第7話

老婆は、呆れ果てたように深く息を吐いた。



「ヒステリーだね。だから忠告したのに」


「……あいつは、今めちゃくちゃ不安定なんだよ。ショックで自殺でもしたらどうするんだ。お前のせいだぞ」


「それはない。私の占いのせいで未来が変わることは“絶対に”ない」


そう言うと老婆は、俺の足元をすっと指差した。


「昔ね、ここで殺人事件があった。

ちょうどお兄さんが立ってる、その場所だよ。

ほら、地面にうっすら赤黒いシミが残ってるだろう」


視線を落とした瞬間、それはただの汚れではなく――

人の顔のように見えた。

鼻腔に、生乾きの血の匂いが微かにまとわりつく。


「つい最近も殺人事件あったね。この商店街は呪われてんのかねぇ」


「……うるせえ、ババア。永遠の白とかふざけんなよ。俺は、占いなんか絶対信じねえ」


「ババアじゃない。私の名前は田所万千代。

占いを信じないなら、言っても問題ないな?」


「……何をだよ」


「お兄さんの未来色は――青です」



青。


その一音が、刃物みたいに心臓に突き刺さった。



「……意味わかんねえ。勝手に占うなよ。金なんか払わねえぞ」


「占いは信じないんだろう? 金は貰うつもりないよ」



心臓が破裂しそうに暴れ、頭の中で最悪の想像が次々に浮かんでくる。



青は……何を意味する?

涙の青か……?

雪穂の死と関係してるのか……



​「涙の青……そんな単純な色ではないよ」



老婆は俺の心を読んだように薄く笑った。

ゆっくり近づき、耳元に唇を寄せる。


そして――湿った声で囁いた。



「​――​――​――」



その瞬間、視界の端から黒い靄が広がり、景色が遠心力で歪んだ。

肺に空気が入らず、体の内側が急激に固まっていく。



「もう一度言うよ。

私が占ったから未来が変わるのではない。

“運命は、最初から決まっている”」



老婆は目を閉じ静かに俯いた。



「それじゃあ、おやすみ」



その言葉の直後――

途切れていた商店街の“音”が、一気に戻ってきた。


雨が叩きつける音。

蛍光灯のかすれた唸り。

通行人の足音と話し声。


全部が、洪水みたいに押し寄せてくる。


ただ、俺だけが。


その喧騒の真ん中で――

静寂の底にひとり、取り残されていた。

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