第6話 恋バナをしながらお茶会をしたい
ヴァルド=ガンブレイ戒律官に連れてこられた場所は、大聖堂から少し放れた温室の側にあるテラスだった。
周りには手入れがされた花壇があり、暖かい日差しのもと、色とりどりの花が咲いている。
季節も春から夏に変わろうとしているので、若干気温は高いが、テラスには屋根があり直射日光が当たることはないので、熱い紅茶も飲むことができる。
そんなテラス席に、小柄のソルフィーユと、身長百九十センチ以上はあるだろう大柄な男が、お茶をしている光景は、はたから見ても奇妙な光景だった。
ただ、ガンブレイ戒律官が聖騎士リュミエルに対して怒鳴りながら、テラスから出ろと命令するが、頑なにその命令を拒否しているので、野次馬たちも自然に集まってくる。
「何度言ってもテラスから出ぬか。俺と聖女殿はこれから大事な話があるのだぞ」
「わ、私も何度もお伝えしておりますが、聖女ソルフィーユ様の護衛を仰せつかっておりますので、持ち場を離れる訳にはいきません」
「このわからずやめ! 俺の一言で一生前線送りにすることも可能なのだぞ!」
ガンブレイの怒号に対し、俺は二杯目の紅茶を静かに注ぐ。
リュミエルが食堂からこっそり運んだ茶葉は、なかなか香りも良く味わいも深い。
経費なのか献納品なのかは知らないが、飲めるものは飲んでおこう。
「聖女殿も何か言ったらどうだ。この下っ端聖騎士をな!」
一口紅茶を含み、鼻を通る香りを楽しんで、一呼吸間を開ける。
「……リュミエルは私の護衛です。先の事件もありましたし、リュミエルは側に必要かと思います。指示系統に関しては、リュミエルの上司に聞かないと私の独断で判断できません」
ガンブレイとリュミエルの会話を聞いていると、立場の差があるとはいえ、リュミエルがはっきりと拒否しているのを見ると、戒律官でも簡単には命令できないようだ。
「ぐ……ぬぬ。あの老いぼれめ……面倒な人間を寄こして……!」
歯をギリギリとさせ、つり上がった目をリュミエルに向けるが、リュミエルは汗を流し震える足を必死に抑える姿は評価に値する。
頼りない新人の女聖騎士かと思いきや、芯はしっかりしているのだろう。
「野次馬共も見世物ではないぞ! 散るのだ!」
ガンブレイど怒声がテラスの外に響くと、アリの子を散らすように人々が慌てて離れていった。
「ふう、ふう。仕方ない。これから話すことは他言無用だぞ、下っ端騎士」
花壇には咲き誇る花々。野次馬が遠巻きに覗き込み、空気はざわついている。
「……ふう。ようやく静かになったな」
ガンブレイ戒律官が大げさに息を吐いた。
野次馬を散らすために怒鳴り散らしていたせいで、顔は赤く、額に汗が滲んでいる。
「さて、聖女殿。昨夜の件だが、報告をする前にいくつか聞きたいことがある」
「はい」
「賊をどうやって撃退したのかという疑問だ」
「奇跡です」
「それは聖女殿の神力による奇跡であっているかね?」
「はい。助けてと願ったら、私を襲った男が勢い良く窓の外に吹き飛んでいきました。奇跡でしょう」
自分で言っていて無茶苦茶だと思うが、拷問した挙句、窓から投げを飛ばしたなんて説明できるはずがない。
ここはよくわからない神力の奇跡で押し通すのが一番だ。
「……神力による奇跡は癒しの他にも攻撃魔法のようなものがあるのか……非常に興味深い。賊の撃退について報告はしておく。また、今回の事件について、聖女殿に報告もあるので聞いて欲しい」
俺は紅茶のカップを持つ手を動かさずに、耳だけを傾けた。
「暗殺者の件は既に調査が開始された。盗賊ギルドに捜索が入り、数名が拘束された。もちろん、聖女殿を狙った輩だ」
「……そうですか」
口調は素直に答えるが、内心ではため息だ。
予想していたが、拘束された者は用意されていた“偽の犯人”で、事件が起こればすぐに差し出せる駒。これは権力者による茶番劇だ。
俺なら仕事後はアジトはさっさと引き払って国外に出る。この国にある盗賊ギルドとは組織としてレベルはどうなのだろうか。
昨夜の暗殺者といい、直ぐに調査されるくらいなので【盗賊ギルドへようこそ】なんて看板が出ていてもおかしくない。
