第22話:光の解体



「ふー……上手くいってね。フルスクラッチで作ったばっかりだけど、大丈夫……」

 白い槍を両手で握る。バチバチと槍と自身の障壁が干渉し、空電が弾けた。それでも、槍を掴むことができた。


「対照魔法で、焼き切る──コード:〈光の解体スーリヤ〉」

 槍の術式に介入する。複雑な術式がアイシャの中に流れ込んでくる。槍を取り巻くいくつもの術式を解除していく。表面の結界、解除。その下は少し弱い。こちらの力で焼き切れる。そしてその下、〈崩壊〉。これは〈光の解体〉で難なく突破した。ひたすらにこれを続ける。槍の防壁ともいえるような術式をすべて破壊するまで、根気強く。

 ばちばち、と激しい音と光が龍洞に響いた。槍の無力化まで、どのくらい時間が経ったかアイシャには分からなかった。とにかく長い時間がかかった。アイシャの額からは汗が滴り落ちていた。パイロスーツの温度調整機能がなければ、今頃アイシャの体中は汗だくだったに違いない。

 膨大な魔力の使用によって、アイシャの足は小さく震えていた。虚脱感が強い。それでも、解除は終わった。あとは引き抜くだけだ。


「全身を、〈強化〉、っ!」

 槍に力を込めて、上へと引き上げる。強化をしても槍はびくともしなかった。地中まで何百メートルも刺さっていたらどうしようか。そんな馬鹿みたいな考えすら頭に浮かんだ。

 それでもアイシャは力を込めた。これを抜かなければどうにもならない。ウルヴォグがいてくれたら簡単に抜けたかもしれないが、何度考えても、ここには自分しかいない。アイシャは更に強化をかけて、槍を抜く手に力を込めた。

「っく、う〜〜……わっ!」

 額に汗が滲むのが分かるくらい力を込め、もう一踏ん張り、と力を入れたところで槍が抜けた。人物の胸から抜けた槍の先は三〇センチメートルほどの長さだった。抜けたことに呆気に取られている内に、抜いた勢いと槍の重さでアイシャはお尻から崩れ落ちた。

 息を整えながら槍を見ると、槍に触れていたパイロスーツの表層が焼き切れているのが見えた。思わず手が震える。こんなものが宇宙にはごろごろあるのだろう。そして、この人物はこの槍を放つような龍の攻撃を受けた。龍狩りはやはり命懸けだとアイシャは思った。生きて帰れる保証なんてどこにもない。


「〈鑑定〉……すごい、これ、全部龍隕晶りゅういんしょう……こんな純度、見たことない」

 抜き取った槍にアイシャは咄嗟に鑑定をかけた。安全かどうかを確かめる必要がある。結果は、高純度の龍隕晶ということだった。アイシャは黒みがかった龍隕晶しか見たことがなかったが、純度が極限まで高まると白くなるなんて初めて知った。

 感激しつつも、アイシャは槍を置き、すぐに倒れている人物に近寄った。アイシャには魔力切れの症状が出ているが、まだ完全に切れたわけではない。アイシャは魔力量にも自信がある。これは移植された龍器官の恩恵も大きい。とにかく、まずはこの人を治療する方が先だ。

「〈診断〉……ええと、人型人類で間違いなさそう、かな。それなら傷口を塞いで、血の流れを調整してから除細動を加えれば大丈夫なはずだから」アイシャは独り言を呟いた。「まずは、〈再生〉。ふー、集中」

 アイシャは人物の傷口周辺に集中した。診断で内部を観察しながら、破壊された体組織を再生させ、繋ぎ合わせる。心臓だけでなく、肺にもダメージが入っている。移植が必要なほどの損傷でないことが幸いだった。そこを集中して治していく。体内の循環を司どる臓器の修復は、下手を打つとそれが死因につながりかねない。


「あれ、なんだか楽……」

 先程あれほどの魔力を行使した時に気付くべきだった。魔法を使うのがなんだか楽に感じるのだ。今までこんな感覚に陥ったことはない。アイシャの魔力の源は龍器官の恩恵も大きいので、人よりは多い。だが、それでも魔法の行使が楽になるなんて話は聞いたことがない。

「えっもしかして……!」

 アイシャは腰ポケットに触れた。ちょっとした異物感と、熱感。

 急いでポケットからそれを取り出した。縮小したピコピコハンマー。ハンマーは青白く燐光を放ち、熱を持って震えていた。

「まさか、演算補助装置……? 武装が出るって……、私の適性って、そういうこと……?」

 魔法を使う時にはコマンドを使うが、コマンドはあくまで実行をするだけだ。つまり、何を目的として、出力はどのくらいで、何を対象として、何をどこまで行うか、といった方向性は実行者が考えなければならない。


