エロゲ世界に悪役転生~俺がヒロインたちを攻略する~

桜路々

第1話 悪役転生

「あっ……おっ……」




 目の前の丸みを帯びた尻に腰を打ち付ける。これで8回目だ。


 やがて、この部屋の扉が蹴り開かれる。赤髪のその男はこの部屋の惨状を見て、激怒した。


 俺はその激怒すら心地よいと嘲笑った。




「ディーベルド、何故だっ!」


「この平民が俺に無礼を働いたのでな、少し躾けてやったのさ」


「お前を、殺す!」


「殺す?平民の貴様が侯爵家の俺を?できるものならやってみろ」




 激情のままに剣を引き抜く赤髪の男、しかし、その剣を引き抜く前に、パチンとした音とともに身体が斜めにズレた。肩から、斜めにずり落ちた。


 俺は血を浴びながら、雑魚を笑う。




(ないわぁ。これって、蒼剣のラグセスナの最悪のイベントのひとつじゃないか。しかも、俺が悪役のディーベルドの視点って。ないわな)




 これは夢だろう。こんなに実感のある夢は初めてだけれど、こういうこともあるのか。


 俺は目を覚ました。




 目を覚ましたら、知らない天蓋があった。……天蓋付きのベッドなんて豪奢なもので寝た覚えがないぞ。一気に頭が覚醒した。どういう状況だ。ベッドの脇に水差しと杯がある。水を注いだ。呷った。




 手がやたらと白い。……まるで人種が異なるように。おいおい。部屋の中を見渡すと、姿鏡があった。目の前に行くと、金髪の整った顔立ちはしているが、どこか軽薄そうな男の姿が映し出された。くそダサい赤いガウンを着こんでいる。試しに手を振ってみる。はーい。鏡の男も手を振っている。俺だ。


 これ、ディーベルドじゃね?うん、ディーベルドだよ。これ。




「ええぇー」




 意味不明な状況に思わず声が漏れた。今が夢?


 部屋がノックされた。




「失礼します」


「どうぞ」


「え!?」




 入ってきたメイドは驚いた顔をしている。銀髪で蒼い瞳、整った顔をしているが無感情にも見える。何がそんなに驚いているのか。聞いてみるか。




「なんでそんなに驚いているの?」


「いえ、ディーベルド様がどうぞなんておっしゃるから……いつもは入れとかさっさとしろなのに……」


「ああー」




 ディーベルドならそういうだろう。そういうクズだ。さて、どうするべきか。これは夢だと決めつけるのは怖い。こんなリアルな夢を見たことはない。記憶喪失のディーベルドを演じてみるか。俺はディーベルドのことを何も知らない。血筋を鼻にかけた、悪役ってくらいだ。家族構成すら知らない。




「君?名前は?」


「……シャーリーです。大丈夫ですか?」


「ちょっと記憶が吹っ飛んでいるけど大丈夫。シャーリーそれ俺の着替えだよね。ありがとう」


「全然大丈夫じゃないです」




 俺は着替えを受け取ると、シャーリーに背中を向けて、着替える。ガウンをはだけて。制服を着こむ。なんだ?この首周りの金のひもはどうつけるの?




「失礼します」




 有能メイドがささっと、首の飾り紐をつけてくれる。それそこにつけるものなのか。




「あの、お医者様に見ていただいた方がよろしいのでは?」


「学園から帰ってきたら見てもらうようにするよ。今から学園でしょ。今日は何の日?」


「……入学式ですよ」




 入学式のイベントなら頭に入っている。攻略ヒロインの生徒会長の話を聞いて、ディーベルドに絡まれるイベントだ。ディーベルドである俺が絡むつもりもないのだから、まったく問題ない。生徒会長の話を聞くだけの日だ。




「なら、なんとかなるでしょ。ちょっといってくるわ」


「ええぇ」




 さっきからシャーリーがドン引きだけどまあ、何とかなるだろ。


 悪役のディーベルドだけど、血筋はいいし、ルートによってはラスボスになるくらい強いし、まだ問題らしい問題は、ああー、幼馴染との関係は最悪だけど、まあ、気にしないでおこう。


