第1話 若苗獏々 篇 プロローグ

(とうとう明日ね)

若苗わかなえ獏々ももは、カフェの厨房で、料理を詰めるだけになった空のケータリングケースの前に立ち、深呼吸をした。

思い起こせばずいぶん長かった。



ー8年前:大学2年生の獏々ー

ゼミで使う専門書を探しにもう1時間近く本棚を行き来していた。

(ちょっと疲れたからカフェで休もう)

書籍や雑貨、それにカフェバーが併設された店内は居心地が良く、1人でもよく立ち寄る。専門書コーナーを抜けると今月発売のルミライト出版の本と雑誌が紹介されていた。


(使える専門書があるかも)

前にも買ったことがある出版社だと思い出し、立ち止まり眺めたが、今回欲しい本は無かった。すぐ横の棚に同じ出版社の雑誌が並んでいる。


エンタメ系雑誌の表紙に目が止まった。大型新人の見出しとともに巻頭インタビューと書かれた注目の男の子。

(同い年くらいかな。芸能人なんて全然興味ないんだけど、なぜだか分からないけど、この人……んん?)

誰かを見てこんな風に感じたのは初めてだった。

手にとって雑誌を開こうとしたけど、封がしてあり開けられない。

一度書棚へ戻し、眺め直した。

(……んむぅ)

迷ったが気になって仕方がないので、買ってからカフェで封を切った。


開いた最初のページに目が釘付けになった。


大きく写るその横顔、少しクセのある髪。


上級生というだけで、名前も知らないあの時の男の子のよう。すぐ下に名前が印刷されていた。

(新橋夢士しんばしゆめしっていうのね……。私、この人知ってる)


直感でそう感じた。

最近思い出すことは極端に減っていたのに、ときめいたあの頃を思い出した。

獏々は、やっと彼を見つけた。


(諦めなくて良かった)

雑誌で見かけた大型新人。

背が伸び、横顔に面影はあるが、かわいらしかった顔は丹精な大人の男になっていた。喜怒哀楽を表したそれぞれの表情は、素敵だったが、どうしても憂いの感情を拭えない。


(渇望心理ね、満たされない何かを抱えてるんだわ)

雑誌に写る彼が探していた彼かもしれないと思った感覚は、その後の8年間で徐々に確信に変わっていった。


あの晩以降、獏々は、何度か新橋夢士に会いに入った。

目があってるという感覚はあるが会話まではできない。

(いつか会えたらいいのに。でも彼の感情は、荒れた海みたいに大きなうねりがあるわ、まだ人生は波乱万丈なようね)




(とうとう明日よ。どうか彼があの時の男の子でありますように)

今日は、いつもより強く、とても強く願って眠った。



新橋夢士〜夢悪神なんて嫌だ。俺はこんな能力欲しくない

厄介な特殊能力を持つ二重人格の男が運命に逆らい、生き返るまでの2週間

第2話 14日前〜夢士1日目 夢の中https://kakuyomu.jp/my/works/822139839113481725/episodes/822139839115542039

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