第5話成長への架け橋

 母さんが亡くなってから8年の月日が流れた。

 それから年々、自分自身に制限をかけてきた。


 母さんを置いて自分だけが幸せになったら駄目なんだろうなって。ずっとそう思ってきた。


 やりたいことやればいい。


 その言葉を聞いて、ふと思った。


 今までの思いは逆効果だったんじゃないかと。制限をかけていることで、母さんが悲しむのではないかと。


 母さん、俺……

 前を向いてもいいのかな……。






「本橋くん…サッカー部入ってくれるの…?」


 目の前にいる川谷が俺を凝視している。

 了承するとは思っていなかったみたいだ。


「…そう、言ってるだろ?」


 俺も川谷を真っすぐ見つめる。

 今度は一切、視線を外さなかった。


 その姿を見てなのか、コイツは目線を落とした。


 次は肩で笑ってるかと思いきや、顔を上げ、満面の笑顔を見せてきた。


「言ってくれてありがとう!」

「……え?」

「先輩から言われたけどさ、俺も本橋くん、サッカー部入部してくれたらいいなって思ってたんだ!すっごく嬉しいよ!!」


 その輝く瞳は竜哉と同じ目していた。


 コイツもサッカー、好きなのか。

 そう思っていると、川谷はゴソゴソと机の中から、1枚の紙を渡してきた。


「これ、入部届!念の為、持ってきててよかったよ。今日、部活あるんだ、一緒にどう?」


 段取りが早い。


 予想外な出来事とはいえ、ずっと待っていたのだろう。

 俺は入部届に自分の名前を書いて、そのまま川谷に渡した。






 終礼が終わると、俺達は第2運動場に向かった。サッカー部はそこで活動してるらしい。グラウンドには体操服を着ている生徒が数人いる。


 川谷はその中の1人に駆け寄った。


「先輩!連れてきましたよ〜、例の本橋くん!」


 呼びかけられた男子生徒が振り返る。


 彼が話に聞いた先輩か。

 背は俺よりも断然高いし、スタイルもいい。


「おっ!スバル、よくやったなぁ!」


 そう言った後すぐに俺の顔をじろじろと見てきた。


「確かに、あの時見たヤツだ。君のプレー本当に凄かったよ。」


 川谷の聞いた通りに俺を褒めてくる。


 そういう事を言われるのが慣れてない俺は少し照れている感じに佇んでいると、近くにいる女子の先輩に話しかけられた。


「入部するんなら、入部届出した?」


 彼女はボールのカゴを持っている。

 この場を察するにマネージャーだろう。


「俺が、出してきましたよ!」


 川谷が割り込んできた。

 無理矢理だったが、割り込んでくれて助かった。初対面の女子とは流石に話しにくい。それに先輩なら更に、だ。


「紹介するよ、本橋くん!こちら、部長の北沢きたざわ先輩と、マネージャーの南條なんじょう先輩。2人とも優しくて頼りになるし聞きたいことがあったら、この2人になんでも聞いてみたらいいよ。」


 俺はわかった、と頷く。


 部長の先輩も、マネージャーもそんな俺を見て、にこにこと笑っている。


「他のメンバーももうすぐ来ると思うから。これからよろしくな、本橋!」

「はい。」


 そうしていると、ぞろぞろと集まってきた。

 いろんな先輩が居るもんだ。


 今日から始まる新しい環境に、少しだけ胸が高鳴る。そんな気がした。






 部活帰り、住宅街を歩いていると、ある一角に海藤がいた。


 誰かを待っていたのか? 


