第十一話:五人の貴族と未解決の脅威


 夜が明け、湖畔の別荘に重く湿った空気が漂っていた。


 聖女ユーリアは、別荘の一室で静かに寝込んでいる。外傷はないが、魔力の枯渇は深刻であり、治癒の専門家が付きっきりで看病にあたっていた。



 残された五人の貴族、フェルナンド、リンハルド、ラファエル、アンゲリカ、そして私は、再び図書室に集められていた。


「事態は深刻を極めている」


 フェルナンド王子が、その白い頬を固く引き締め、口火を切った。虚弱な彼にとって、二度にわたる襲撃事件は心身ともに大きな負担となっていた。


「犯人は、私の命を狙うだけでなく、ユーリア嬢の聖なる魔力までも標的にしている。これは、ただの反逆ではなく、国の基盤を揺るがす行為だ」


 ラファエルは腕を組み、冷徹な表情で言った。


「犯人は、我々が警備を強化することを予期し、物理的な障壁を無視できる手段を使いました。湖畔への移動方法が謎である以上、犯人が屋敷内部、あるいは警備体制の盲点にいる可能性が極めて高い」


 そして彼は続けた。


「問題は、ユーリア嬢の魔力が奪われた理由です。聖女の魔力は、治癒や結界に特化しています。それを盗んで、何に使うつもりなのか?もし、大規模な破壊魔法に転用されるなら、王都は危険に晒されます」


 リンハルドは、テーブルの上に置かれた湖畔の地図を指さした。彼の目は、事件そのものよりも、ユーリアを衰弱させた『技術』に興味が集中している。


「ユーリア嬢の魔力枯渇は、対象の魔力を意図的に、かつ完全に吸引する魔導技術の存在を示唆している。私の知る限り、そのような道具は、神代の記述にしか残っていない。もし犯人がそれを所有しているなら、それは軍事的な脅威だ」


 彼は一瞬、私の方を見た。


「エルヴィネータ嬢の腕輪が神代の遺物かもしれないというユーリア嬢の推測が、俄かに現実味を帯びてきた。同じ系統の技術が、犯人の手にも渡っている可能性がある」


 アンゲリカは家主として、現実的な提案をした。


「皆様の安全が第一です。私は、王宮に直ちに連絡を取り、全員を王都へ緊急避難させるべきだと進言いたします。これ以上、この別荘地に留まるのは危険です」


「だが、王都へ向かう道中が狙われたら?」


 フェルナンドが不安を口にする。


「であれば、囮を使います。最も警備が厳重な馬車に殿下を乗せ、別のルートで、私とエルヴィネータ様が護衛を固めた少人数の部隊で湖を渡る、など。ここで議論していても、犯人に手の内を見せるだけです」


 議論を聞きながら、私はただ緊張に耐えていた。


(私はただの護衛なのに。もう、妃候補から脱落したはずなのに、どうしてこんなにも注目され、必要とされるのか)


 ラファエルは私を「次期宰相の駒」として。

 リンハルドは「研究対象」として。

 アンゲリカは「最も頼れる護衛」として。

 そしてフェルナンド王子は「命の恩人」として。それぞれ私に視線を送っていた。


 特に、リンハルドの「同じ系統の技術」という言葉が、私の不安を煽る。私の腕輪の秘密が、事件の鍵であると言うことが更に不安が募る。


 私は、無言で頷き、アンゲリカの提案に、弓の使い手として賛同の意を示すしかなかった。


 この状況で、私が「一人が好きだから」と逃げ出すことは、父の命令、そして王子の命を危険に晒すことになる。


 私の、目立たないはずの運命は、湖畔の別荘地で完全に狂い始めていた。

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