第20話:たくらみ、憎しみ
下渋谷、道玄坂方面。闇市奥の中華料理店内部。
「地球の科学技術は本当に素晴らしいものですね」
ロイドは言いながら、グラスにウイスキーを注ぎ、わずかに唇を湿らせた。
「私としては、地球以外の星に科学がないという方が驚きでしたよ。すべての文明が魔法を元にした文明だったなんて」
ケイはウイスキーのグラスを注意深く見つめるロイドを見ながら言った。
「地球という星を知って、宇宙は初めて科学に触れました。素晴らしい技術ですよ。まさか宇宙にまで進出可能な技術が、魔法以外で実現可能だなんて」
「二〇年前までの地球では、宇宙の異星人たちは優れた科学技術を持っていると考えていたんです。当時の人が聞いたら驚くでしょうね。科学は地球独自の学問で、宇宙人たちは魔法を使っていたなんて」
渋谷を出島とした宇宙外交が始まるにあたり、宇宙から人気を集めたのが地球の酒だった。科学技術で製造された酒は、多くの地球外人類種を魅了した。地球の酒は魔法で作られた酒よりも安く、それでいて品質に乱れがほとんどない。素晴らしい精度に魔法文明は感嘆した。他にも優れた耐震工事技術などが広く宇宙に広がった。
宇宙から見て、地球のマーケットは垂涎物だった。魔法を使い始めて、たった二〇年しか経ってない星。それにも関わらず、同じ道具を誰が使っても同様の性能を引き出せたり、同じ味を楽しめる技術が確立している。科学技術の恩恵と驚異的な再現性は地球外人類を驚かせた。
「魔法が伝わって二〇年だというのに、
「ご謙遜を。あなた方の星はすでに宇宙に進出して、宇宙で龍を狩っている。地球は遅れた星ですよ」
「確かに、俺たちの星は宇宙で龍を狩っていますが、カツカツです。だからこそ、この事業なんですよ」
「六等星の龍を捕まえてきて、それを肥育する。素材の価格が跳ね上がる三等星まで育てて、それを狩って流通させる……うまくいけば、大きなビジネスチャンスですね。安全に龍を狩り、安全に素材を手に入れられる」
ロイドはにこやかな表情を作った。
「ええ。ですが、龍の育成は宇宙法で禁止されています。危険性が高い、というのが大きな理由ですが、理由のもっと深いところにあるのは倫理問題です。龍を大きくするには、まずは人を喰わせないといけませんから」
「しかし、ロイドさん。あなた方はそれを解決する術を持っている」
ケイはスターバックスのカップをテーブルに置いた。残った氷がしゃらりと音を立て、涼やかだった。
「こんなところで話しているだけでは、退屈でしょう。行きましょう白楽さん。俺たちの秘密基地に案内しますよ」
「喜んで。楽しみです」
ロイドが立ち上がり、ダグラスとケイもそれに続いた。部屋の奥は驚くほど広く、天井の高い空間だった。魔法の根本的な性質として、縮小と拡張がある。この二つの要素を理解してさえいれば、すべての魔法のコマンドをより深く理解することができた。
この空間にかかった魔法は単純な拡張だったが、単純な分、小さな建物の中に巨大な空間を構築することができる。これは地球の物理法則に反した行いだったが、最近の研究で量子のもつれなどが原因になっているという結果が出ているらしい。ただ、科学が何を追求しようが、魔法を使う人類にとってはあまり関心のないことではあった。
「よしよし、今度は俺の指を食いちぎるなよ。変にデカくなったら困るんだ、ベイビー」
ダグラスが声をかけた先の檻の中には、檻いっぱいに体を押し込めた龍が入っていた。推定、四等星ほどの大きさの龍だった。龍は男が近づくと興奮した様子で、檻から鼻先を出し、ガチガチと歯を噛み合わせた。
「本物ですね。どこで手に入れられたんですか?」
ケイが尋ねると、ロイドは口元に人差し指を当てた。地球の仕草をよく勉強しているな、とケイは思った。
「それは内緒です。俺たちが繋がっている仲介者はあなただけではありませんから。あなたに教えることで、無為な諍いが起こることは避けたいのです」
ごもっともな言い分だ。ケイは頷きもせず、檻の中の龍を見ていた。
「餌はどのくらい用意してある?」とダグラスはロイドに尋ねた。「先に新しい檻の中に入れておこう。その方が俺たちも安全だ」
「用意するよ。それまでにそいつを眠らせておいてくれ。いま餌を見て暴れたら、檻が壊れる。それに、餌を運んでいる途中に目を覚まされたら俺たちだっておしまいだ」
「分かってる。こいつもデカくなってきたからな、鎮静剤の量もどれくらい入れたらいいか分かんなくなってきやがる」
ダグラスは声を上げ、鎮静剤を持ってくるようにと叫んだ。広い空間のさらに奥に控えていた人々がわらわらと動き、鎮静剤のアンプルと、おそらく手製の注入器を持ってきた。
