異世界転生したのにスマホの電波が繋がってる件。魔王城の裏から配信してスパチャで武器を買ってたら、いつの間にか地球で伝説の配信者になっていた
第1話:【初配信】気づいたらダンジョンにいたので配信してみる【脱出】
異世界転生したのにスマホの電波が繋がってる件。魔王城の裏から配信してスパチャで武器を買ってたら、いつの間にか地球で伝説の配信者になっていた
かしおり
第1章:底辺配信者、異世界でバズる
第1話:【初配信】気づいたらダンジョンにいたので配信してみる【脱出】
背中が冷たい。
それも、布団が剥がれたときの寒さじゃない。冷蔵庫の中に放り込まれたような、芯まで凍えるような冷気だ。
「……う、ぅ……」
俺、佐藤アキラは重い
見慣れた天井――アパートの薄汚れたクロスの模様――があるはずだった。
だが、目に飛び込んできたのは「石」だ。
湿気を帯びた灰色の岩肌が、どこまでも続いている。
鼻をつくのは、カビと腐った水が混じったような
「……は?」
飛び起きた。
布団がない。俺は硬い石畳の上に、スウェット上下という無防備な姿で転がっていた。
周囲を見渡す。暗い。とにかく暗い。
唯一の光源は、壁の所々に生えているボンヤリと光る
「ここ、どこだ? 誘拐? ドッキリ?」
寝起きで回転の鈍い頭を振る。
昨日は確か、バイトから帰って、コンビニ弁当を食って、配信のネタが思いつかずにふて寝したはずだ。
酒は飲んでない。薬もやってない。
ズボンのポケットを探る。
硬質な感触。俺の命綱、スマートフォンだ。
「頼む、繋がってくれ……!」
祈るような気持ちで画面を点灯させる。
眩しい光に目を細めながら、俺はステータスバーを凝視した。
時刻は午前2時14分。バッテリー残量は78%。
そして、電波状況。
「……は?」
そこには見慣れた「4G」や「5G」の文字はなかった。
代わりに表示されていたのは、見たこともない黄金色のアンテナマーク。
しかも、バリ3だ。
「なんだよこれ……圏外じゃないのか?」
震える指で『110』をタップする。
発信音は鳴らない。
『通話機能は現在利用できません』という無機質なポップアップが出るだけだ。
LINEもダメ、ブラウザで検索しようとしても「サーバーが見つかりません」と弾かれる。
「詰んだ……」
膝から崩れ落ちそうになった時、ふと指先が一つのアイコンの上で止まった。
俺が普段、底辺配信者として活動している動画配信アプリ『D-Tube』。
なぜか、そのアイコンだけが微かに明滅しているように見えた。
ダメ元だ。俺はアイコンをタップした。
――起動した。
「マジか……!」
トップページが表示される。
オススメ動画には『勇者パーティ、魔王城突入!』とか『聖女のモーニングルーティン』とか、ふざけたタイトルのサムネが並んでいる。
バグか? それともアプリの大型アップデートか?
そんなことはどうでもいい。
俺は震える手で、画面下部の『配信開始』ボタンを押した。
タイトル入力欄が出る。
いつもなら「【初見歓迎】深夜の雑談枠」とか入れるところだが、今はそれどころじゃない。
『【初配信】気づいたらダンジョンにいたので配信してみる【脱出】』
カテゴリは……もう『アウトドア』でいいや。
俺は「配信スタート」をタップした。
◇
『ON AIR』の赤いランプが画面隅に灯る。
インカメラに、青ざめた自分の顔が映し出された。
「あー、あー、テステス。誰か、誰か見てますか?」
俺は暗闇に向かって、あるいは画面の向こうの誰かに向かって呼びかけた。
現在の視聴者数(同接):0人。
当たり前だ。俺のチャンネル登録者数は、親友と親を含めても12人しかいない。
深夜2時にいきなり配信を始めて、人が来るはずがない。
「頼む、誰か来てくれ……! ここがどこか教えてくれ!」
孤独と恐怖で、声が裏返る。
石造りの通路を、スマホのライトを頼りに歩き始めた。
カツン、カツンと自分の足音がやけに大きく響く。
5分ほど歩いただろうか。
同接の数字が『0』から『1』に変わった。
「!」
誰か来た!
