第4話 倹約黒タイツ vs 浪費怪人! 〜財布の中身は平行世界より薄い〜
「死蟲ぃ! またお前、何買うてきたんじゃぁぁ!」
安宿の一室に、まっつんの絶叫が響き渡った。全身黒タイツ姿の彼が両手を広げて激怒している様は、まるで怒れる全身タイツの妖精である。
「なんや、ええやんけ。ちょっと買い物しただけやがな」
赤と黒の鬼面をつけた死蟲は、両手いっぱいの紙袋を抱えて悠然と入ってきた。
「『ちょっと』やあらへん! お前、今朝渡した一万円で何買うてきたんや!」
「えーっとな、まず高級メロン。それから、なんか光るキーホルダー五十個セット。あと、『怪人のための自分磨き』いう本と、金箔入りのお茶と——」
「待て待て待て! なんで高級メロンやねん! しかも光るキーホルダー五十個て! お前、友達五十人もおらんやろ!」
「友達ゼロや」
「堂々と言うな! そもそもやな、俺らの所持金、あと三千円しかないねんぞ! わかっとんのか!」
まっつんは財布をひっくり返して見せた。千円札三枚と小銭がチャリンと音を立てる。
「ああ、大丈夫や。なんとかなるやろ」
「なんともならんわ! お前な、平行世界渡り歩いとる癖に金銭感覚が小学生以下やねん!」
「失礼な! 俺様は立派な怪人やぞ! 怪人たるもの、金なんぞに——」
「金に困っとるから、ここんとこ三食俺の作ったもやし炒めやったんやろが!」
「……せやったか」
かくして、まっつんによる「死蟲の金銭感覚矯正大作戦」が始まった。
「ええか、死蟲。これからお前に倹約の心を叩き込んだる」
まっつんは自作の紙芝居を取り出した。黒タイツ姿で紙芝居をする男。
既にギャグである。
「まず、食費。外食は基本禁止や。自炊が基本。もやしと豆腐があれば人間生きていける」
「俺様、怪人やけど」
「黙らんかい! 次、娯楽費。パチンコ、競馬、光るキーホルダー大量購入、全部アウトや」
「なんで光るキーホルダーが娯楽費やねん」
「他にどこに分類すんねん! そして最後、無駄遣い厳禁。買い物する前に『これは本当に必要か?』三回自分に問いかけろ」
「めんどくさ」
「めんどくさないわ! これが大人の常識や!」
死蟲は鬼面の下であくびをした。
「はいはい、わかったわかった。ほな、これから倹約するわ」
「……ホンマか?」
「ホンマやて。俺様、もう無駄遣いせーへん」
まっつんは疑わしげな目で死蟲を見たが、とりあえず信じることにした。
翌日、午前十時。
「まっつん、ちょっと出かけてくるわ」
「おい、待て。どこ行くねん」
「散歩や散歩。金は使わへんから安心せえ」
「……ホンマやろな」
「ホンマやて」
死蟲は軽やかに宿を出て行った。まっつんは不安を抱えながらも、部屋で倹約グッズの製作に取り掛かった。
「よっしゃ、ペットボトルで貯金箱作ったろ。これで死蟲も貯金する気になるはずや」
彼が器用にカッターでペットボトルを切っていると——
ドガァァァン!
外から凄まじい爆発音が聞こえた。
「!? なんや今の!」
まっつんが窓から外を見ると、商店街の方角から黒煙が上がっている。そして、その中から悠然と歩いてくる赤と黒の鬼面の男。
「死蟲イイイィ! お前、何しでかしたんじゃぁぁ!」
三十分後、宿の部屋。
「説明せえ」
まっつんは腕組みをして仁王立ちしている。全身黒タイツで仁王立ち。威圧感はゼロだが気迫は満点だ。
「いやな、散歩しとったら、『激安スーパー・大売り出し!』いう看板見てん」
「ほう」
「せやから、お前が倹約言うてたし、激安やし、ちょっと覗いてみよ思てん」
「それで?」
「そしたらな、卵一パック十円やってん! これは買わな損や思て」
「まあ、卵十円は確かに安いな」
「せやろ? せやから、俺様、『不死身流・腕伸ばしの術』使てん」
「待て」
「腕を五十メートルぐらい伸ばして、人混みの上から卵パック掴もうとしてん」
「アホかぁぁぁ!」
「そしたら、腕が電線に引っかかってもうて、ショート起こして——」
「大爆発や! お前、ホンマにアホやろ!」
「せやけど、俺様は不死身やから無傷やで」
「お前が無傷でも周りは大迷惑やがな! しかも卵買えたんか!」
「爆発で吹っ飛んだ」
「最悪やないか!」
まっつんは頭を抱えた。そして、懐から三千円を取り出す。
「これ、スーパーへの賠償金の足しにせなあかん。あーあ、これで所持金ゼロや」
「すまんな」
「すまんなちゃうわ! お前な、倹約いうのはな——」
その時、宿の主人がドアをノックした。
「おーい、あんたら、家賃まだやで。今日中に払わんと追い出すで」
「」
「」
二人は顔を見合わせた。
「死蟲、お前、何か金稼ぐ術とか知らんのか」
「あるで」
「マジか!」
