第23話 いざ、戒律院へ
その後、ヨアンからタイガー商会について、より詳しい話を聞き出した。
タイガー商会は表向き、冒険者や傭兵向けの武具販売、さらには傭兵派遣業を営む“それなりの規模”の商会だ。しかし、ヨアンの情報網と噂を総合すると、実態はまるで地元マフィアのような裏稼業の温床だった。
地上げ屋、闇金、麻薬の売買、用心棒代の搾取。聞けば聞くほど、外壁区に巣を張る犯罪組織と呼んだほうが近い。
「戒律院に相談は? あとは冒険者に警備は頼めないのですか?」と尋ねると、ヨアンは首を振った。
「戒律院には何度か相談しまたが、商会同士のいざこざには相手にしてもらえません。真面目な冒険者は請け負ってくれます。しかし……タイガー商会の息が掛かった者たちは、雇えば裏切られる可能性が高いのです。ですので、信用できる者だけを夜間警備に回しておりまして……結果、昼間は手薄に。ああいった輩が好き放題に押し入るのも、そのせいでございます」
ヨアンの抱える問題は、グランデル商会に勤務する従業員から家族まで不安に及ぶという。
これらの問題は直ぐには解決が難しく、根本的な問題を取り除く必要があるだろう。
▽
グランデル商会の帰路の途中、リュミエルが不安げにこちらを振り返った。
「ソルフィーユ様、あのままで宜しかったのでしょうか?」
──あのまま、とは。
ヨアンに協力を申し出なかったことを指しているのだろう。
「私に考えがあります」
もちろん、ソルフィーユとして手を貸す方法などいくらでもあった。聖女の名を使えばよいし、リュミエルを通じて騎士団へ応援要請を出すことすらできる。
だが。
ああいう組織は、トカゲの尻尾切りが常套手段だ。
末端を捕らえても、すぐに別の手足が生えてくるだけ。
確実に潰すなら、尻尾ではなく頭を落とさなければならない。
そのためには、ソルフィーユで打てる手は打ち、処理しきれない仕事はサイファとして動く必要があるからだ。
「私はこの後、出かけます。リュミエルにもいくつかお願いがありますので協力をお願いできますか?」
「はっ! お任せください!」
ミレニア大聖堂でリュミエルと別れた後、私は馬車に乗り込み、戒律院へ向かった。先触れなしでも問題はない。むしろ、相手に準備を整える隙を与えず勢いで押し通した方が、話をねじ曲げられずに済むことも多い。
戒律院の前で、聖女専用の馬車がゆっくりと止まった。純白の外装に金の縁取り、聖王国ディオールの国旗、聖庁の紋章、そして聖女の紋章。目立たないほうが難しい馬車だが、今日はあえて“権威の押し付け”を利用するつもりだった。
「ここが戒律院ですか……思ったより豪華で、大きい建物ですね」
税金の塊のような外観に呆れつつ、私は正面から堂々と乗り込んだ。
「こんばんは。いくつか確認したいことがございますので、責任者の方を呼んでいただけますか」
受付の職員は、顔を引きつらせたまま慌てて奥へ走っていった。その直後、奥から聞き慣れた大きな声が響く。やはり来たか……この声は間違いなく、彼だ。
「聖女殿、先触れもなく押し掛けるとは……少々度が過ぎているのではないかね」
「ここで立ち話をするつもりですか?」
「……部屋に案内する。こちらへ」
周囲の視線を気にしたのか、ガンブレイはすぐに大人しくなり、私を別室へ案内した。噂によると、彼は戒律院内で起きている問題で相当に追い詰められているらしい。
「申し訳ないが、我は色々と忙しい。用件だけ聞こう」
「タイガー商会について詳しく教えてくださりませんか?」
「……何故タイガー商会なのだ? 聖女殿と全く関わりのない商会だが」
「いえ、国民から苦情が寄せられています。そちらに話は来ておりませんか?」
「数件は来ているが、騒ぐほどではない」
「私が集めた情報によりますと、タイガー商会は随分と裏社会に手を出しているようですね。中には権力者とも繋がっているとか」
「……何が言いたい」
「私は知りたいのです。タイガー商会のトップと、その関係。……まさか戒律院も関わっているのですか?」