俺は画面に食らいつくように叫んだ。
「おい! 見てる人! 頼む、コメントしてくれ! ここがどこか分からないんだ!」
コメント欄に、最初の文字が流れる。
名無しの視聴者A:
『うわ、セット凝ってるなー』
「セットじゃねえよ! マジなんだよ!」
名無しの視聴者B:
『画質良すぎw 4Kカメラ?』
名無しの視聴者A:
『心霊スポット凸? 雰囲気出てるね』
同接が3人、5人と増えていく。
どうやら、タイトルとサムネの「ガチ感」に釣られた深夜のネットサーファーたちが迷い込んできたらしい。
「ドッキリじゃないんだ! 寝て起きたらここにいたんだよ! 壁も床も、発泡スチロールじゃねえぞ!」
俺は証明するために、壁を拳で叩いた。
ゴッ、と鈍く硬い音が響き、手首に痛みが走る。
名無しの視聴者C:
『音リアルだな』
名無しの視聴者D:
『演技うまいじゃん。劇団員?』
名無しの視聴者B:
『つーか、そこどこよ? 日本?』
「それが分かんねえから聞いてんだよ!」
半泣きになりながらも、俺は歩き続けた。
コメントに反応してもらえるだけで、少しだけ理性を保てる気がした。
ネットの向こうには「日常」がある。それが今の俺にとって唯一の救いだった。
その時だ。
――グルルルゥ……。
風の音とは違う、低く湿った唸り声が響いた。
「ひッ……」
足が止まる。
コメント欄も一瞬止まった。
名無しの視聴者A:
『今の音なに?』
名無しの視聴者C:
『犬?』
名無しの視聴者E:
『なんか奥に光ってない?』
スマホのライトを、通路の奥に向ける。
闇の底から、二つの黄色い光が浮かび上がっていた。
そして、それがゆっくりと近づいてくる。
身長は小学生くらい。
だが、肌は泥のような緑色。
腰には汚い布切れを巻き、手には錆びついた
口からは黄色い牙が突き出し、ダラダラとよだれを垂らしていた。
「う、嘘だろ……」
ゴブリン。
ゲームや漫画で嫌というほど見た、雑魚モンスターの代名詞。
だが、実物は画面越しに見るような愛嬌なんて欠片もなかった。
腐肉のような悪臭が鼻をつく。殺意のこもった濁った瞳が、俺を「餌」として品定めしている。
「ギャアアアアゥッ!!」
ゴブリンが叫び声を上げ、地面を蹴った。
「うわああああああっ!!」
俺は脱兎のごとく駆け出した。
配信の画角なんて気にしてられない。画面が激しく揺れ、俺の荒い息遣いだけがマイクに乗る。
名無しの視聴者A:
『えっ』
名無しの視聴者D:
『今の着ぐるみ? にしては動きが……』
名無しの視聴者B:
『逃げろ! マジでヤバイやつだろアレ!』
名無しの視聴者F:
『演出だろw』
名無しの視聴者A:
『いや、演出にしては主の顔がガチすぎる』
コメント欄が加速する。
同接が一気に30人を超えた。
だが、そんなことを喜んでいる余裕はない。
「ハァッ、ハァッ、あいつ、足速ぇ……!」
後ろを振り返る余裕はないが、ペタペタという素足が石畳を叩く音がすぐ背後まで迫っているのが分かる。
鉈が空を切る音が聞こえた気がした。
角を曲がる。
直線を走る。
また角を曲がる。
そして――絶望が待っていた。
「行き止まり……!?」
目の前には、崩落した岩が通路を塞いでいた。
慌てて振り返る。
退路は既に、緑色の小鬼によって断たれていた。
「ギヒッ、ギヒヒヒッ!」
ゴブリンが錆びた鉈を舌で舐めながら、ゆっくりと近づいてくる。
俺は壁に背中を押し付けた。
膝が笑って力が入らない。
「誰か……誰か助けてくれ……!」
俺はスマホを盾にするように前に突き出した。
画面の中では、視聴者たちが騒然としている。
名無しの視聴者B:
『後ろがない!』
名無しの視聴者G:
『警察呼べよ!』
名無しの視聴者D:
『これマジで放送事故になるぞ』
名無しの視聴者H:
『死ぬな!』
死ぬ。
本当に、こんな訳の分からない場所で、訳の分からない化け物に食われて死ぬのか?
俺の人生、なんだったんだよ。
登録者数12人のまま、誰にも知られずに終わるのかよ。
ゴブリンが跳躍の構えをとった。
俺は反射的に目を瞑り、スマホを握りしめた。
その瞬間。
ピロンッ♪
間の抜けた通知音が、緊迫した場に響き渡った。
俺は思わず目を開けた。
ゴブリンも「あ?」という顔で動きを止めている。
スマホの画面に、配信画面を覆い隠すように巨大なポップアップが表示されていた。
それは、俺の運命を変える通知だった。
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「……は?」
ゴブリンが再び、喉を鳴らして飛びかかってくる。
その切っ先が俺の喉元に迫るコンマ数秒前。
俺の指は、生き残るために本能的に画面をタップしていた。
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