「『不死身流・路上パフォーマンスの術』や」
「……どんなんや」
「俺様が車に轢かれて、何事もなかったかのように立ち上がるパフォーマンスや」
「アカン! それ絶対通報されるやつや!」
「せやけど、不死身やから死なへんで」
「死なへんことが問題ちゃうねん!」
まっつんは必死に考えた。そして、ふと思いついた。
「待てよ……そや! 俺が何か作って売ったらええんや!」
「お、さすがまっつん! 何作んねん?」
「えーっとな……」
まっつんは部屋を見回した。そして、さっき作りかけのペットボトル貯金箱を手に取った。
「これや! ペットボトル貯金箱! これをオシャレに装飾して、商店街で売ったる!」
「おお、ええやん!」
二時間後、まっつんは十個のペットボトル貯金箱を完成させた。色とりどりのビーズやリボンで装飾され、なかなか可愛い仕上がりである。
「よっしゃ! これを一個五百円で売れば、五千円や! 家賃払ってもお釣りがくる!」
「さすがまっつん! 俺様も手伝うで!」
「お前は黙って見とけ」
二人は商店街へと向かった。まっつんは全身黒タイツ姿で貯金箱を並べ、死蟲は鬼面をつけて隣に座る。完全にプロの不審者である。
「いらっしゃいいらっしゃい! 手作り貯金箱いかがですかー!」
最初は誰も近寄らなかった。だが、一人の老婆が興味を示した。
「あら、可愛いわね。孫に買うてあげよかしら」
「おおきにです! 一個五百円です!」
「じゃあ、三つちょうだい」
「おおきに!」
まっつんの目が輝いた。このペースなら家賃が払える!
だが、その時——
「まっつん、俺様もお客さん呼んだるわ!」
「え? ちょ、待て——」
死蟲は立ち上がり、大声で叫んだ。
「皆の衆ー! この貯金箱は不死身の俺様が保証する最高の一品やでー! 今なら特別に『不死身流・破壊耐久テスト』を実演したるわー!」
「やめろぉぉぉ!」
死蟲は貯金箱の一つを掴むと、自分の頭に全力で叩きつけた。
ガッシャーン!
貯金箱は粉々に砕け散った。
「」
「ほら見い! 俺様の頭でも壊れへん——あれ? 壊れたわ」
「壊れとるわぁぁぁ! しかもお前の頭の硬さを証明しただけやないかぁぁぁ!」
周囲の人々は唖然としている。そして、老婆は静かに去って行った。
「あ、あのおばあちゃん! 待ってぇぇぇ!」
その日の夜、二人は宿を追い出された。
「お前のせいやぁぁぁ!」
「すまんな」
「すまんなちゃうわ! 結局、貯金箱一個も売れへんかったやないか!」
二人は公園のベンチに座っていた。所持金ゼロ。宿なし。そして、お腹ペコペコ。
「なあ、まっつん…」
「なんや」
「俺様、思たんやけど——」
「今さら何や」
「やっぱり、金は大事やな」
「……今頃気づいたんか」
「せやから、これからは倹約するわ。マジで」
「……お前、さっきも同じこと言うてたやろ」
「今度こそホンマや」
まっつんは大きく溜息をついた。
「はぁ……せやけどな、死蟲」
「なんや」
「お前と一緒におったら、金はなくなるけど、退屈はせえへんわ」
「それ、褒めとんのか?」
「褒めとらん」
二人は笑った。
その時、死蟲のポケットから何かが転がり落ちた。
「ん? なんやこれ」
まっつんが拾い上げると——それは宝くじだった。
「ああ、それ、今朝買てたやつや」
「買てたんかい! お前、倹約言うた直後に!」
「まあまあ。どうせ当たらへんやろし——」
まっつんが何気なく当選番号を確認すると——
「…………」
「どないしたん?」
「死蟲……これ……」
「なんや」
「三等、十万円当たっとる」
「」
「」
二人は顔を見合わせた。
そして——
「うおぉぉぉぉ! やったぁぁぁぁ!」
「さすが俺様! 不死身流・強運の術や!」
「そんな術あったんかい!」
公園で全身黒タイツと鬼面の男が抱き合って喜ぶ姿は、通報モノである。
翌日、二人は新しい宿に泊まり、豪華な食事を堪能していた。
「うまいなぁ! やっぱり金があるのはええわぁ!」
「せやな! しかし、まっつん、これで当分は安心やな」
「せやな。でも、お前、調子乗って使いすぎるなよ」
「わかっとるて。俺様、もう倹約の心を学んだからな」
「……ホンマか?」
「ホンマや」
まっつんは疑わしげに死蟲を見た。
そして、死蟲が店員に声をかけた。
「すいませーん、この店で一番高い酒、全部持ってきてー」
「全部うぅ!?」
「せや、祝杯や祝杯!」
「お前、何も学んでへんやないかぁぁぁ!」
こうして、十万円は一週間で消えたのだった。
まっつんの倹約指導は、まだまだ続く。
終わる気配は、全くない。
【終】
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