「しかし、首謀者はいまだ不明だ。捜査は続く」
ガンブレイの口調はあくまで真剣なふりをしていたが、その目はどこか安堵に揺れている。
ソルフィーユが暗殺されなくて良かったと思っている優し目だった。
こいつも聖女暗殺に一枚噛んでいるかと思ったが、目の奥に燃える野心の炎が、揺らめくのが僅かに見え隠れしているな。
ガンブレイは背後のリュミエルを一瞥する。
「しかし……問題はそこではない」
「?」
「聖女殿。一年前の“返事”を聞かせてもらいたい」
一瞬、時が止まったような空気が流れた。
ソルフィーユの記憶がざわめく。
ソルフィーユが十五歳だったある日、幼い少女の前に立つガンブレイ。
彼の手はソルフィーユの肩を軽く乗せ、目線を合わせようとしていた。
その時、彼はこう言った。
『そなたは清らかで愛らしい。大人になった暁には、私と共に教会を背負ってほしい』
『聖女殿が私を選べば、国の未来は揺るぎなくなる』
『恋心など知らずともよい。そなたは私に与えられればそれでよい』
当時のソルフィーユには意味が分からず、ただ怯えて頷いた。それを“了承”と受け取ったのが、この男だ。
思い出すだけで、胃が焼け、口に広がる紅茶はやたらと渋く感じる。
「そなた……十六歳になり、そろそろ進展しても良いと思うのだが」
ガンブレイは自信満々の口調で続けた。
「聖女と婚姻を結べば、教皇の座は目前。そなたも、そなた自身の未来も安泰となる。今夜、私の部屋で答えを聞きたいと思っている」
リュミエルが息を呑み、カタカタと肩を震わせた。
「か、ガンブレイ戒律官さま……! 聖女様は……精神的に……昨夜の事件で……!」
必死の抵抗。声は震えているが、勇気は確かにあった。
ガンブレイは鬱陶しそうにリュミエルを睨みつける。
「下っ端の聖騎士風情が口を挟むな! これは国の、聖庁の、未来の話だ!」
「ですが、その……! 聖女様を……未婚女性をご自身の部屋に、呼ぶなど……不謹慎です!」
リュミエルの叫びに、ガンブレイの顔が一瞬だけ歪む。図星だったのだ。
彼の下心と野望を、無垢な新人に突かれて。
「黙れと言っている!」
ガンブレイの怒声がテラスに響き、花々が微かに揺れた。
俺は静かに紅茶を置いた。
「……ガンブレイ戒律官」
少しだけ、声に冷気を乗せる。
ソルフィーユの喉から出る柔らかな声だが、
中にいるのは暗殺者サイファだ。
「何度もお伝えしておりますが、昨夜の事件で私は死ぬところでした。精神的に落ち着いておりません。あなたの部屋に行くのは、今は相応しくありません」
「せ、聖女殿……? な、何を……」
「それに――」
俺はほんの少しだけ笑みを作る。
「リュミエルは有能です。彼女を侮辱するのは感心しません」
ガンブレイの顔が、怒りとも嫉妬ともつかない色で染まる。
「……わ、分かった。今日は引こう。だが、返事は必ず聞かせてもらうぞ」
そう吐き捨てると、ガンブレイ戒律官はマントを翻して去っていった。
遠目で見ていた野次馬たちが散り散りに逃げるように道を開け、リュミエルはその背中を憎悪と恐怖が入り混じった目で見つめていた。
「……聖女様……お怪我は……?」
「いえ、大丈夫ですよ。心配をおかけしましたね」
本当は、リュミエルの方がよほど傷ついていた。その震える手が、すべてを物語っている。
「リュミエル。よく言ってくれました。本当に助かりました」
「っ……!」
リュミエルは胸元を押さえ、涙をこらえるように小さく頭を下げた。
そして俺は確信する。
ガンブレイ。邪悪な野望を持つ存在を必ず排除する必要がありそうだ。
ガンブレイの怒鳴り声の余韻だけがテラスに漂う。
俺は紅茶の残りを口に含んだ。花の香りは変わらず穏やかで、戦闘の気配も陰謀の臭いもしない。
ソルフィーユの記憶が胸の奥で揺れる。
彼女が短い人生で願っていた、小さくささやかな夢。
『恋バナをしながらお茶会がしたい』
そんな願いを思い出し、俺はテーブルに視線を落とす。
……これも、少しはカウントしていいのだろうか。
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