第13話 脳内リプレイ検証

第八章 リプレイ検証


うおっ。心臓が動く。単純に喜ぶ自分を自制する。「いやいや、こちらこそ。悪女、めっちゃよかった。切ない歌」と返すと「いい歌ですよね」といいながら笑顔で座り「じゃあ、『粉雪』、歌ってください!」と言い出す。お、いつものジュークボックス化だと心の中で思う。「『粉雪』って、まだまだ夏の終わりだよ」と突っ込むと笑いながら「こないだレミオロメン、歌ってくれましたよ。オザケンと」と笑いだす。今日は少し酔っているのか、いつもより人懐っこい。「一応、歌いますけど、この歌、のど張り裂けるんで、そのあとなんにも歌えなくなりますからね」と牽制を入れる。「えー。そんなあ」と抗議の声を聞きながら歌いだす。夏の終わりに『粉雪』。

  

この歌は低音から高音の振り幅が大きく、おじさんにはかなり辛い。なんとか振り絞り、声カスカスで歌い終わる。間髪入れず丸の内ちゃんが大きな瞳を見開いて「すごい!よく声出ますよね」と言ってきたので「たぶん高音は完璧には声出てないよ。そんなに歌うまくないんすよ、オレ」と、これまでも何度か交わした会話を続ける。


丸の内ちゃんは「そうかなー。そんなことないと思う」と少しふくれて、「いいんですよ。完璧じゃなくても。私が好きなんだから」と少しはにかみながら微笑む。心の中で(うぎゃ。す、好きって?いった?お、おれのこと?)と衝撃を受ける。すぐに脳内の「冷静なオレ」からリクエストが出され、脳内でリプレイ検証した結果、「オレの歌が好き」もしくは「オレの歌い方が好き」という意味だと判定が覆される。ふぃー。あぶないあぶない。心臓止まる。


そんなオレの悶絶と狼狽をよそに丸の内ちゃんは涼しい顔で「歌、なにがいいですか?」と聞きながら、オレの前にあるデンモクを取る。瞬間、右腕に丸の内ちゃんの左腕が当たる。結構体重がかかる。ドキン。また心臓が鳴る。丸の内ちゃんはそのまま顔を上げこっちをみる。上目遣いに目が合う。破壊力が半端ない。(わざとか?わざとにやってるのか?ナチュラルに、なのか?)心臓がうるさいくらいに警鐘を鳴らす。脳内会議もパニクってて始まらない。


「夏の歌がいいね!」と狼狽を隠しながら、喉の奥から声を出す。「ああ、なるほど」丸の内ちゃんはくっついたまま、デンモクをいじり出す。時折「この歌とか、どう?」と聞いてくる。近い。いい匂いがする。脳が痺れるのがわかる。目を合わすことができず、周りを目が泳ぐ。ふいにゆうきちゃんと目が合う。笑っていない黒目がちな目。その目が俺の心を取り戻す。少し身体を引き体重を逃がす。丸の内ちゃんは少しガクンとなり、「もう」とふくれるが身体は離れる。デンモクを丸の内ちゃんの前に持っていく。身体の右側がまだ熱い。


最近は歌ってほしい歌を聞かれたときに、曲名そのものを言うよりも「こんな歌がいい」って答えて、その人の好みも反映できるような返しがいいのではないかと思ってる。しばらくして丸の内ちゃんは「これにする!」といいつつ、選んだのはあいみょんの「マリーゴールド」。これにも心臓が反応する。最近この歌が好きで、ときどきゆうきちゃんに歌ってもらってる曲。心を読まれているのか?とビビる。


曲が入った時、案の定、ゆうきちゃんと目が合ったので、びっくりしたジェスチャーをしたら、笑い返してくれた。ホッとする。

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