「白楽さん、こっちに来てください。こっちが正真正銘の秘密基地です」
「私としては、ここまでで充分でもありますけどね」
「そんなことは仰らずに。面白いものを見せられますよ」
ロイドの笑みは先程とまったく変わらない笑みだった。人を何人も騙してきて、それでいて何も感じていない人間特有の無邪気さがそこにあった。
ロイドに連れられ、ケイは大部屋の隣の部屋に足を踏み入れた。
そこは巨大な冷凍室だった。
「こんなものまで……」
ケイは呟くと同時に、恒常の魔法を自身にかけた。あまりの寒さに、魔法をかけるまでの一瞬の間だけでも目が凍りそうだった。吐く息は白い。足元の床は霜がつき過ぎて、分厚い氷と雪の上を歩いているように感じられた。
冷凍室には何らかの物体がパッキングされた様子でずらりと並んでいた。クローゼットの中の洋服のように並ぶそれの中身は、それぞれパックに書かれた文字で識別できる。
「これ、なんだか分かりますか?」
ロイドは穏やかな声でケイに語りかけた。
「……まあ、順当に考えれば人間ですよね。もしかして──」
「人間、というのは正解です。ただ、この人たちは地球人類ではありません。俺たちの星の人間です」
「……なるほど。確かに龍の育成は宇宙法で禁止されている。そして、龍を育成する星の人類を使ってはならない……つまり、自星の人類を犠牲に龍を育成することは宇宙人類連盟の合意に反すること。だからこそ、あなたたちは、」
「そうです。簡単な話ですよ。俺たちにとって地球は別の星。ここで龍を育成する。でも、地球の人間は使わない。使うのは俺たちの星の人間。結構古い法なんですよ、この法は。こんな抜け道があるなんて、知った時には思わずはしゃいでしまいました」
ロイドは人体が封じられたパックを、まるでクローゼットの中の服を撫でるようにして撫で、奥まで歩いて行った。
宇宙法は宇宙において絶対の法だが、同時に抜け道も多く存在する。仕方がないことだ。この広い宇宙、直径約九三〇億光年をあまねく支配する法を構築するなんて無理な話だ。
現在でも宇宙法は宇宙人類連盟によって新たな法が制定されているのだ。法の抜け道を探す者と、それを塞ぐ者。規模が宇宙とはいえ、イタチごっこの構図は人類がいる限り変わらない。
「バビナのルパラギがこの星に居座って、どれだけ面倒かと思いましたが、宇宙法にはいくらでも抜け道があるものです」
バビナ。ルパラギ。その言葉にケイは反応しないようにした。
地球を担当する宇宙人類連盟の理事。地球という特例の星を特例たらしめた存在。七〇億年の時を生きる、掴みどころのない狸。
「あなた方は地球を実験場に、人工的に龍の育成をしようとしているんですね」
「ええ。ルパラギは地球に降り立ってまず、地球内国家の日本への特別な侵害を防ぐことから始めました。そして、地球外人類から地球人類への侵害的な行為は即刻宇宙法違反と見做し、立て続けに裁判を起こした。すべてルパラギが直々に……どれもこれも、地球を甘やかしすぎですよ。でも地球は、ルパラギにとって大事な大事な星ですから。仕方がないことかもしれません」
「なぜかと聞いても?」
ケイが尋ねた時、冷凍室の入り口から声がかかった。
「ロイドさん、檻の拡張終了しました。龍の沈静化も処置済みです。パックの運び出しにかかります」
「分かった。まずは十パック分を檻の中に。龍が目を覚まして喰い始めたら、様子を見てから十パックずつ追加するんだ」
「了解しました。運び出します」
冷凍室内が慌ただしくなる。人体の入ったパックが続々と運び出されていく。
ケイは再びロイドを見たが、ロイドはケイを見ていなかった。もはや眼中にないかのように、ふらふらと奥へと歩いていく。
「知ってますか、白楽さん。地球はね、この星が生まれてからルパラギがずっと監視してきた星なんですよ」
ロイドは言った。地球が宇宙に生まれたのは、約四六億年前だと言われている。ルパラギの年齢を考えれば、不可能なことではない。ケイは無言で話を聞いた。
「どうしてでしょうね。数多ある新興人類文明を差し置いて、ルパラギは地球を重要視している。理由も何もかも、説明せずに。他の新興人類文明が龍に喰われようが、気にしない。あいつは地球だけを見ている。俺はね、嫌いなんですよ、ルパラギが。だからルパラギの大好きな星をめちゃくちゃにしてやりたいんです」
「壮大なお話ですね。龍の養殖もそのためですか」
「そうです。相手方も、地球を標的にすると言ったら協力してくれました。ルパラギのことが大嫌いな人間は、宇宙にたくさんいるんですよ」