「何を言う! あんな犯罪者集団――」
「犯罪者集団、ですか」
ガンブレイの顔が歪んだ。今の一言が決定的な失言であったことを、本人が一番理解したのだろう。
戒律院は、タイガー商会を犯罪者集団と把握している。だが調査はしない。そこに何か後ろめたい事情があるのは明白だった。
「資料をいただけませんか?」
「……下手に首を突っ込むと痛い目に合う。我でも庇いきれんかもしれんぞ」
「本件について戒律院が乗り気でないのはわかりました。ならば、別の方々に協力してもらうだけです」
「好きにすればいい」
ガンブレイは棚から一束の資料を取り出し、机に叩きつけるように置いた。受け取って中身を確認すると、タイガー商会のトップを含む関係者一覧、取引先、繋がりのある貴族の名前、そして――マークインの名があった。
思わずガンブレイに目を向ける。先ほどまでの威圧感は跡形もなかった。
「ガンブレイ戒律官は……知っていたのですか」
「マークインが死んだ後、色々と出てきてな。今思えば、完全にあいつの口車に乗せられていた。……言い訳にはならんが」
マークインの死後、朝のランニング中に耳にした噂を思い出す。
戒律院内部で不正が次々と発覚し、内部査察が入って大騒ぎになっているという話だった。戒律院はひとたび問題が起きれば、酒場や市場であっという間に噂が広がる組織だ。
市民たちも「ようやく膿が出始めた」と囁き合っていた。まさか、その騒ぎがタイガー商会にまで繋がっているとは……。
「私、聖女として、この国と国民をより良い方向へ導きたいと思っています。地位で得られる平穏より、私が“やりたいこと”を優先させていただきます。ですので……一年前のお返事ですが、お断りさせていただきます」
扉の前に立ち、振り返らずに言い放つと、ガンブレイは何も返さなかった。
静かに部屋を出て、私はそのまま馬車に乗り込んだ。
馬車がゆっくりと石畳を進むあいだ、膝の上に広げた資料へと目を落とす。
タイガー商会は想像以上に巨大な組織だった。表の顔を隠れ蓑に、複数の下部組織を抱え、それぞれが別の裏稼業を担っている。資料には、その内部構造が驚くほど丁寧に記されていた。
中でも目を引いたのは、マークインの名だ。
彼は戒律院内部の情報を売り渡していたらしく、抜き打ち調査の予定や職員の弱みまで漏らしていた形跡がある。恐らく、脅迫され、逃げ道を塞がれていた者も少なくなかったのだろう。
さらにページをめくる。
人身売買の顧客リスト。その欄に並ぶのは帝国の要人、そして……聖庁管轄であるはずの監獄塔の内部関係者の名。
「監獄塔……?」
国内の犯罪者を一括収容する巨大施設。情報によれば、いわゆる“更生の場”として国が管理しているはずだ。
そんな場所が人身売買と繋がっているとは。
犯罪者を“奴隷”として売り捌いているのか、あるいは別の目的なのか。これは別途調査する必要がある。
「タイガー商会の狙いは、やはりこれかしら」
資料の中に、グランデル商会へかけられていた圧力の詳細があった。物流網、倉庫、行商ルート。ヨアンが築き上げ、父から継いだノウハウは、タイガー商会が喉から手が出るほど欲しているものだ。
そして、ページの端に記された数行に、思わず息を呑む。
先代ダルタン=グランデルの殺害疑惑。
ヨアンの息子に対する毒殺計画。
それらを裏で仕切っていたのが、マークインだと記されている。
「……ヨアンが、これを知ったら」
半年前、運良くソルフィーユが救ったあの少年。彼が二度同じ目に遭わない保証はどこにもない。マークインが死んだところで、組織が止まるはずがない。むしろ、頭が落ちたことで、次の動きが加速する可能性の方が高い。
ならばこちらも闇に紛れ、相手の戦力を削ぎ落としながら追い詰めるべきだ。
聖女ソルフィーユの手ではなく、暗殺者サイファの手で。
馬車の窓外に流れる灯りを見つめながら、私は静かに次の一手を考え始めた。
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