「…じゃぁ、その子はそらくん。そのぬいぐるみ欲しい!」
何かに操られたかのように言葉が次々と出てくる。
──可愛いぬいぐるみだな。
お文という人から貰ったぬいぐるみは抱きしめると暖かく、まるで生きているようだった。しかしそれに対して恐怖も好奇心も芽生えず、本当の気持ちを伝えられる友のような距離にそのぬいぐるみはいた。
そのぬいぐるみを抱えるとなぜかないはずの暖かい温もりを感じる。その温もりは心の中をゆっくりと温める。
「空くん!今日もかわいいね。」
可愛い少年のような見た目の空くん。現実にいれば性にモテるような顔をしているため、病院にいる同い年または、年下の子がこのぬいぐるみを見るたびに「ほしい!」とねだってくる。
しかし、絶対にあげたくないと強い意志がある。
だからいつも言われても頑固として拒否している。
現在は病院の小部屋。
ベッドで重い身体を寝かせて、天井に届かせようと空くんを手で持って伸ばす。
僕の目には神々しく光る空くんと目が合う。まるで恋のように時が止まる感じ。そして、空くんの着ている服は和服のような神主が着るような、空くんが着ているからこそ似合う服。かわいい。リアルでいたら襲っていたかもな。そんなことを考え続けていたら空くんに気持ち悪いと言われそうだが。
僕はいつも話しかける。返ってくるはずがないのに。でも心では繋がっていると信じて話す。一人語りが多いけど空くんは聞いてくれる。
「空くん!あのね、今日ね、隣の病室にいる真唯くんが空くんのこと欲しいって言ってきて無理やりいでも取るぞって脅してきたから、僕ね…殴っちゃった。でも、僕悪くないよね?僕の大好きな空くんを取ろうとした真唯くんが悪いもんね!空くんはずっと僕と一緒に死ぬまでいようね!」
自分でもおかしいかな。と考えるときは多々ある。なぜならこのような感情を空くんが来る前まではなかった感情だからだ。しかし心に刻むような勢いで「これが愛すという気持ちの現れ。」と唱えている。
以前、叔母がお見舞いで僕のところに来てくれた。そこでも僕は空くんを抱きしめて決して離そうという素振りを見せなかった。それを気味悪がってお昼寝している最中に、ぬいぐるみを持ち出そうと試みたらしい。しかし詳細は教えてくれなかったが、僕が起きたときにはぬいぐるみに近づこうという意志すら見せなかった。なぜ持ち出そうとしたことを知っているのかというと、注射を打つことが下手くそナース。彼女がそれを見ていたが声を掛けられなかったそう。俗に言う臆病者だろう。
なんだか、怯えているように肩を震わせていたが多分、空くんがかわいすぎて触れることすら恐れたのだろう。
──そうだろう!空くんはかわいい!
僕は完全に空くんの虜になってしまった。
「東くん。最近、痛みとかがすごく減ってきているね!これならあと数か月で退院できるよ!」
明るく作り笑いで笑う医者。君は治していないはずなのになぜそんなに自慢げな顔をするの?本当に腹立たしい。最低でもあなたには治してもらった記憶なんてない。雑な接客に雑な医療。そんな人が誇るのは違うし、多分だけど、治してくれているのは空くんのおかげ。空くんが近くにいてくれて、支えになっている。
「……そうですか。良かったです。」
否定をすれば何言われるか分からない。だから何も言わず肯定をする。臆病者は僕なのかもしれないな。怖さと怯えが勝ってしまった瞬間だ。自分が情けない。
そう考えながら部屋を後にした。個室に戻れば優しく空くんが出迎えてくれる。誰も触る人がいなくなったのだ。誇らしいこと。
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