第九話:消えた聖女


 長く感じられた夜会も、終焉を迎えようとしていた。


 最後のダンスを終えたフェルナンド王子は、疲労の色を隠せないながらも、優雅に皆に感謝の言葉を述べている。


 私も壁の影から、ようやく解放されると安堵していた。これで、根暗な令嬢として、妃候補レースから脱落できるかもしれない。


 その時、アンゲリカが鋭く周囲を見回し、顔色を変えた。


「皆様、少しお待ちください」


 アンゲリカは、家主としての責務から、参列者全員を確認していたのだろう。


「ユーリア様のお姿が見えませんわ。先ほど、フェルナンド殿下とダンスを終えられた後から……」


 その言葉に、広間に緊張が走った。テラスでの狙撃事件からまだ数時間しか経っていない。


 そして、消えたのが、他でもない聖女の再来、ユーリア・メルコニーだった。


 フェルナンドの顔から、一気に血の気が引いた。虚弱な彼の身体が、さらに強張りを見せる。


「ユーリア嬢が?警備兵は!?」


「待て、兄上」


 リンハルドが冷静に状況を分析する。


「ユーリア嬢は聖女であり、治癒の力を持つ。彼女自身が襲撃されるとなれば、それは単なる王族への反逆ではない。聖教そのものへの挑戦だ。もし彼女の身に何かあれば、それは国の損失どころではない。最悪、聖教までもが我々の国に牙を向く事態になりかねない」


 宰相の子息であるラファエルも、事態の深刻さを瞬時に理解した。


「聖女の誘拐、あるいは危害は、国際問題になりかねません。狙撃犯は、ただ王子を排除するだけでなく、この国の政治的・信仰的な中枢を破壊しようとしているのかもしれない」


 全員の視線が、再び私に集まった。


「エルヴィネータ嬢!貴女の弓の力が必要だ!」


 フェルナンドが私に切実な視線を送る。


「私の魔導具は、探索には不向きだが、戦闘になれば協力する」


 リンハルドも続いた。


「家主として、この責任は私が取る。エルヴィネータ様、ラファエル様、そしてリンハルド殿下。どうか、私と共にユーリア様を捜索してください!」


 アンゲリカの切羽詰まった声が響く。


 私は、またもや、最も目立ちたくない舞台の主役として引きずり出された。父の命令は「王子を守れ」だが、聖女を守ることもまた、間接的に国と王家を守ることに繋がる。


 私は、無言で両手首の腕輪に触れた。再び、翠色の魔法の矢が、夜の闇を裂く時が来たようだった。


「……わかりました。必ず、ユーリア様を見つけ出します」

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