第8話 帰り道、商店街で

「ふ~、たくさん採れましたね!」


 さんざん野山を歩き回ったというのに、疲れを見せないひよりさん。

 最寄り駅のホームを歩く足取りは軽やかだ。


「きのこが十種類以上に山菜と……カエル。確かに大漁だね」


 僕たちのバックパックには、ぎっしりと野食材が詰まっている。

 最後のたんぱく質が少々ワイルドだけど。


「アパートに帰る前に、スーパーに寄っていこうか」


「はいっ!」


 改札を出て、左手の方向に向かう。

 そこには昔ながらの商店街があり、中央部に中規模のスーパーがある。


「あそこのスーパーは、スパイスが充実しているんだよ。ジビエを美味しく食べるにはスパイスが大事だからね」


「ふむふむ」


 興味深げに頷くひよりさん。

 僕も足しげく通うスーパーは店長が昔インドで修行していたとかで、変わった食材やスパイスが充実している。


「なるほど……匂いがきつい系の毒もスパイスを駆使すれば誤魔化すことが出来ると」


 相変わらずヤバいことをメモするひよりさんに苦笑しながら、『藤が丘商店街』と書かれたアーチをくぐる。


「「いらっしゃい! 安いよ!」」


 藤が丘商店街は今どき珍しい活気のある商店街で、両側には八百屋さんや魚屋さん、肉屋さんが軒を連ねている。


「お、ひよりちゃん! ズッキーニにフキノトウ、入荷してるぜ!」


 八百屋のおじさんが、さっそくひよりさんに声をかける。


「わあ、ありがとうございます! (有毒料理の)勉強をしている時、(毒が含まれた)苦みが欲しくなるんですよ」


 ひよりさんの独白が、言葉の合間に聞こえる気がする。


「ははは、ひよりちゃんは感心だねぇ!」


「ウチはオコゼが入荷したよ! あと大きな声では言えないけどムツ類も……」


「あ、それいただきます! うふふ、トゲトゲ(に含まれる毒)が素敵ですね」


「ふふ、ひよりは若いのにいろんな魚を食べてくれるから好きさね!」


「はい、いつもありがとうございます!」


 嬉々として買い物を始めるひよりさん。

 少々調理に注意が必要な食材を、どんどん買い集めていく。

 この街に引っ越してからまだ二週間ちょいのハズだが、すっかり商店街の人たちと顔見知りのようだ。


「ひよりちゃん、頼まれていたビワ持って来たよ。いつも庭掃除を手伝ってくれてありがとうねぇ」


「こちらこそありがとうございます! 出来ればビワを種から育ててみたくて……」


 近所のお婆さんから庭に成っていたとおぼしきビワの実を受け取るひよりさん。間違いなく彼女の目当てはビワの種に含まれる毒成分だろう。

 結構ヤバい代物(青酸化合物)なので、後でさりげなく注意しておこう。


「ひよりさん、今日はきのこパーティだからほどほどにね」


 このままじゃ、スーパーに行くまでに大量の食材を買い込んでしまいそうだ。

 そう思った僕は、ひよりさんに声をかける。


「ああっ、そうでした。(毒性のある)食材が沢山あるから嬉しくなっちゃって。てへっ」


 ぺろっ、と桜色の舌を出すひよりさん。

 ……なにこれ? 可愛いのランドマークだろうか?


「お? いつも間にか涼坊もひよりちゃんと知り合いだったのかよ。隅に置けないぜ!」


 ひよりさんが僕にあざと可愛いポーズを向けたせいか、八百屋のおっちゃんに絡まれてしまった。


「い、いえいえ。ひより……望月さんはお隣なだけですよ」


「ふふ~ん、ただのお隣さんときのこパーティ? しかも休みの日に……怪しいねぇ(にやにや)」


 しまった、魚屋のおばちゃんまでやって来た。絶対勘違いされている。


「あ、いやその、望月さん?」


 わたしはまだ学生ですから。食費を浮かせるためにお願いしているんです。

 そんな弁明を期待して、ひよりさんに視線で助けを求めたのだが……。


「ぷく~っ」


 なぜか彼女は頬を膨らませていた。


「……わたしと涼くんは晩ごはんを作り合う仲ですから」


「ひよりさん!?」


「「おおおおおおおっ!?」」


 彼女の爆弾発言に、しばらくおっちゃんたちから質問攻めにあのだった。



 ***  ***


「あはは、楽しかったですね」


「まったく」


 商店街の気ぶりオジオバからようやく解放され、各種スパイスを買い終えた僕たちは自宅アパートへ向かっていた。

 既に時刻は18時過ぎ。下ごしらえを考えると少し晩ごはんは遅くなるかもしれない。


「……あ」


 その時、買い物袋を持ったひよりさんが足を止める。

 駅前通り沿いにある、紳士服のお店。

 その店頭には、「父の日フェア」と書かれた幟が少しひんやりとした夜風にたなびいていた。


(そっか、ひよりさんは)


 何年前、なのかは知らないけど、贈るべき父親をもう持たないひよりさん。

 寂しげな瞳の奥が、僅かに揺れる。


「……僕も最後に贈ったのは5年以上前かな。もういまは、ね」


「……えっ!」


 ひよりさんの驚いた声。

 こちらを振り向いた彼女の眼は、大きく見開かれている。


「でもさ、今は寂しくないよ……楽しいお隣さんがいるから」


 ふいにこみあげてきた涙と、苦い想いをごまかすために歩き出す。

 ……少し恥ずかしいセリフを言ってしまったかもしれない。


「ふふっ、わたしもです」


 僕の耳に届くか届かないか。囁くような声が風に乗って聞こえて来た。


 たたっ、ぴと


 次の瞬間、駆け寄って来たひよりさんの手の甲が、僕の手に触れる。


 どきん


 両手に買い物袋を持っているせいで手を繋ぐところまではいかなかったけれど、

 確かな温もりが、はっきりと記憶に残った。

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