第30話:魔法の誘拐
「なぜでしょう」
「もっと詳しくお話しましょうか。一等星位の龍狩り、白き雷光のラヴァンがカラグィの第六層から見つかったのです。それも生きている状態で」
「それは、ありえないことです」
ルパラギの言葉は頑なだった。ルパラギの中でラヴァンという人間は死んでいるのだとアイシャは直感的に思った。
自分たちはラヴァンの生存を知っている。しかし、ルパラギは何も知らない。
ラヴァンの話では、ラヴァンとルパラギはラヴァンが意識を失う寸前まで会話をしていたのだという。それを思うと、さっきまでのルパラギの心の静けさは少しだけ怖さを感じさせた。長命の人類種特有の諦観の受容。冷たい石を飲み込むことにすっかり慣れきってしまった人。
「本当のことです。宇宙人類戸籍に登録されているラヴァンのデータと、第六層で発見されたラヴァンのデータは完全に一致します」
「本当にラヴァンが生きているというのですか。ラヴァンは、最後に大きな傷を受けました。とても生きているとは……」
「生きていたのです。イヅーカムの槍を受けて」
その言葉を聞いて、ルパラギは一瞬動きを止めた。そして四つの目がすう、とエレナを見た。
「イヅーカムが出現したことについて、地球に知られているとは思いませんでした」
「ええ。私も半信半疑でしたよ」
「そうですか……どうぞ、続けてください。エレナCEO。あなたは多くをご存知のようです」
「ラヴァンはイヅーカムの槍を受けてから、カラグィにかけた保護魔法によって休眠状態に入っていたのでしょう。胸に槍を受けていましたが、それも取り除きました」
ルパラギは俯けていた顔をあげ、そして言った。
「イヅーカムの槍を? あれは宇宙の中でも取り扱いが困難な素材の一つです。ましてや生物に刺さった状態のものを安全に取り除くことは、特級の防性魔法の使い手でも難しい」
「それをやってのけたのがアイシャですよ」とエレナは言った。「それでは、入ってきてもらおうか」
エレナが指を弾く。魔法に対する符牒のひとつだ。その音を合図としたように、扉が開いた。ラヴァンは堂々とした歩みで室内へと入ってきた。そしてルパラギを見て、わずかに微笑んだ。
「給仕が出た後とはいえ、鍵はかけた方がいい」とラヴァンは言った。「何せ、これから私とおまえ、二人分の秘密が明らかになるらしい」
ルパラギはしばらくの間、静止したまま動かなかった。まるで絵画の中にいる人のように、ルパラギはまったく身動きを取らなかった。
ラヴァンはルパラギのその様子を見た上で、適当な椅子を選び、腰掛けた。
「ラヴァン、本当に……あなたなのですか」
ルパラギはようやく声を発した。掠れた声だった。声を出すのも辛いような、そんな気配があった。
「私だ、ルパラギ。この通り、胸に槍を受けた。中々の勲章だろう?」
ラヴァンは朗らかに言うと、何重にも貼られたテープで応急処置を受けたパイロスーツの胸元に手をやった。ラヴァンのパイロスーツはぼろぼろだった。そこら中に応急処置のテープが貼られており、傷も目立つ。アイシャのスーツのぼろぼろ具合とはまるで違う。使い込まれた戦士の装束だった。
「ご無事で何よりです、一等星位ラヴァン」とルパラギは言った。
「感動の再会には早いみたいだ。まずはエレナの話を聞こう」
ラヴァンはそう言うと、椅子の向きをエレナの方に向けた。ルパラギも同様にそうした。
感情として、ルパラギはラヴァンに言いたいことがたくさんあるのだろう。しかしそれは今ではない。このありえない現実を作り上げたエレナの話を聞かなければならない。
「ありがとう、ラヴァン。ルパラギ理事も申し訳ない。驚かせるような真似をしました」
エレナは言い、小さく頭を下げた。
「ルパラギ理事。あなた方が定期的に龍洞を探索し、何かを探しているのは知っていました。素材はすべて提供してくださっていたので、誰もあなた方の行動を疑わなかった。あなた方は変動が起こると必ず最初に探索した。最初は私も安全確認のためだと思っていました。もちろん、その意味もあるでしょう。ルパラギ理事、あなたは大変な人類愛者です。特に、新興人類文明の人々に危害が及ぶことを一番に恐れている」
エレナはそう述べると、休憩のように紅茶を一口飲んだ。茶器の擦れるわずかな音だけが室内に響いた。
空気は張り詰めて、熱された鋼の線がそこらじゅうに張り巡らされているような気配があった。誰も、身動きが取れない。エレナが醸し出す空気感は、身じろぎすらも許さない。
