第26話 顛末

「えー。廊下でそんな騒ぎになっていたなんて、全然気づかなかったよ。隣のクラスなのに……あ。」


「いや……違う。一昨日の朝学習に私はいなかったんだよ。その時点ではまだ部長だったし、一応泣き顔を誰にも見られないように、部室棟のトイレにずっと隠れて泣いてたから。もうすっかり忘れていたけど」


 当時の惨めな記憶が蘇り、視界が滲む。こぼれ落ちそうになるものを留めるように、私は慌てて視線を天井へ逃がした。


 恵美ちゃんは、眉を八の字に下げて悲しげな表情を見せながらも話を続ける。


「朝学習は十五分しかないでしょ? だから、田辺先生と一緒に概略を聞くのでやっとだったの。それで昼休みに二年生を会議室に集めて、春先から一昨日までの状況を、一通り聞き取ったのよ。」


 「全体と個別に分けて聞き取りをしたら、その時点では人によって言い分の食い違いもあったりしたから、嘘をより分けるのに手間取って。」


 「当事者の三年生――つまり凜ちゃんと小田さんたちのことね。それについては放課後に別々に聞き取りをしようということになったわけ」


「まあ、結論から言うと、小田さんたちの言ってること、やってきたことがめちゃくちゃだったんだけど……。この二日間は、めまぐるしく状況が変わったから、ほんと大変だったよ」


 恵美ちゃんは大げさに肩をすくめてみせる。


「こっちが三年生の聞き取りまで手が回らないうちに、誰かさんは退部届を叩きつけて、さっさと辞めちゃうし」

 

「人のことではあれだけ悩んだり迷ったりするのに、自分のことだと損得度外視で即断しちゃうでしょ、凜ちゃん」


 いや、退部届を叩きつけてはいないけど……。


 辞める以外の選択肢がなかったから仕方なくだし、と心の中で言い訳をする。

 

「結局の所、小田さんたちが巧みな嘘と脅しを織り交ぜて、二年生をコントロールしてたみたいなんだよね。正確に言うと、凜ちゃんから見て二年生を丸ごと抱え込んでいるように見える形に、かな」


「一昨日の朝練後のできごとも、少なくとも朝練に来ていた二年生は、なんで集合をかけられているのかわからずにその場にいたみたいだよ。」


「小田さんが凜ちゃんに退部を要求したところで、大変なことに加担させられているとやっと気づいたんだって」


 まあ、確かに二年生からは小田さんたちからのような激しい感情は感じられなかったけれども。

 そんなにうまく二年生を言いくるめられるものだろうか。

 

「たぶん凜ちゃんは気にしたことないと思うけど、スポーツ推薦で入った部員はレギュラーに選ばれるかどうかが死活問題なんだよ。」


「最終的にそっちの道に進みたい人も多いし。大会に出ないことには結果も残せないからね」


 うん。まあ、それはちゃんとわかるよ。


 ただ、運動部は基本的に実力主義のところが多いから、推薦で入学したかどうかがレギュラー入りには影響しないだろうけど。

 これは私にはどうしようもないこと。


「もちろん箔が付くから部長の座を狙ってる子も多いんじゃないのかな」

 

 それは、ちょっとよくわからない。

 代わってくれるなら、部長なんて喜んで任せるのに。

 誰も立候補してきてくれなかったじゃない。


 恵美ちゃんだけでなく適任者なんて他にもいただろうに。


 私のやり方が気に入らないなら、自分でやってよね。ほんとに。

 いや、恵美ちゃんでいいのよ。恵美ちゃんで。


 心の中でムッと抗議していたのが、表情に出てしまったのだろうか。

 恵美ちゃんから、困った子を見るような視線をちらりと向けられる。


 ……なんでよ、何も言ってないのに。

 

「まして、今年の三年生は誰かさんの熱量に当てられて、一般入試組の層がやたら厚い学年なので、推薦組にとっては険しすぎる道なのよ。」


「去年の三年生は遠坂先輩ひとりでもってるような学年だったのに、私たちの学年は一般入試組がどれだけ大会で結果を出してきたと思う? 去年も上の学年より私たち二年生の方がレギュラー多かったでしょ? 異常なのよ」


 部長は推薦組からというのは先輩からも聞いていたし、そんなもんかと思っていたけど……。


 部員を推薦かどうかで分けて考えたことがないので、そんなの気づかなかった。


 上の学年もメダルの数が多かったように思ったけど、たしかによく思い出してみれば、遠坂先輩のメダルばかりだった気もする。

 

「少なくとも小田さんは、これ以上部活を続けても今年もレギュラーが取れそうにない、と悟った時点で心が折れちゃったみたい」


「元々凜ちゃんが部長に選ばれたときから気に入らなかったらしいし。『部長は推薦組を嫌って、陰でいじめてる』とか、『レギュラーが一般組ばかりなのは、部長が贔屓してるから』『来年の部長も一般組から指名するつもり』『このままだと来年もレギュラーは無理』なんて危機感を煽って反発させたり不安にさせていたみたいよ」

 

「私、そんなこと絶対しないよ?」

 

 恵美ちゃんは、うん、わかってる。と返しつつ、改めてこちらをまっすぐ見る。


「聞き取りの結果、単に不満をぶつけただけじゃなく、嘘の情報で対立を煽っていた……その悪質性が明らかになったのね。それで、結果として重大事案とみなされることになったの」

 

「凜ちゃんには悪いと思うし、たぶん凜ちゃんならこういう判断はしないだろうけど、部長代理として、田辺先生了解の上でこんな感じに指導したよ」

 

「まず、都合良く踊らされた二年生には、人の甘言や脅しに乗せられたことに関して、反省文一枚提出」


 指を一本立てて、恵美ちゃんが説明する。


「次に、自分自身が休んだりサボったりしただけの人は、一切お咎めなし。凜ちゃんの言うように、もともと強制じゃないからね」


 そして、と表情を引き締める。


「積極的に関わった人。特に他人に対してサボるよう強要したり、嘘の噂を流したりした人については……自主退部を勧告」


「元々法的なことを裁ける立場でも無いし、うちの学校の緩い校則にはたぶん抵触しないし。」


「強制退部がその人の人生にどれほどの影響を与えるか、私には責任が持てないから、あくまでも『自主的に退部して欲しいというお願い』という位置づけね」


「少なくとも私は、周りの人を平気で傷つける人と一緒に部活できないから」

 

 恵美ちゃんが判断して、先生も了承したなら、私から言うことは何もないよ。もうテニス部員じゃないんだから。


「そういうわけで、二年生のほとんどは復帰して、小田さんたちは昨日退部届を出したみたい」

「だから凜ちゃん、いまテニス部にいる人は誰も凜ちゃんに辞めて欲しいなんて思ってないよ」

 

 そういうと、恵美ちゃんは私の手を握り、真剣なまなざしで私の目を見つめながら言った。

 

「帰っておいでよ。一緒にテニスしようよ」

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