第5話

雪穂が椅子に座ると、老婆は水晶玉に指をそっと置いた。

その瞬間、店内の音が霧のように薄れた気がした。



「私の占いは単純です――“色”で未来を視ます」



その声は澄み切っていて、狭い空間に不釣り合いなほど冷たく響いた。



「赤、青、白、黒。

この四つの色のうち、たった一つが――お前さんの未来だよ」



……ありえない。

たった四色で未来がわかるはずがない。


そもそも――

こんな得体の知れない老婆に、本物の力なんてあるわけない。



だが、雪穂の横顔は、光に吸い込まれそうなほど真剣だった。

恐怖でも期待でもない。

骨に絡みついた“縋りつく覚悟”だけがそこにあった。


「……お願いします」


「占う前に、少し聞いてほしい話がある。

その上で進めるかどうか、決めるといい」


「……はい」


「これだけは、覚えておきなさい。私が占ったから人生が変わるのではない。

私はただ――“見えてしまったもの”を、口にしているだけだ」



単純な言葉なのに、背筋が凍り、胃の奥がぎゅっと締め付けられた。


「それでも、占ってほしいか?」


雪穂は迷いなく頷いた。


「……はい。その話を聞いて、余計に占いたくなりました」



老婆は水晶なんか見ていなかった。

その視線は、雪穂の顔だけに刺さり続けている。



長い沈黙の後――

老婆の口がゆっくり開いた。



「あなたの未来色は――白です」







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