「あなた方は誰よりも早く探し出したいものがあった。二〇年をかけて、それを探し続けた。その正体はカラグィとの戦闘にて、イヅーカムの槍を受けてから消息を絶ったラヴァンなのではないのですか?」
エレナは尋ねた。尋ねるというよりも、確認のような発言だった。
「彼女は我々と共に戦った盟友とも呼べる存在です」
ルパラギは言った。声は弱かったが、芯が通っていた。
「たとえ生きてはいなくても、何か痕跡だけでも探し出したいと思うのは不思議なことでしょうか」
「その点について異論はありません。人類共通の、正しい反応だと思います。ただ、私はあなた方が我々に隠し事をしているのではないかと考えているのです」
「隠し事、ですか」
ルパラギは言った。とぼけるような仕草ではなく、心からの声という雰囲気で。
「そうです。あなた方がいかにして地球人類に干渉してきたのか、という事実にまつわる隠し事です」
エレナは言った。
「我々はラヴァンのDNA鑑定を行いました。その結果、驚くべきことにラヴァンのDNAの由来は六千年前の地球にあった。その後も断続的に、地球人類の痕跡がラヴァンのDNAから発見されました」
エレナの言葉に、ルパラギは何も言わなかった。その姿は何も知らない人のようにも見えたし、すべてを知りながら、この告発に耐え忍ぶ人のようにも見えた。
「地球で魔法が使えるようになったのは、二〇年前のことです。地球人類の多くは、あなた方、始原人類文明が魔法的な手法によってそれを実現したのだと考えていました。ですが、本当は違うのではないのでしょうか?」
この場は、ただの話し合いの場ではないことがアイシャには分かった。
エレナとルパラギの間には、見えない剣戟がある。
アイシャはコロッセオでの剣闘士の戦いを夢想した。二人の剣闘士がじりじりと間合いを図っている。そして、一撃、一撃が重く振り翳される。二人の剣闘士は、一歩間違えれば首を落とされるような一撃を、何度も凌ぎ、そして剣を振るう。
二〇年前、突然にして龍と遭遇し、魔法が使えるようになった地球。
同じく二〇年前、突然地球に現れ、地球に魔法を教え、龍との戦い方を教えたルパラギ。
目には見えない戦いが行われている。アイシャは自分の首筋につ、と汗が伝うのが分かった。エレナがずっと考え続けていたという仮説。その答えが、きっと明かされる。
真実が何か、アイシャには分からない。それでも、この話を聞き逃してはならないことだけは分かる。
「もしそれが違うというのであれば、我々がどうしたというのでしょうか」
ルパラギはあくまで冷静だった。冷静というより、巨大な樹木が目の前にあるような静けさと、存在感があった。
七〇億年生きた人。ルパラギは今、何を思い、何を考えているのだろうか。アイシャには分からなかった。ルパラギの思考は樹木に茂る葉のように、数えきれないほど膨大で、重なり合い、複雑な構造を成しているように思えた。
「私の仮説では、あなた方は地球から魔法の適性がある人間を宇宙へと攫っていたと考えています。それも一度ではなく、複数回に及ぶ頻度で」
誰も、口を開かなかった。静まり返った室内で、アイシャのオレンジジュースのグラスの表面の雫だけがするりと動き、テーブルに水たまりを作った。
「人類の誘拐は、宇宙法で厳しく取り締まられているとあなた方はよく知っているはずです。始原人類文明から、新興人類文明への過度の干渉は禁止されている。私もそれなりに宇宙法を調べましたが、これは厳格な法として記されている……ですがこれが正しいのであれば、あなた方は地球に対して過度な干渉を行ったことになる。ルパラギ理事。あなたはあえて地球から魔法が発展する芽を摘み取った。魔法がない文明がどのように発展するか、そのような実験を名目に、地球から人攫いをしていたのではないですか?」
エレナの言葉は、静まり返ったフロアに染み込むように広がっていった。そんなことがあるのだろうか、とアイシャは思った。
地球で魔法の芽が出る度に、それを摘み取る? しかも誘拐という手段で?
そもそも、地球人類が元々魔法を使えたなんて、信じられない話だった。アイシャはもちろん魔法を使える世代の生まれで、魔法には親しみがある。だが、そうでない時代の方が地球はずっと長かった。それは確かな事実だった。
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