第11話 ビール

第六章 ビール


連日の猛暑が続くなか、繁忙期となり、担当地区周りをしている。明るいうちは地区を周り、暗くなると会社に戻り事務をするという現場&事務生活。食い物はコンビニ飯が主体となり、たまにホットシェフのかつ丼で栄養を補給するという、ヤバめの生活が続く。ちょっとした時にスナックで、会った美人の娘を思い出すこともあるが、日々の暮らしのなかでだんだんと胸の痛みも薄れていった。あれから2ヶ月経っていた。


そんな生活を繰り返して、会社で事務をしていた金曜日。残業後にビールを無性に飲みたくなる。菓子パンを食いながら残業をしていたので、もう21時半を回っている。少し考えて、直接スナックに向かう。スナックはたとえシラフで行ったとしても、変わらず迎え入れてくれる。


重い店の木製ドアを開けると、今日もカラオケが元気にかかっており、右のボックス席は60代くらいのおじおば+若い女子たぶん20代か?という集団。たぶん大学教授と大学生かな。でも高齢者の比率が少し高いような気がする。というよくわからん集団。カウンター席は手前のほうにおじさんが5人くらい座っていて、奥のほうは空いていたので一番奥の席に通される。


お店にはママ、あさみさん、ゆうきちゃん、めぐみさんと4人のスタッフが動き回って忙しそうにしている。いつもゆうきちゃんが、おれのキープボトルのオールドクロウを出してきて、自動的にロックグラスと氷が出てくるので、ボトルを持ってきてくれたゆうきちゃんに「ごめん 最初、ビールちょうだい」と伝える。ゆうきちゃんは「お、めずらしい。まだシラフ?仕事忙しいの?」と笑顔をつくる。まぶしい笑顔をみながらオレは静かにうなずく。ゆうきちゃんは持ってきたボトルを脇に置いて、凍ったビールジョッキを冷凍庫からとりだし、慣れた手つきでビアサーバーから魅惑の琥珀を注ぎだす。


琥珀たちは煌めきながら、凍ったジョッキの内側を滑り降り、ジョッキの底に到達すると我先にと真っ白な泡となる。どんどん滑り降りる琥珀たちは次々と折り重なり、何層ものきめ細かい泡を発生させながら、徐々に嵩を増し、静かな湖面に純白の蓋をする。どこからどうみても完全体のビールが目の前に出てくる。


「おお、ありがと」と言うまもなく、吸い寄せられるように口をつけ、上唇で泡を抑えながら、芳醇な香り立つビールの本体を、のどにぶち込むと筆舌つくしがたい多好感が全身をめぐり、一気に半分ちょっと飲んでしまう。「ぐあうー、効くう」ビールはこの余韻が大事。「いい飲みっぷりだねー」とゆうきちゃん。二口で9割のビールを飲み干してしまったので「もう一杯飲む?」と聞かれ、上唇に泡をつけながら少し考えて「いや、ロックもらうわ」と伝える。


ほどなくオールドクロウのロックが出てくる。ボトルを見ると半分くらい残っており、今日でなくなることもないだろうと安堵する。業後にまっすぐ来たので、財布にはお金があまりなく、心許ない。さすがにオールドクロウのボトルを追加すると、金が足りなくなる可能性がある。


いつもどおりお通しのボンゴ豆を食いながら、鬼滅の刃の映画の話などをゆうきちゃんやあさみさん、ママとして、心地よいクロウの香りに酔う。まだスナックの空気に馴染んでいない感覚だが、時間は23時を回るところ。普段なら地下鉄の最終を気にし出す時間だ。でも今日飲みだしたのは残業後の22時くらいなので、まだまだ酔い足りない。今日は地下鉄は諦めて、歩いて帰ろうと決心をして、深夜コースに舵を切る。ヨーソロー。

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