ロイドはケイを見て微笑んだ。ロイドの吐く息が白く煙る。凍えるほど寒いはずの部屋の中で、ロイドは満ち足りたように笑っていた。
その顔を見て、無理だなとケイは思った。ケイが探りたい情報は、おそらくここにはない。狂信的なまでにルパラギを恨むこの男に、大元が情報を渡すはずがない。
ケイは住吉の〈鴉〉として、これまで下渋谷に関して調査を進めてきた。経験的に分かる。下渋谷の問題を水面下で拡大している元凶にとって、ロイドの感情はおもちゃで遊ぶための口実のひとつのようなものだ。
ルパラギのことが大嫌いな人間。それだけ分かれば充分だ。元凶もまた、ルパラギが嫌いなのだろう。そして地球をただの都合の良いマーケットだと思っているのだろう。
「私は地球人類として、あなたの企みを阻止しないといけない立場にありますね」
ケイは軽薄な素振りで言った。冗談だが、冗談ではない。
ロイドとケイの目線が交錯する。どんな色の目をしているのか、ケイは思ったが、ロイドの瞳はもう別のものを映していた。
「……地球人類を侵害しなければ良いんだよな。ルパラギ。これは全部俺たちの星の人間だ。密輸して龍の餌にして、龍を育てる。素材を調達するために、俺たちは何も地球を侵害していない。俺たちは地球に係る宇宙法には触れちゃいない」
宇宙法への抵触は、〈新興人類文明〉同士でも厳しく裁かれる。特に、新興人類文明は文明発展の濃淡の幅が大きいので、規制の圧力は高いと聞く。
「付きっきりで星を発展させるなんて、それこそ宇宙法違反だろうに。それができるなら、他の星でもやってやれば良かったんだ。どれだけの新興人類文明が龍に喰われてきた? どれだけの人類が滅んできた? なあ、ルパラギ」
ロイドの声は明るかったが、その内に含まれている感情に愉快なものなんて欠片もないことはケイには分かっていた。ロイドは危険だ。今こうしてケイが生きていることが不思議なくらい、ルパラギを、そして地球を憎んでいる。
「龍ってのはただの災害じゃない。恵みなんだ。これだけ喰わせて、地上で地球人類を喰わせたら、どれだけの龍になるだろうなぁ……それを狩って、売り払って、俺たちの星は潤うんだ。楽しみだよ、本当に」
ケイの胸の内は決まっていた。ロイドからこれ以上情報を取り出すのは不可能だ。いや、ここで打ち切った方が良い。ロイドは明確な恨みを持って動いている。そして地球人類をただの餌だと思っている。このままだと、舵取りができなくなって計画が破綻する。
一旦身を引いて、態勢を立て直す必要がある。後は、この潜入の目的を果たすための手駒としてこいつらをどう使うか──
ばち、と首元で音がした。
首元から衝撃が走って、体が動かない。痺れによって、何が起こったのかが分からない。
ケイが自分が倒れたと気付いたのは、足元の分厚い霜が頬を切り裂いたからだった。血が滲む。声は出ない。短い呼吸。血が広がって、霜が赤く染まっていく。
「白楽さん、人が話している時に考えごとなんて、悲しいことをしないでください。ここまで教えてあげたんです。情報には価値があるってことくらい、白楽さんはご存知ですよね?」
「っ、く、ぅ」
何か、魔法を。考えたが、体が動かない。意識が遠くなるせいで、恒常の魔法が解けていく。凍える寒さがケイの肌に突き刺さった。霜の冷たさが、鋭さが、ケイに食い込んでいく。
「ここから先は、白楽さんも協力してくださいね」
「なに、を」
「科学の力ってすごいですね。魔法を使うと魔力が揺らぎますが、科学ではそんなことが起こらない。魔法を悟らせずに人を殺すことだってできる。素晴らしい技術です。俺たちはね、前は地球の科学技術の横流しをやっていたんです。そこで成果を出して、今の仕事を実現できている」
ケイがかろうじて上を見ると、ダグラスが立っていた。彼の手にはスタンガンがある。なるほど、確かに魔法には警戒していたが、スタンガンを使うとは。
地球人類が地球の技術にしてやられるとは、油断した。悔やんでも仕方がないことだが、ケイは歯噛みするしかなかった。
「今までありがとうございました。おかげで事業を続けられそうです」
「そりゃ、どーも」
「ええ、本当に。最後のお願いをしてもいいですか?」
ロイドはケイに近付き、倒れ込んだケイの元に膝をついた。
寒い、とケイは思った。冷凍室が寒いのではない。この男が発する冷気は、あまりにも冷た過ぎる。
「白楽さん、俺たちの星のために死んでください」
もう一度、スタンガンがケイの首元に当てられる。今度こそ、ケイが目を覚ますことはなかった。
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