 いざ、行かん。




 行って早速後悔しかけている。ディーベルド君の評判が非常に悪い。




「あれが傲慢の……」「し、聞こえるぞ」「服を汚したって、パーティーの場で泣かせながら謝罪させたらしい」「そんなことを」「侯爵家だぞ、敵に回すわけにはいかない」「ああ、目を付けられないようにしよう」




 泣かせるまで追い込んだらいけないでしょ。怖えよ。ディーベルド君。今は俺だけど。


 こんな針の筵に居続けないといけないのか。この入学式は自由席らしく周りがぽっかりと穴が開いている。


 まあ、この身体が行ったことのせいだ。妥協しよう。




 そんなことを考えていると、隣に青髪の女の子が座った。小さな身体。透き通るんじゃないかと思うくらい細い手足、眠たげに細められた瞳。パッケージヒロインのステラさんだ。ステラさんは我が道を行くところがあるから。あ、席が空いているラッキーって座っちゃったんだろうな。




「こんにちは」


「……こんにちは」




 おや、反応が鈍いな。本当に眠たいらしい。そうか、時期的に母親の死病の治療法を探している時期か。それで徹夜続きなのかもしれない。どうせ話を聞くだけの日だ。好きに寝かせてあげよう。


 俺はヒロインが隣にいてくれて、テンションがあがった。


 ステラはもう目を閉じて静かな寝息をたてている。




 入学式が始まる直前、入り口のドアが勢いよく開かれた。


赤いツンツン髪の男が入ってくる。続いて、茶髪の女の子と、金髪の女の子。


 大きく心臓が鼓動した。そこには俺にとって因縁深い人が二人いる。




 ひとりは金髪の女の子。金色の髪を腰まで垂らして、蒼い鋭い目つきをしている。リーゼイン。俺の幼馴染だ。俺、というかディーベルドの傲慢な性格が受け入れられず、悩んでいたところを主人公と友達になった経緯がある。




 もうひとりは、主人公。赤髪の方だ。夢で見た通り、ストーリー中では、殺したり、殺されたりする関係である。100%ディーベルドが悪い。




「よかった!間に合った」


「ぎりぎりでだよ。朝ちゃんと起こしたのに!」


「すまんすまん。日差しがあんまりにも気持ちよくてボーっとしていた」


「もうレイドはいっつもそう」




 レイドはきょろきょろと辺りを見回して開いている席を探した。俺を見つけてすっごい嫌な顔をした。すんません。結局最前列の開いている席に2人で座った。リーゼインは新入生代表の挨拶があるのだろう。舞台脇へと移動する。




 めちゃくちゃ嫌われているな俺。ディーベルドとレイドの因縁は学園の前から始まっている。幼馴染で婚約者候補のリーゼインを諦められないディーベルドとリーゼインを守ろうとするレイド。度々衝突をしている。




 しばらくして、生徒会長が壇上に上がる。ヒロインのサクラさんだ。外国から来てこの国で爵位を持った一族で、ありていに言って日本人ぽい。和風美少女のサクラさんが入学式の挨拶と歓迎の言葉を述べる。




 それを受けてリーゼインが新入生代表として挨拶をする。


 流石リーゼインそつがない。




 入学式が終わり皆が移動する。俺はステラの背中を揺すった。




「……ん」


「おーい、入学式が終わったぞ。帰ろう」


「……うん」




 ステラがぼんやりと返事をした。




 俺がディーベルドに転生した意味なんてあるのだろうか。少なくとも俺にはディーベルドらしい行動をすることができないだろう。良心が痛むだろうし。




「なら、俺は俺のやりたいように生きさせてもらおうかな」


◆ お知らせ 新作です。

「『異世界救済スタンプラリー 〜相棒の天使がちょいポンコツでした〜」

死にかけた少年が生き返るために相棒の天使と異世界を救う物語です。

https://kakuyomu.jp/works/822139839528452238


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