 そのまま通り過ぎてゆくと、海藤は直ぐに俺の元に駆け寄ってきた。


 目的は俺だったのか……。


「サッカー、始めたんだね。」


 見てたのか。


「……。私ね、嬉しかった。昨日、悠大くんの心の声をやっと聞けたから。」

「あの時は頭が回んなくて口走っただけだ。」

「でも。それでも、私の言葉、届いてくれたんだよね?」


 ぐうの音も出ない。確かにそうだ。あの時海藤がいなかったら、部活も入っていなかっただろう。


「…もっと悠大くんのこと知りたい。助けになりたい。」


 だが、恩着せがましいのがコイツの難癖だ。助けなんて、そこまでは求めていない。自分の力でやりたいことを達成させたいんだ。


「そういうのは、いらない。」


 そのまま、俺は歩みを進めた。


 海藤は何を思っているのか知らないが、その場から動かないでいた。


 俺がやりたいことは、ただサッカーをしたいって訳ではない。


 もう一度竜哉に会って、仲直りして、それからまた昔みたいに、サッカーのボールを追いかけたい。


 そのためには、サッカーと再び関わるしか無かった。だから俺は、部活に入ったんだ。






 サッカー部の練習中。俺はリフティングをしていた。


 ポーンポーンとテンポ良く跳ね上がるボールは、見ていてなんとも心地が良かった。


 するとそこへ先輩がやってきた。


 目線は俺のボールに合わせている。


「本橋。やっぱり向いてるんじゃないか?」

「向いてる?」

「あぁ、サッカー部入ってくれて、本当によかったよ。いい戦力になる。」

「……。」 


 俺はそっぽを向いた。


 グラウンドにはボールの音だけが力良く、鳴り響く。






 時が流れ、俺は父さんの車でとある所まで連れて行ってもらった。


「じゃあ、気をつけてね。」

「うん…。」

 車が走り去るまで見送った後、ふっと建物がある後ろに振り返る。


 今日は運命の日。全ては今日のために動いていた。


 そう、このインターハイのために。






 会場に入ると、多くの人がいた。それぞれの学校の応援幕もたくさんあがっていた。どの応援団も気合い充分にリハーサル中だ。


 俺は一般席に座ると、竜哉の言葉を振り替えってみた。


 ――こっちは本気なんだよ。本気で世界目指してるんだよ…。


「世界…。」


 ボソッと声に出していたら、隣にある階段から降りてくる人物に話しかけられた。


「あれ?本橋じゃないか。」

「北沢先輩。」


 先輩もサッカーの観戦に来ていたのか。

 かなりラフな格好をしている。


「俺、毎年来てるんだよ。サッカーの参考にね。…うちの学校、毎回県予選で落ちてるんだよ。いつか、この芝生の上に立てれたらいいなぁ。」

「…はぁ。」

「まぁ、もう3年だし、無理な話だったけどな!」


 そんな明るく言われても…。掛ける言葉が見つからない。


「本橋は?どうしてここに?」

「岸高(竜哉が在籍している学校)に知り合いがいるので、それをみようかと。」

「岸高って強豪校じゃなかったっけ!?凄いなぁ。…そっか、その子優勝出来るといいね!」

「…はい。」

「じゃあ俺、まだ下だから、また学校でな。」


 そう言って先輩はさらに下に降りていった。


 優勝…か。竜哉なら容易く叶えられるのかな。






『次は、岸高校と浜海高校の試合です。』


 会場にアナウンスが鳴り響く。俺はチームメイトの列に並び、相手チームと対面した。


 彼らも相当な手練れだってことが見てわかる。


 でも、俺も毎日毎日、練習してきたんだ。絶対に負けられない。負けちゃいけないんだ。


 ピーっと試合の合図が鳴り響く。


 皆が自分のポジションの配置につき、ボールを取り合う。


 俺はFWだったため、相手チームに攻め込む。


 ボールが上手い具合に自分の足元に吸い寄せられた。


 そのまま、ドリブルをする。後ろに相手が追いかけてきているが、絶妙に届かない。


 これはいける。


 優勝して、


 名前が界隈に知れ渡って、


 日本代表になって、


 世界でも活躍して、


 それで、、、、、、、、、、



 ……あれ。

 なんで俺、世界一目指してたんだっけ。


 




 竜哉の足が完全に止まっている。ボールも相手に取られて、ゴールを決められた。


 竜哉…?


 さっきまで順調そうだったのにどうしたんだろう。


 俺は前のめりで、立ち止まってるその姿をずっと見ていた。


 試合はどんどん進む。


 1点。また1点とボールがシュートされ、アナウンスの人も盛り上がりをみせている。


 それでも竜哉の周りだけ、時が止まったように静まり返っていた。


『そこまで!


 結果は、


 浜海高校の勝利!!』


 1点差で岸高は負けた。


 最初のゴールが決まっていれば、勝てたと思うのに。

 竜哉のチームメイトも彼を責めてしまうのも無理はない。


 でもこれで…………。


 残念と同時に、ニヤけてしまう自分もいた。






 岸高の試合が1回戦目で終わったので、外に出てお迎えを待っていると、


「FWが動かなかったから、負けたんだろうが。たかが1点だろうとデカいんだぞ!?」

「すみません…。」


 先輩なのだろうか、竜哉がしっかりと怒られていた。


 そのまま、置いて行かれ、竜哉は1人とぼとぼと歩いている。


 そんな彼に声をかけた。


「竜哉。」

「……!なんだよ悠大、来てたのかよ。」

「…うん。試合見たよ。」


 ピクっと耳が動いたのがわかった。


「…で、俺のクソみたいな姿見てどう思ったんだよ。優勝出来なくて、喜んでるんじゃないだろうな…?」


 …………。


「喜んでるよ。」

「なっ…、てめぇ!!」


 あの時と同じように胸ぐらを掴まれた。だが、俺はただひたすらに竜哉の顔を見つめる。


「だって、お前が先に優勝したら、俺、二度とついていけなくなるじゃん。」 

「え…?」

「一緒に、俺達コンビで世界一になろうって約束しただろ?」


 するするとシャツを握りしめた拳が落ちる。


 俺も再び、昔みたいに本気になれた。それは何を隠そう、竜哉のおかげだ。


「…実は俺、試合の途中で、なんで世界一を目指してたんだろうって思った。でも、やっとわかったよ……。」


「悠大とずっと一緒にサッカーやりたいって思ったからなんだって!」


 いつもの竜哉の顔に戻った。


 そうだ、こうやってひたすら元気に笑っているのが竜哉だ。


「俺、サッカー部に入った。」

「マジ!?また、2人でやろうな!」


 俺も忘れていたんだ。


 母さんの約束ってだけで縛ってたけど、竜哉とも約束をしたってことを。


 今回の件でようやく気づいたんだ。


 俺もサッカーが好きだってことを―――。






















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