敵対国の面々も来る

「アンリ国も、このティルナノグのAI技術には大きな関心を寄せております。未来の国力を左右するゲームですから、乗り遅れるわけにはまいりませんでしょう?」

 エレノアは微笑を崩さずに言うが、その言葉には国家間の競争という冷たい響きが滲んでいた。この祝祭の裏にある、剥き出しの国益と野心。彼女はそれを隠そうともしない。ミハエルは、自分の腕に絡みつくエレナの重みと、隣で豪快に酒を煽るマンボーの熱気、そしてエレノアの放つ洗練された棘を感じながら、内心で深く息を吐いた。まるで世界の縮図がこの一点に凝縮されたかのようだ。

「まあ、精々足元を掬われないようにすることだな。こういう場所は、笑顔の裏に一番大きな落とし穴がある」

 ミハエルの忠告とも皮肉ともつかない言葉に、エレノアが

「ご忠告痛み入ります」

 と扇を優雅に揺らした、その時だった。





 広場の向こう側から、空気が変わった。それまで雑多な喧騒に満ちていた空間に、ぴんと張り詰めたような緊張が走る。群衆がモーゼの海割りのように左右に分かれ、道を開けていく。その道の先から現れたのは、これまでのどの国の視察団とも明らかに異質な、威圧感をまとった一団だった。

 先頭を歩むのは、黒鉄の全身鎧に身を固めた騎士たち。その装束はアスタルロサ国のものだ。彼らは一切の装飾を排し、ただひたすらに実用性と冷徹さだけを追求したかのような武骨な出で立ちで、その歩みは寸分の乱れもない。北西の寒冷な大地で常に戦いに明け暮れる彼らの気質が、その姿から滲み出ているようだった。

 それに続くのは、対照的にきらびやかなローブを纏ったルルメールの魔術師団だ。彼らのローブには繊細な魔術文様が刺繍され、手にした杖の先端には高価な魔石が埋め込まれている。北東の魔術大国としての矜持が、その傲岸なまでの佇まいから見て取れた。

 そして、その二つの国の代表団を従えるように、最後に現れたのが、この星で最大の版図を誇るカイアス王国の女王、アイ=コウシャクレイジョウ=セイジョ=カイアスとその一行だった。

「うへぇ……出たぜ、面積だけ大きくて戦力俺たちの足元に及ばないからって転生野郎どもをおだてて使い捨ての傭兵としてこきつかってる大ボスが」

 フレデリックが面白くなさそうに呟く。

 女王アイは、純白のドレスに金の刺繍が施された、神々しいとさえ言える衣装を身にまとっていた。しかし、その顔に浮かぶ表情は、聖女の名には程遠い。冷たく、計算高く、そして底知れない支配欲に満ちている。

 彼女の視線が、人混みの中から的確にミハエルを捉えた。

 その瞳に宿るのは、あからさまな敵意と侮蔑。まるで、自分の庭に紛れ込んだ害虫を見るかのような、凶悪な視線だった。この平和な祭りの雰囲気を一瞬で凍てつかせるほどの、強烈な憎悪。

「……あらまあ」

 サリサが面白そうに喉を鳴らす。隣のフィオラは興味なさそうに欠伸をしたが、その赤い瞳の奥には冷たい光が宿っていた。

 だが、その視線を一身に受けたミハエル本人は、まるで何も感じていないかのように、全く意に介さなかった。彼は視線を合わせることもせず、ただ、エレナがしがみついている自分の腕を軽く揺すり、

「ちょっと、エレナ嬢。そろそろ腕が痺れてきたんだが」

 と、間の抜けたことを言うだけだった。その徹底した無視は、どんな罵詈雑言よりも雄弁に、女王アイへの侮蔑を示していた。女王の眉がぴくりと動き、その美しい顔が屈辱に歪むのが遠目にも分かった。

 その張り詰めた空気を破るように、広場に新たな変化が訪れた。今度は、空からではない。地面に突如として巨大な魔法陣が展開し、そこから眩い光とともに大量の水が噴き上がったのだ。水は空中で優雅なドームを形成し、その中から、濡れたように艶めかしい青い甲冑を纏った騎士たちが姿を現した。

「海底国家マリーローズの方々ですね。相変わらず、派手な登場をなさる」

 アリウスが感心したように呟く。人魚族の騎士団は、その独特な体躯で地上を滑るように進み、その中心には、真珠と珊瑚で飾られた玉座に座る女王がいた。彼女はミハエルたちを一瞥すると、軽く会釈だけして通り過ぎていった。敵でも味方でもない、中立の立場を明確に示す動きだった。

 間髪入れず、今度は南東の方角から、駱駝に似た奇妙な獣に乗った一団がやってきた。砂漠の民らしい軽装の騎士たちと、豪奢なターバンを巻いた王。星の南東に位置する貿易国家エル・コルネの一行だ。彼らは商売人らしく、愛想よく周囲に手を振りながら、値踏みするように最新のAI技術の展示を眺めている。

 そして、その日の最後を飾るように、空が巨大な影で覆われた。誰もが思わず天を仰ぐ。そこには、一隻や二隻ではない、数十隻からなる巨大な飛行船団が、壮麗な編隊を組んで浮かんでいた。船体にはヴァーレンス王国との友好の証である紋章と、飛行船のプロペラをかたどったファブリス諸島の紋章が並んで描かれている。

「へえ、壮観じゃないか」

 フレデリックが口笛を吹く。飛行船の技術において、この星の最先端を走るファブリス諸島。彼らの参加は、この祭りが名実ともに全世界的なイベントであることを決定づけた。

 ミハエルは、腕を組んだまま、静かにその光景を眺めていた。北の軍事国家、東の魔術大国、中央の覇権国家。そして海底と砂漠の民、空の支配者。かつてティルナノグで共に戦った仲間たちと、新たに対峙するであろう敵対者たち。この小さな浮遊大陸の上に、今、星の全ての主要なプレイヤーが出揃ったのだ。

「……面白い。実に、面白い」

 ミハエルの唇に、冷たい笑みが浮かんだ。

「ただの祭り見物で終わるには、役者が揃いすぎているじゃないか」

 彼の呟きは、これから始まるであろう、新たな狂騒の序曲のように、賑やかなテーマパークの喧騒の中へと静かに溶けていった。

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