第6話 ゴルド村の少女⑥
既に昼はとっくに過ぎている。森の木々で陽の光が遮られているせいか、体感時間よりも周囲は暗く感じる。おそらく日暮れは早いだろう。
夜目がきくアーシェラとクレインは問題ないが、ダレットとみるふぃーちゃんは明かりがないと行動できない。もしも敵も夜目がきく蛮族であったなら不利を避けられない。
また、ルイとセリーヌを蛮族のねぐらまで連れて行く気はないのだが、ふたりだけで村に戻らせるのも心配だ。先程のボルグが戻ってこないことに不審を抱いて、新たな追手を差し向けてくる可能性がある。
それに、できれば一度みるふぃーちゃんを休ませてやりたいし、アーシェラの精神状態も気になるところであった。
「相談だ。俺は一旦ルイとセリーヌを村まで送って今夜は休み、明日の早朝から蛮族を退治する方がいいと思う。お前らはどう思う?」
「私は賛成よ。みーちゃんも心配だし、ルイ君とセリーヌちゃんだけで行かせるのも不安だわ」
「僕は夜の間に蛮族が逃げないか気がかりではあるけど……。まあでも、酒盛りしてるなら大丈夫かな。それでいいよ」
「決まりだ。戻るぞ」
一行は特に何事もなく村へと戻ることができた。
ルイの無事を村人たちは涙ながらに喜んでおり、宿も快く貸してくれた。
そして翌朝。
「うさころ、行けるのか?」
「……みーちゃんはアーシェラちゃんと一緒に行くぴょん」
(本当にブレないな、こいつ)
昨夜も薬を作ってアーシェラに渡しておいたおかげか、みるふぃーちゃんの包帯はほとんど外れている。体毛のため顔色はよくわからないが、表情も落ち着いている。
アーシェラの方も、昨日よりは平静を取り戻しているように見えた。
「じゃあ行くか」
4人は昨日と同じ道のりを足早に進み、森の最奥を目指す。
蛮族に出会うこともなく、ねぐらと思われる廃墟までたどり着いた。
周囲をぐるりと回ると、裏手に扉があり微かに話し声が聞こえた。中には複数の蛮族がいるようである。
「僕と姉さんで様子を見てくるよ」
クレインとアーシェラが気配を立てないように扉に近づき、耳を当てる。
ふたりはしばらく中の様子を伺っていたが、そっと離れてダレットとみるふぃーちゃんのところへ戻ってきた。
「なんか騒がしいから、まだ酒盛りしてるのかもしれない。でも、なんて言ってるかはわからなかったよ」
「そうね、きっと蛮族語で話しているんだと思うわ。わかるのはみーちゃんだけだけど……」
(いや、それはやめたほうがいいな……)
何度も言うがみるふぃーちゃんは密偵や野伏の訓練は受けておらず、そしてタビットという種族の特徴として手足が短くどんくさい。
そっと近づこうとしても何もないところで転んだり、ドアに盛大に突っ込む未来がありありと浮かんだ。
「いや、それはいいだろう。もう入るしかないと思うが?」
「僕もそれでいいと思う。鍵もかかってなさそうだったし」
ダレットがモールを構えて先頭に立つ。アーシェラも銃を手に持ち、クレインとみるふぃーちゃんもすぐに魔法を使えるように心構えをしておく。
「行くぞ」
ダレットが扉を開け放ち、中に踏み込む。3人もその後に続く。
すると、薄い布をまとった美女が振り向いた。
「あら、お客様?」
⻑い黑髪に白い肌で、妖艶な微笑みを浮かべている。しかし、その目は冷たく人間のものではない。
彼女の周りでは、大柄な蛮族たちが酒を飲んでいる。側に置かれた酒樽は村から盗まれたものだろう。
美女はダレットとクレインを交互に眺め、クレインをじっと見つめると舌なめずりをした。
「まあ、素敵な男性……」
「ひいっ!?」
見つめられたクレインは怯えたように後ずさる。
「その素敵な殿方を置いていくのなら、あなた達は見逃してあげてもいいわよ」
美女はアーシェラとみるふぃーちゃんに向かって、そう言い放った。
「……みーちゃんは別にそれでもいいぴょん」
「ふざけないで! あんたなんかにクレインは渡さないわ!」
みるふぃーちゃんがなにかごにょごにょと言いかけていた言葉は、アーシェラの怒りに満ちた声にかき消されて誰の耳にも届かなかった。
「あら、残念。仕方ないわ。女は皆殺し、男はみんな私のものね」
彼女が不気味な笑みを浮かべたまま指を鳴らすと、酒を飲んでいた蛮族たちが武器を手に立ち上がる。
「みーちゃん、あいつはなんなの!?」
「ローレライぴょん」
ローレライは川のあたりに住むと言われる蛮族で、薄衣をまとった美女の姿をしている。その歌声には男性を魅了する魔力があり、住処にさらっていく。しかし、飽きると川に捨てて溺れさせてしまうのだという。
「そんな奴にクレインは渡さないんだから!」
「おい、うさころ。周りの奴らはなんだ!?」
「ボルグハイランダーぴょん」
ボルグハイランダーは昨日倒したボルグをまとめる部隊長のような蛮族だ。
両手持ちの大剣を武器とし、その戦闘力は高い。
「まずはボルグハイランダーを倒しちまうぞ! 坊主、魅了されねぇようにあんまり前に出るな!」
クレインが引き攣った顔で頷くのを見届けると、ダレットはモールを振りまわしてボルグハイランダーたちに突撃していった。
「は、早くあいつを倒そう! ファイアボルト!」
クレインが焦ったように魔法を行使するが、集中しきれていないのかあまりダメージを与えられていない。
「ヴェス・ヴァスト・ル・バン。スルセア・ヒーティス──ヴォルギアぴょん」
なぜか少しがっかり感を滲ませた声で、みるふぃーちゃんも【エネルギー・ボルト】を行使する。
アーシェラも着実に弾丸を撃ち込んでいき、ダレットのモールも命中する。
しかし、やはり昨日の敵よりも格上なためか思うほどダメージを与えることができない。更に、ローレライが仲間を鼓舞する呪歌を歌っているのが厄介だ。
焦りのせいか、ダレットは無意識のうちにいつもの戦い方になってしまっていた。いつもの……つまり、自分ひとりで戦っているときの戦い方だ。
それを自覚したときにはもう遅かった。
ボルグハイランダーの1体がダレットの横をすり抜けていく。
「しまった!」
「させないわ!」
クレインとみるふぃーちゃんを庇うように、アーシェラがボルグハイランダーの前に躍り出る。
しかし、多少はふたりより経験があるとはいえ彼女はあくまで後衛なのだ。その武器は近距離には向かず、鎧も薄くて軽いものだ。
「きゃあ!!」
どうにか初撃だけは避けられたものの、続く2撃目がアーシェラを襲う。
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