ドMメイドに告白されたんだが、なぜか私が押し負けて恋人になってしまった件

氷今日

一章

第1話 ドMメイドは恋人になりたい。

第1話―1

​***


 剣が唸り、魔法が火花を散らす、そんな世界の隅っこに浮かぶ、年中暖かい風が吹き抜けるアノン領。

 その領主館の一室で、私の世界は別の意味で爆発した。

「お嬢様。私と“不純な異性……いえ、同性交遊”を前提に、お付き合いいただけないでしょうか。具体的には、毎晩ベッドの中で二人きり、肌を重ね合わせ――」

 あまりに堂々とした、淀みのない告白。

 聞き手である私――アルラ・アノンが抱いた感想は、驚愕を通り越して「虚無」に近かった。

 まず、なんで?

 そして何より、なんて?

 目の前で完璧なカーテシーを披露しているのは、我がアノン家の誇る至宝、メイドのミルだ。


 身分違い? そんなの今さらだ。それ以上に、私たちは同じ女子である。

 “エッチ”という言葉が持つ毒に当てられたのか、私の思考回路はショート寸前だった。


​「え、ええっと、ミル……? 私たちの関係って主従関係よね? なんで急にそんな……その、破廉恥な話に……」

 ミル。

 背筋を真っ直ぐに伸ばした、黒髪碧眼の麗人。


 幼い頃から私の影となり、日向となり、最も近くで私を支えてくれた、家族以上に大切な存在。

「主従関係だからこそ、です。私はお嬢様と、もう一段階上の親密なステージへと進みたいのです。手を繋ぐ、抱きしめ合う。……いいえ、それでは足りません。もっと粘膜を意識した、深い領域へ」

 声は鈴を転がすように清らかで、真面目そのものだ。

 射抜くような碧の瞳に宿る熱量に、私はたまらず視線を逸らした。


 知っている。彼女は嘘をつかないし、冗談を言って主人を困らせるほど不真面目でもない。

 ――知らない。

 私の知る「ミル」が、こんな情欲を含んだ顔をするなんて。

「というか……なによそれ! あなた、そんなキャラクターじゃなかったわよね!?」

 私が上ずった声で叫んでも、ミルはぴくりとも表情を崩さない。

「申し訳ありません、お嬢様。実は、お嬢様に関する……その、多種多様な『性癖の実験場』のような妄想を、常日頃から」

「妄想って言っちゃったわよ!?」


​「まずは初級編。お嬢様に優しく抱きしめられ、甘い愛の言葉を囁かれる妄想です」


​ ……なるほど。まあ、それなら。

 少女漫画のワンシーンのようなものだ。健全。非常にクリーンだ。


​「そして中級。はだけた衣服を恥じらう私に対し、お嬢様が無理やり――」

「ちょっと! 急にブレーキ壊れたわね!?」

 ミルの陶器のような白い頬に、じわりと林檎のような赤みが差す。

 それは、私の知らない彼女の「女」の部分だった。

「上級は、お嬢様が私熱い蝋を――」

「待ちなさい! なんで段階を踏むごとに倫理がログアウトしていくの!? あと、なんで私が全部『攻める側』前提なのよ!?」


​ 叫ぶ私。けれど、同時に気づいてしまった。

 全力で否定しているはずなのに、私の胸の鼓動は早鐘を打ち、嫌なほど肌が火照っている。

「む……お嬢様は『攻め』派なのですか? もしかして、禁断の薄い本に造詣が? いえ、百合の自覚が芽生えたと!?」

「違うわよ! 読書は好きだけど、それは高尚な教養の範囲内……!」

 墓穴を掘った。これ以上深掘りされれば、領主の娘としての威厳が灰になる。


 私は強引に話を戻した。


​「……ていうかミル。あなた、女の子が好きなの? もしそうなら、別に私にそこまで執着しなくっても……」


​ ミルは、すっと自分の豊かな胸元に手を置いた。

 そして、聖女のような微笑みで断言した。

「好きなのは『女の子』ではありません。アルラお嬢様、あなたでなければダメなのです」


​「……っ」


​「実は昔から、少しばかり刺激の強い恋愛小説や、挿絵が扇情的な写本を嗜むのが趣味でして。それを、配役をお嬢様と私に置き換えて楽しんでおりました」


「ええ……」


​ 本気だ。

 このメイド、全力で私を性的な対象として脳内消費していたのだ。

 でも。

 そう理解した瞬間、私の心臓は今までで一番大きく跳ねた。


 なぜだろう。嫌悪感がない。

 ずっと側にいて、誰よりも私を愛してくれた彼女。その「愛」の形が、思っていたより少しだけ重くて、湿り気を帯びていただけのこと――なのかもしれない。

「……あの、お嬢様。やはり私の身体では不満ですか? 胸ですか? お尻ですか? やはり、お尻の肉付きが淫らすぎますか? でも、ご安心ください。このメイド服を脱げば、私は一転、お嬢様を虜にするスペシャルな肢体を――」

 潤んだ瞳で上目遣いに訴える。

 指先がエプロンの紐にかかり、するりと解ける。

 その仕草が、悔しいほどに色っぽい。

「メイド服は、脱がないで……!」

 反射的に叫んだ言葉に、ミルは「ふふっ」と上品に、けれどいたずらっぽく笑った。

「相変わらず、お好きですね。メイド服」

 綻ぶ表情。完璧な鉄面皮が崩れたその瞬間、あまりの美しさに息が止まった。


 ……ダメだ。ここで流されては。

​ 私は、ミルとの今の関係が大好きなんだ。

 それが無くなるなんて、考えられない。


「ごめん、ミル。付き合うなんて……そんなの、できないわ。だって私たち、友達じゃない」

 せめてもの抵抗。

 けれど、ミルは少しだけ寂しそうに目を伏せた後――


 次の瞬間、さらに深淵のような眼差しで私を見上げた。

「承知いたしました。では、お嬢様。お付き合いが無理でしたら……」

 彼女は一歩、踏み込んでくる。

 南国の熱い風が吹き込み、彼女の髪から甘い花の香りがした。

「エッチなことだけの関係、ということでいかがでしょうか?」

「……え?」


​ どうやら我が家のメイドは、私の想像を絶するほど、筋金入りの「愛の求道者」だったらしい。


◇◇◇◇◇


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