 アイシャが攻性魔法を苦手とする理由もここにある。攻性魔法は発散的で、自分から離れるほど対象を意識し続けるのが難しくなる。アイシャの場合、魔力の出力が一般の学生と違って桁外れに大きい。巨大な水瓶からフラスコに水を注ぐのが難しいように、アイシャはその制御が苦手だった。

 防性魔法でも同じことが言えるが、防性魔法はほとんどの場合、術者の近くで実行される。だからまだなんとかなるし、力づくで押さえ込むことができていた。

 でも、今は違う。魔法のコントロールがスムーズだ。アイシャの思考を読み取るように、ハンマーが演算の補助を行ってくれている。これなら、最低限の治療だけでなく、もっと高度な治療もできるかもしれない。


「よし! ピコピコハンマー、君は今日からピコ之丞のじょうだ! 頼りにしてるよ、ピコ之丞!」

 防性魔法には回復系の魔法も含まれる。もちろん、アイシャはそういった部分もかなり勉強した。特に人体の再生は障壁よりも得意だったから、ピコ之丞の補助がある今、敵はいないようにさえ思えた。

 槍を受けたことで損傷を受けた肋骨と胸骨、肩甲骨も再生する。骨組織の再生は時間がかかる。一旦応急処置として、魔力を編み上げた糸やプレートで補強し、組織の再生中、動いても負荷がかからないように調整する。

 これでダメージを受けた体組織の修復は簡易的にだが終わった。一応、アイシャは加流の魔法もかけた。龍洞内で変動が起こっているということは、この辺りの保護魔法も緩みかけているということだ。脳への酸素供給を少しでも促さないと、この人は脳に障害を負ってしまう。魔法の技術によって脳損傷からの回復は容易になったものの、脳死状態になってしまうと話は別だ。

 最後に皮膚表面の修復を施してから、アイシャは両手を擦り合わせた。


「〈拍律〉」

 両手にじっくりと電流が流れる。これはAEDと同じ役割を担う魔法で、地球で改良が進んだ最初の魔法だった。片手を右胸の上部に、もう片手をその対角線上の肋骨の下に。

 アイシャは一度大きく深呼吸をした。これで心臓がうまく動きますように。そして、この人が目覚めますように。そう、強く祈った。

「一回目!」ばしん、と電流が流れる。人物の体が強く反応するが、応答はない。

「二回目!」もう一度電流が流れる。応答は同じだった。アイシャは少し泣きそうになった。助けられないかもしれない。そんな思いが胸をよぎった。

「お願い……!」三回目。電流が流れ、人物の体が強く反応する。

「ぅ、……ゲホっ、っ、はっ」

 死にかけていた人物は大きくむせて、そして息を吸って、吐いた。生きてる。アイシャはしばらく放心してしまった。本当に、この人を助けることができた。


「や、やった!」とアイシャは喜びの声を上げた。そしてその後すぐに気を取り直し、その人物に声をかけた「あの、大丈夫ですか! あ、言語、えっと、宇宙共通語……あなた元気? 寝ていた、ずっと。槍が刺さって!」

 咄嗟に出てきた宇宙共通語の文法はめちゃくちゃだったが、意識の確認をしなければならない。アイシャの声かけを受けた人物は、まずは上体を起こしてから、ぼそぼそと何らかを呟いた。

 魔力の動きをアイシャは感じた。何かの魔法を行使している。


「いま、翻訳を使って、おまえの母語と調整した。意味は伝わっているか」

 体が大きいのも手伝って男性だとばかり思っていたが、その声は低いけれど女性の声だった。声だけで判断するのは早計だが、相手が女性だと思うとアイシャは少しだけ安心することができた。だからといって、この人物の危険性は変わるものではないのだが。

 アイシャは頷いた。「はい。日本語として理解できます」

「良かった」とその人物は言った。「そして、おまえは誰だ? ここはどこだ」

「あの、えっと、お、お水……お水、飲みますか?」

 人物の言葉は掠れていて、いかにも息がしづらそうだった。質問に答える前に、アイシャは思わず声をかけた。そしてジャケットを脱ぎ、リュックの中から水のボトルを取り出して、その人物の前に差し出した。


「……ああ、もらおうか」

 人物はボトルを手に取り、微かに動きを止めてから、キャップを開けて中身を口にした。恐らく、あの一瞬で鑑定をかけたのだろう。魔法に熟達した人はコマンドを必要としないことが多い。その熟達した動きに、アイシャは見入ってしまった。地球で魔法が使える人間が爆発的に増えているとはいえ、コマンドなしでの魔法の実行にはやはり感嘆してしまう。

「落ち着いた。ありがとう」

 そう言うと、人物はアイシャにボトルを返した。

 ボトルの中身は四分の一ほど減っていた。こんな状態に置かれていた人だ。全部飲んでしまうと思っていたアイシャは少し驚いた。

「いえ、良かったです」

 アイシャはそう返すと、リュックに水のボトルを戻した。


「あの、何かあったんですか? 胸に龍隕晶が刺さっていましたけれど……」

「胸に……ああ、戦闘があって……」その人物は確かめるように胸元を触った後、驚いたようにアイシャを見た。「待ってくれ。あれを抜いたのか? どうやって?」

「えっあの、防性魔法で自分の手を守って、あとは術式を〈解除〉しつつ、一気に……」

「……要するに、おまえは力づくで抜いたのか?」

「そうと言われれば、そうかもしれません」

 あの槍のような龍隕晶には高度な術式がいくつも絡み合っていたが、実質アイシャの膨大な魔力でそれらを断ち切ったようなものだった。解除のために色々と考えることや使った術式もあったが、それよりもまず、力づくで抜いたという表現の方が正しいかもしれない。

「は、ははは!」と目の前の人物は大きく笑った。「すごいな、宇宙は広い。おまえはまだ子どもだろうに」

「そんな、もう十六歳ですよ!」

「充分だ。ありがとう。優れた術者に助けられたこと、誇りに思う」

 その人物はそう言うと、アイシャに礼を示した。アイシャの見たことのない形式だったが、どこかの星の礼なのだろうとアイシャは思い、お辞儀で返した。


「話は逸れたが、質問に答えてくれないか?」

「はい。えっと、まず私の名前ですが、久我山アイシャといいます。ここは龍の体内です。六層と呼ばれている階層で、地表から六百メートルの地下にある場所です」

「龍の体内?」

 その人物は訝しむように眉間を狭めた。整った顔立ちで怒りを表現されると、ちょっと怖かった。

「そうです。不思議ですよね。ここは地球という星で、この龍はすごく大きな龍なんです。この星では、この龍から龍が出てくるんです。あと、この龍の全体には保護魔法がかけられていて、素材が腐らないようになっているんです。だから今でも血の採取ができるんです」

「そんな話、聞いたことがないな。龍の中から龍が出てくるというのも初耳だ。それに、さっき地表と言ったか? 宇宙ではなく、地上で龍と戦っているのか?」

「あの、あなたは密航してきた方ですか?」

「なぜだ?」

 なぜ、と言われても、アイシャにはそうとしか思えなかった。


「この龍が渋谷に堕ちてきたのは、もう二〇年も前の話です。地球を訪れる人類の方は皆さんご存知ですので……」

「地球」とその人物は言った。言葉の響きを噛み締めるように「……どこの惑星だ? 新興人類文明のどれかだとは思うが」

「天の川銀河の太陽系という恒星系にある星です。たしかに、この星は新興人類文明にあたる星です」

 そこまで聞いて、その人物は押し黙った。額に手を当て、何事かを考え込んでいる。

「……おまえの言う、この大きな龍にはなんという名前がついている?」とその人物は言った。「大きな龍、そしてここが龍の体の中の第六層にあたるということは、かなりの大きさの龍じゃないか?」

「ええと、渋谷龍と呼ばれています」

「渋谷……知らないな。それが龍の登録名か?」

 言われて、アイシャは記憶の中をひっくり返した。単純に龍、渋谷龍と呼ばれるこの龍には正式名称があった。バビナで討伐された龍で、バビナの神話に基づいた名前が付けられている。

 思い出せ。思い出せ。アイシャは懸命に考え、そして思い出した。


「たしか、カラグィ、と呼ばれる龍です。バビナで交戦した一等星の龍だと聞いています」

 カラグィ、という名前を聞いて、その人物は目を見開いた。金色の瞳が大きく見開かれる。虹彩が大きい人だなとアイシャは思った。白目の部分が少ない。それがこの人の目力を引き出しているのだろう。

「なるほど。合点がいった」とその人物は言った。「二〇年前か。私はとんだタイムトラベラーだな」

「タイムトラベラー、ですか」

 この人物が何を言っているのか、アイシャには分からなかった。

「いや、気にしないでくれ。色々聞いて悪かった」

「気にしないでください。私も渋谷区の職員ですし、仕事ですから」

「渋谷区の職員、というのは分からないが、おまえも龍狩りなのか?」とその人物は尋ねた。

「その、今日だけと言いますか……いつもは管理課というところで働いています。宇宙由来の物品の安全確認というか……龍と戦うことになったのは今日が初めてです」

「そうか、それは大変だな。確か、アイシャと言ったか?」

「はい、アイシャです。あなたは、なんとお呼びすればいいでしょうか」

 その人物は一度きょとんとした顔をした後、ささやかに微笑んだ。


「そうだな、私の名前をまだ教えていなかった。私はラヴァン。一等星位の龍狩りだ」

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